2005年10月13日

ラブ・フォーティ 第132話 〜バランス〜


(最初からお読みになりたい方はこちら→【ラブ・フォーティ 第1話】 )

第131話より続く

 タツエの顔が急に静かになった。口もとにはほのかな笑みが漂っている。
「考えてみたら、最初に電話で話したときから晴美さんは強引だった。あのとき私が“ノー”と言っておけば、こういうことにはならなかったわね」
「そうかもしれませんね」
 何のためらいもなくそう答える晴美に、タツエはまた笑った。そして、いきなり真顔に戻った。
「私の負けね。仕方ない。紹介してもいいわ。いま、うってつけの人物をひらめいたわ。ただし……、その人、っていうか、その子は中学2年生なんだけど、構わない?」
「中学生? タツエさんより強いんですか?」
「ゲームをすれば私のほうが勝つけど、ある意味で、私よりはるかに強い」
「“ある意味で”?」
「そう。ひとことで言うと、子供の野蛮さね。それが凄い」
「“子供の野蛮さ”? どういう意味でしょうか?」
「私たち大人がテニスをするときって、無意識のうちに、相手の力量に見合ったプレイをしてしまうものなのよね。子供にはそれがないの。私の言っていること、わかる?」
「いえ、テニスのことは……」

「じゃあ……、たとえば、晴美さんが腕相撲をするとしましょうか。自分と同じ年格好の人とやる場合は力を出して戦うだろうけど、相手が90歳の弱々しいお婆ちゃんだったら、そんなにムキになったりはしないわよね。つまり、晴美さんは相手の力を推しはかったうえで、力を加減しながら戦いに臨んでいることになる。大人は、それをとくに意識してやっているわけではなくて、ほとんど無意識のうちにそういう加減をしているの。
 テニスでも同じことが起こるわけ。たとえば相手が非常に弱かったら、いきなり全力で戦うようなことはしない。反対に相手が強かったら、とにかく全力で挑んでいく。そういうバランス感覚が大人にはある。そうやって、多少力に差があっても和気あいあいとテニスを楽しむわけ。

 ところが、子供にはそういう感覚があまりないの。相手が誰であろうと全力で戦おうとする。いつでも本気。がむしゃら。それが子供の良さでもあるけど、子供の恐さでもあるわけ。たとえば、ゲームカウントが5対0で圧倒的に勝っていると、大人なら多少手心を加えるところなんだけど、子供は最後の最後まで徹底的に相手を叩きのめすのよね。
 中学2年で上級レベルのその子は、技術は大人並み、だけど感覚は野獣。子供の純粋さというのは、コートの上では100パーセント闘争心をむき出しにすることだから、ある意味で野蛮なのね。小さな体から露骨に殺気を漂わせてくると、私でも恐いもの。

 新田さんがこれまでに体験してきたテニスというのは、多くの場合、いわば大人っぽいテニスなのね。中にはたいへんタフなゲームもあったけど、ゲームの底流には大人同士の思いやりが常にあった、と私は思っている。
 でも、今度ご紹介しようと思っている14歳の彼には、そんなものは微塵もない。それこそ、相手を徹底的に殴って、相手がケガをすれば、さらにその傷口を狙ってパンチを入れてくるような、そんな、激しいプレイをする子なの。手加減というものがまったくないの。さっき晴美さんが、“野蛮で孤独なゲーム”を新田さんは望んでいると言ってたけど、まさにそれね。新田さんが本当に強くなりたいのなら、その少年のようなプレイヤーを体験することはとても大切なことだとは思うけど、ヘタをすると身も心もつぶされてしまうわよ」

「それが“レッスン・フォー”ですね」
 晴美の言葉を聞いて、タツエは驚いた。
「ねえ、晴美さん、あなた、本気でご主人にやらせるつもり? 相手の子供にめちゃくちゃにやられてしまうかもしれないのよ。そしたら自信を失ってテニスどころじゃなくなるかもしれないのよ」
「もし、それで自信を失うのなら仕方のないことだと思います。これからテニスを続けていれば、いずれどこかのコートでそいういう相手にぶつかるはずです。自信を砕かれるのが早いか遅いか、ただそれだけの違いです。むしろ主人にとっては、早く結論を出してあげたほうがいいんじゃないでしょうか。主人はもう40です。ほかにやり直しをするのなら早いほうがいいと思いませんか?」

 タツエのほうが折れた。
 タツエはその場で少年の家に電話をして交渉してくれた。結局、少年が中学3年になる前まで、つまりこの3月と春休みの間ならいいということになった。回数は週に1度、1時間程度。都合5回。“コーチ料”として、少年がいま欲しいと思っているラケットバッグを新田側がプレゼントするということになった。

続き(第133話)を読む


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この記事へのコメント
新コーチは、
ちゅ、中学生!
おどろいた〜。予想外!

それにしても晴美さん、
天然なのか、なにか、ものおじ全くしない
ところがとても素敵です。
Posted by hi-yo(ハイヨ) at 2005年10月14日 11:51
●●●hi-yo(ハイヨ)さんへ●●●
>新コーチは、ちゅ、中学生!
もうすぐ登場します!
楽しみにしていてください!
>それにしても晴美さん、天然なのか、なにか、ものおじ全くしないところがとても素敵です。
強い人ですよね。
Posted by オヤジライター加久時丸 at 2005年10月15日 00:57