2005年09月28日

ラブ・フォーティ 第117話 〜メルボルン〜


(最初からお読みになりたい方はこちら→【ラブ・フォーティ 第1話】 )

第116話より続く

 テニスの1年は、全豪オープンで幕をあける。1月中旬に開催され、テニスファンはこの時期にやっと今年が始まったと感じるのだ。新田がいま、まさにそうだった。オーストラリア、メルボルンからの衛星中継に釘づけになっていた。

 新田が初めてラケットを握ったのは去年の9月だった。正直なところ、それまでテニスに興味があったわけではなかったから、世界のテニスが4つの大会を節目にしながら展開していることなど実感していなかった。したがって去年新田がテニスを意識しはじめたときには、すでに5月の全仏も、6月の全英も、8月の全米も終わっていた。
 新田にとってこの全豪オープンは、まさに初めて目の当りにする“テニスの頂上戦争”だった。衛星放送が伝えるトッププレイヤーひとりひとりに新田は驚いた。世界にはなんとさまざまなプレイスタイルがあるのだろうと思ってテレビに見入っていた。

 新田はテニスのレッスン本などを読んだことがなかった。タツエに「初心者がいろいろなメソッドを知ると混乱するだけだから、しばらくはテニスに関する本は見ないこと」と言われていた。それだけに、新田にとって全豪オープンは興味深かった。ほとんどのプレイヤーが初めて見る顔だった。
 晴美も新田の影響を受け、ふたりは夜遅くまでテレビの前に座って観戦するのが日課となった。

 ある晩、新田は珍しく残業が深くなり、遅く帰宅した。すでに全豪オープンの中継は始まっており、晴美は男子シングルスの試合を見ていた。テレビ画面には、やけに小柄な選手が映っていた。長髪を後ろでしばり無精ひげを生やしたその男は、どこか野武士のような雰囲気を発していた。しかしよく見ると、その精悍な顔つきの中には鋭利な繊細さがひそんでおり、スポーツマンというよりはアーティストのようにも感じられた。新田はなぜかとても気になった。ただ気になるだけでなく、新田はこの男にどこかで会ったような気がした。そんな馬鹿なことがあるはずないと思いながら、新田は画面を指さし、晴美に尋ねた。

「この選手は?」
「ええと、何ていう名前だったかしら……」
「どこの国の人?」
「ええと、南米の……、そうそう、チリだったわ」
「“チリ”!」
「どうしたの、そんなに驚いて?」
「いや……、その……、あの国でテニスというのが意外な感じがしてね」
「そう言われれば確かにそうね。南米といえばサッカーって感じよねえ」
 テレビの中の解説者の声が、新田の耳に飛び込んできた。
「……南米出身の選手として初の世界ランキング1位になったマルーセ・リホス。1メートル75センチという小柄な体ながら……」
 リホス? そうか! 大久保で出会ったチリの女・エレナの“恋人”か。なるほど、“ヒーロー”とはそういう意味だったのか……。新田は思わずこぶしと手の平を打ち合わせた。

 晴美がけげんそうに新田を見た。
「どうしたの?」
「い、いや、何でもない」
 新田は自分の表情がいくぶん陰っているのがわかった。半年前の大久保の屋台の夜と今夜が、因果を重ねてつながったような気がした。マルーセ・リホスとエレナというふたりのチリ人によって、新田は6カ月前の自分と出会っていた。本当は、あの夜はヤケ酒をやるはずだったのだ。それをエレナに励まされた。
 自分はきょうをこのような形で迎えられたけれど、エレナはその後どうしただろう。エレナは、きょうのこの試合をどこかで見ているのだろうか。

 その夜、マルーセ・リホスは、194センチの大男と対戦した。身長差約20センチはかなりのハンデになる。身長が違うということは、当然腕の長さも違うから、ラケットの振りまわし範囲に差がある。歩幅も違ってくる。第一、体の大きさが違うということは、パワーに差が出てくる。ボクシングならヘビー級とウエルター級ほどの差がある戦いだ。しかし、テニスは同じ“リング”で戦う。新田は思った。テニスは、ボールをつかった無差別級の格闘技なんだ、と。
 接戦のすえ、リオスが大男を倒した。
 新田は心から拍手を送った。
 時として尊大にも見えるこの選手の顔つきは、“不利”とか“逆境”に屈したくないという負けん気から生まれるのだろう、と新田は思った。
 新田は、奇しくも、また若いチリ人からエネルギーをもらったような気がした。

続き(第118話)を読む


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この記事へのコメント
こんばんは。
テニスなんてやったこともないし、アニメで知ってるくらいだけれど、なぜかテレビで観るの好きですね。
憧れがあるのかもしれません。
今までキレイだなって思ってたんですけど、格闘技って言われるとそんな風に見えてきました。
経験した人が見るとやっぱり面白さが違うんでしょうね。
Posted by かあちゃん at 2005年09月28日 22:24
●●●かあちゃんさんへ●●●
>なぜかテレビで観るの好きですね。憧れがあるのかもしれません。
チームスポーツだとユニフォームがありますが、その点、テニスは各選手のファッションも個性的で、テレビ観戦をさらに楽しいものにしていますよね。
ゴルフもなかなかファッショナブルになりましたが、やはりテニスのほうが(とくに女子の場合は)華やかな感じがします。
それもテニス観戦の楽しみですよね。
>格闘技って言われるとそんな風に見えてきました。
そうなんです。テニスって凄く激しいんです。
あのシャラポアだって、うなりながらラケットを振り回してますものね。
Posted by オヤジライター at 2005年09月29日 00:09