2005年10月18日
ラブ・フォーティ 第137話 〜ノック〜
(最初からお読みになりたい方はこちら→【ラブ・フォーティ 第1話】 )
第136話より続く
タツエは記憶をひとつひとつをたぐり寄せるように、ゆっくり静かに話した。
「別荘は当時としては立派なものだったんじゃないかしら。彼はまだ高校生だというのに、ひとりでよくここへ来ているようで、施設や使用人を自由に使う許可を親からもらっているようだった。管理人は、私のために寝室をもう1室整えると、さっさと自分の家へ帰っていってしまった。前もって夕食はいらないと連絡してあったらしく、賄いのおばさんは翌朝から来ることになっていた。
ふたりだけになると、私たちは否応なく互いを意識するようになって、時間がたつのがすごく遅く感じた。バルコニーで星空を眺めるのにもじきに飽きて、居間に戻ると、もっぱら彼がたわいもない話をしていた。私のほうは、列車の乗り疲れや、慣れないことでの緊張やらで、少し気分が悪かったんだけど、自分の寝室に行きたいと言いだせないでいた。そうこうしていて1時をちょっと過ぎたころだった。突然、別荘の玄関を誰かが激しく叩いたの。あんなに驚いたことはなかった。雑木林の中で、付近には誰もいないはずの一軒家だもの。まるで怪奇映画のワンシーンのようだった。
彼がこわごわ玄関へ行ってみると、ノックをしていたのは電報の配達員だった。ウナ電だった。“ウナ電”ってわかる? 電話がまだあまり普及していない時代にあった特別の電報で、一刻も早く知らせなければならないことがあるときに使う、緊急用のものなの。別荘にはまだ電話が通じていなかったから、誰かがウナ電で至急何かを伝えてきたわけ。
電報は、彼の父親から彼あてで、電文を見た彼は青ざめてしまった。そこにはこんなことが打たれてあったの。“ツカコシケノムスメ ユクエフメイ シルコトアレバ シラセヨ”
つまり、私が何も言わないで家を出てきてしまった結果、名古屋では大変な騒動になっていたわけ。
私が黙って出てくるという愚行を犯していたことなど、まったく知らなかった彼は、そこで初めて真相を知って仰天してしまった。彼はとにかく最悪のことを想像したようね。彼の頭の中には、中3の少女を誘拐同然に連れ出したとして罰せられる自分の姿がちらついていたわけ。彼はこう思ったの。ふたり同意のもとに軽井沢に来たと釈明しても、誰もそうは信じてくれないだろう、と。中3と高3の組み合わせでは、どう考えても高3のほうが責任は大きく、自分が加害者ということになってしまうだろう、と。
彼は、さらにもうひとつの最悪を考えたの。それは、つまり、彼と私が男女の関係になっていなくても、そんなことはお構いなしに、きっと世間は“塚越家のお嬢さんはキズモノになった”と陰口を叩くだろう、と。
いまと違ってあのころは、結婚前の娘の貞操がまだ厳しく言われていた時代だから、今度のことは少女の私にとって致命的なことになる、と彼は思ったわけ。
彼は考えつく限りに、自分たちの置かれた状況を私に説明すると、”名古屋に帰ったら、僕も君も大変なことになる”と言った。私も次第に事の重大さが呑みこめてきて、こんな形で家を出てきたことをひどく後悔して泣き出してしまった。
彼が私の肩を抱いてなだめてくれるんだけど、ぜんぜん涙が止まらなくてね。彼は一生懸命私に謝るんだけど、私にはどうしても自分のほうが悪いように思えて、そう思えば思うほど、いままで味わったことのないやさしさを彼から感じたの。
そのとき、彼が、私の耳もとでささやいたの。“僕が君を守るから、ふたりで逃げよう”って……。
翌日の早朝、私たちは一睡もせず、誰にも告げず、景色も見ず、軽井沢を逃げ出した。軽井沢駅から信越本線を高崎行きの列車に乗り、さらに高崎線に乗りかえ、東京をめざした。名古屋へは戻らなかった。つまり……、私たちは駆け落ちをしてしまった、ということになるのかしら。わずか15歳の、突然の駆け落ち……」
タツエは口もとをわずかにゆがめ自嘲を漂わせた。
晴美は、“駆け落ち”という言葉を、不思議なほど冷静に受けとめていた。いままでのタツエにたとえ何があったとしても、それらはすべて、いまのタツエを強くするための当然の過程のように思えるのだった。
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Posted by love40 at 07:56
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