2005年10月01日

ラブ・フォーティ 第120話 〜オフィシャル〜


(最初からお読みになりたい方はこちら→【ラブ・フォーティ 第1話】 )

第119話より続く

 やがて藤永が、新田の目をうかがいながら話し始めた。
「その“会社の方針”というのがクセモノですよね。突然空から天命が降ってくるわけではなくて、誰かが音頭をとってるわけですよね」
「それが誰だか知ってるのか? まさか……」
 藤永が、新田の口もとを指さしながらうなずいた。
「そういうことです。安斎さんです」
 訳のわからない戦慄が新田をとらえた。思わず息をのんだ。
 藤永の声が心なしか震えているように聞こえた。
「安斎さんが上のほうへ働きかけているようです。安斎さんが、新田さんを営業部に復帰させようとしています。そのこと、安斎さんから新田さんに打診がありました?」

「いや、そんなものは……」
「そうですか。安斎さんの意見に反対する側は、どんな事情があろうと、会社がいったん下した判断をそうたやすくくつがえすべきではない、というのが言い分です。ある意味では、こちらのほうが正論かもしれませんね」
「まあ、そうだろうな」
「新田さんは、安斎さんの動きをどう思いますか?」
「さあ……。藤永君はどう思ってるんだ?」
「なんか、きな臭いんですよ」
「“きな臭い”? どういう意味だい?」
 新田がさらに身を乗りだすと、逆に藤永は体をさっとひっこめながら腕時計に目を配った。
「新田さん、ちょっと早いですが昼飯に出ませんか?」
 新田は了解した。

 食品研究所は、いわゆる文教地区の一角にあった。新田と藤永は、ある女子大のグラウンドと高級住宅街に挟まれた並木道をゆっくりと歩いていた。1月の北風は、グラウンドから人を追い払い、裸の並木を容赦なくなぶっていた。
 藤永はコートの襟に顎をうずめるようにし、唇だけを動かした。
「去年の夏、新田さんが食研に移ってすぐのことです。僕が遅い昼飯をとりに社員食堂へ行くと、早川が数人の女たちとお茶を飲んでいました。あのころは早川の訴えが認められた直後でしたから、彼女の周りには野次馬が多かったんですね。彼女は意気揚々と話していました。そこへ安斎さんが部下の泉岡さんと入ってきて、彼女たちから少し離れたテーブルに腰かけました。
 しばらくすると、早川がいきなり安斎さんのほうへ顔を向け、声高に話しかけたんです。“課長も、泉岡さんも見ていましたよね、あのテニスコートでのこと。私たち一緒にいたんですよね”と。すると安斎さんは、女たちに笑顔を振りまきながら“オフィシャルに決着もついたことだし、もう終わりということで、そろそろその話は控えるべきじゃないだろうかね”と紳士的にさとしたんです。すると早川が“事実は事実です。事実に終わりはないと思います。残るものなんです”ときつい口調で言い返したんです」
 藤永はそこでひと息ついた。

 新田は待ちきれずに話のあとを促した。
「それで?」
「安斎さんは何も言いませんでした。ふたたび泉岡さんに顔を向け、ひとことふたこと言葉を交わすと、ふたりは席を立ちました。早川のそばを通りぬけるとき、安斎さんは“では、お先に”と朗らかに言葉をかけて、食堂を出ていきました。
 食堂での出来事は、それで一見収まったようにも見えるんですが、僕にはそうは思えなかったんです。というのは、そのときの僕の席は安斎さんの斜め後ろで……、つまり安斎さんの横顔をこっそり盗み見るような位置にいたんですが、早川が反論めいた発言をしたとき、ほんの一瞬ですが、安斎さんの顔に凶相のようなものがかすめたんです。僕はゾッとしましたよ」

「“キョウソウ”?」
「凶相です。凶悪の“凶”……不吉・邪悪という意味の“凶”です。それが人相に浮き出たような感じがしたんです。あくまでも僕が勝手にそう思っただけのことですが、あのときの、ぞっとした感じはいまでも忘れませんよ。安斎さんの奥底の暗い部分が急に現れてしまったような……。安斎さんはあの瞬間、早川のことを、消しさりたいほど鬱陶しい存在に思ったのではないか……、と僕には思えたんです」
 ふたりは公園に行き当たり、壊れかけたベンチに腰をおろした。

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この記事へのコメント
こんばんは。
なんだか謎めいた話でわくわくしちゃいます。
なんだかんだ言ってワイドショー好きなのかな。
正直なところテニスの話よりも面白いです(ごめんなさい)
推理小説が好きなんです。

文面から新田さんの自信が伝わってきます。
わたしも自分に自信が持てるようにがんばらなくっちゃなー。
Posted by かあちゃん at 2005年10月01日 19:43
●●●かあちゃんさんへ●●●
>なんだかんだ言ってワイドショー好きなのかな。
僕も好きでーす(笑)
>正直なところテニスの話よりも面白いです(ごめんなさい) 推理小説が好きなんです。
よーし、いずれ推理小説に挑戦してみようかな〜
ま、それまでは、『ラブ・フォーティ』を楽しんでいただければ幸いです。
テニスの話をしているようで、じつはいろいろ含みがあるんですよ。(←そう思ってるのは本人だけだったりして〈笑〉)
>文面から新田さんの自信が伝わってきます。
そうですね、新田は強くなりましたよね。
>わたしも自分に自信が持てるようにがんばらなくっちゃなー。
がんばれーーー!
Posted by オヤジライター at 2005年10月02日 08:12