2005年10月07日
ラブ・フォーティ 第126話 〜ホワイトボード〜
(最初からお読みになりたい方はこちら→【ラブ・フォーティ 第1話】 )
第125話より続く
タツエとのレッスン・スリーは戦術を学びながらの実戦だった。タツエは常に小さなホワイトボードを携えていて、ゲームの合間に攻め方や守り方を図説してくれた。どこか幾何学の勉強に似ていた。理解できてくると、自分がいままでどのくらい無駄に動いていたかがわかってきた。反対に、ビデオで見るプロ選手がどのくらい効率のいい動き方をしているかもわかってきた。
年が明けてからの土・日は、いっそう実戦が増えた。まるで道場破りのような日々だった。タツエと新田はテニス場を次々とまわり、戦う相手を求めた。シングルス、ダブルス、変則1対2……。ありとあらゆるゲームをこなした。晴美と理沙もできる限りつきあってくれて、ビデオを撮ったり、応援してくれたりした。夜になると家族でその日のビデオを見て、新田のゲームをチェックするのだった。 レッスン・スリーは急ピッチで進んだ。
新田の上達ぶりは常識を超えたものだった。テニサーたちは驚くばかりだった。タツエは、愛弟子の急成長に大いに満足した。すべては順調だった。
ところが2月の半ばごろから、新田の中でひとつの悩みが膨らみ始めていた。プレイヤーとして味わう初めての悩みだった。いままでにも悩むことは何度もあったが、それらは、レッスンをこなしていくうえで起こる技術的な苦労や肉体的な苦難で、いわば“宿題にてこずる生徒の悩み”のようなものであった。が、今度の悩みはそうではなかった。レッスンにまつわる悩みではなく、テニスそのものにまつわる悩み。“宿題の悩み”ではなく、“習っている教科そのものへの悩み”だった。去年の暮れにチンネンが言っていたのはきっとこのことなのだろう、と思った。テニスが秘める本質的な問題……。このことをタツエに話すべきかどうか、新田はひどく迷った。
3月の最初の日曜日だった。みんなでゲームを終えたあと、新田はタツエとゆっくり話せる機会を得た。偶然にもふたりを残す形で、テニサーたちは帰ってしまい、クラブハウスは珍しくガランとしていた。新田は、胸の内でくすぶりつづけている悩みを、思いきって打ち明けてみたくなった。テニスを始めて数ヶ月の者が口にするようなことでないのかもしれないが、これからテニスを続けていく以上、いずれぶつかる問題なのだ。ならば、いまここですっきりしたい、と新田は思った。
ベンチの真ん中にバッグ類を積み上げ、その両脇にふたりは分かれて座っていた。
新田はこわごわ言った。
「タツエさんに、改まって相談したいことがあるんですが」
「なあに?」
「ひょっとすると、タツエさんが気を悪くするかもしれないんですよ」
「言ってみなきゃわからないでしょ、そんなこと」
「そうですね……」
「言ってみなさいよ。そうやってウジウジしてるほうが、私はよっぽど嫌いなんだけど」
「そうですよね。では、言ってみます。あの……、僕は、どうも、ダブルスが好きになれないようなんです」
タツエはすぐには言葉を返さなかった。新田が言ったことを一生懸命に咀嚼しようとした。が、理解できなかった。新田に聞いた。
「それは、ダブルスを組む相手が好きになれないということ? たとえばこの私と組むのがイヤだとか?」
「あ、いや、そういうのではなくて。誰と組もうと、ダブルスそのものが好きになれない、ということです」
「シングルスはいいわけ?」
「たいへん好きです?」
「変なこと聞くけど、新田さんはテニスは好き?」
「もちろん」
「シングルスもダブルスも、テニスなんだけどね」
「よくわかっています。しかし……」
「もしかすると“苦手”ということ? ダブルスは苦手だと言いたいわけ?」
「違います。“うまい・へた”とか“得意・不得意”ではなくて、たんに“好き・嫌い”の嫌いなんです」
新田はいやな予感がした。新田が話している間にも、タツエの目つきはみるみる暗くなっていった。
沈黙がさした。
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Posted by love40 at 07:49
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