2005年10月22日

ラブ・フォーティ 第141話 〜ショック〜


(最初からお読みになりたい方はこちら→【ラブ・フォーティ 第1話】 )

第140話より続く

 晴美は、自分の好奇心をはばかるように、遠慮がちに尋ねた。
「それから……、どうしたんですか?」
「新宿で、ある中年の女の人に出会ったの。彼女に会わなかったら、私はどうなっていたかわからないわね。彼女は、神楽坂で小料理屋をやっている女将さんだった。その女(ひと)が、私の事情をすべて知ったうえで助けてくれたの。じつは彼女も、はるか昔に家出から身を起こした人でね。私のことをよく理解してくれた。
 彼女の家に転がり込んだときには、私はもうボロボロだった。駆け落ちの心労、彼に裏切られたショック、雪の中での悪戦苦闘、そして、そのあとの長旅やらで、15歳の娘にはあまりにも酷な数カ月だった。私はすっかり体を壊してしまって、それから1カ月も寝こむほどだった。だから……」
 そこまで言うとタツエはにわかに顔を曇らせ、口ごもり、そのあとは気が抜けたように半ば投げやりに言葉を継ぎたした。
「仕方なかった。仕方ないのよ」

 タツエの物言いが、晴美にはとても気になった。最後の言葉をつなげると“だから、仕方なかった”とタツエは言ったことになるが、何が仕方なかったのかが、晴美にはよくわからなかった。
 晴美は瞬時に考えを巡らせた――“だから”のあとに、タツエさんは何かとても悔やまれる出来事を語るつもりが、すんでのところで思いとどまった。そして、その出来事を悔やんでばかりいても仕方がないという気持が、ついそのまま“仕方なかった。仕方ないのよ”という言葉になって口から出たのではないだろうか――と。
 15歳のタツエに、ひときわ堪えがたいことが起こったのだとしたら、それはいったい何だったのだろうか? そのことを晴美は尋ねてみたかった。が、それを明らかにするのはとても恐ろしいことのように思えた。晴美は言葉をのみ込み、黙した。

 つかのまの沈黙の中で、タツエは気持ちを立て直していた。ふたたび口を開いた。
「結局、その小料理屋の手伝いをするようになったの。そのころ世間では、中卒で就職する子たちを“金の卵”という言い方をしていたけど、まさにそれ。私は身を粉にして一生懸命働いた。テニスどころではなかった。女将さんの家に居候して、まだ半人前の仕事しかできない小娘が、スポーツにうつつを抜かしている場合ではなかった。とにかく働いて働いて、働きまくった。
 ところが、そこでの仕事に慣れ、暮らしが落ち着いてくると、私はまたテニスのことばかり考えるようになった。そして考えれば考えるほど、自分がいかにテニスに向いていたかがわかってきた。
 そうなると悔しさが募ってきてね。あんな駆け落ちなんてしていなければ、いまごろは名古屋で何不自由なく暮らしながら、テニスの選手をめざしていたかもしれない……。そんなことを思い浮かべては、自分の部屋やお店の裏で涙をこぼしていた。でもね、名古屋へ帰ろうとは一度も思わなかった」

「どうしてですか? 帰れば、またすぐにテニスができたはずなのに……」
 晴美は思わず問い詰めよるように聞いた。
 タツエはフッと口から笑いをこぼして言った。
「意地」
「“意地”?」
「そう。“意地っぱり”ってやつ。私の人生をいつも振りまわす、どうしようもない性格。それが、私を帰る気にさせなかった。
 あのころ私はこう思っていたの――どんな理由があったにせよ、私は自分の意志で家を捨てた。その家にのこのこ帰ってしまっては、自分の勝負に負けたことになる。自分の勝負に負けるような人間が、たとえテニスで勝っても自慢にも何にもならない。だから、テニスをしたかったら、まずはいまの自分に勝たなければいけない――と」

「“自分に勝つ”というのは?」
「自分で生活する。それが15歳のタツエ少女が考えた勝利。つまり、自分で働いて、自分で家賃を払い、自分で買ったお米を、自分で買った鍋で炊く……。そしていつかは、自分でラケットやシューズを買い、自分でコート代を払えるようになって、堂々とテニスをしよう、と。
 ま、そんな意地を張っているもんだから、ふたたびコートに立てるようになるまでに4年もかかってしまった。私は19歳になっていた。15、16、17、18歳と、いちばん伸び盛りのころにラケットを握れなかったのは致命的だった。テニスのプロなど、とても無理だった。でも、そのかわり人生のプロには多少なれたんじゃないかしら」
 タツエは大らかに笑った。

続き(第142話)を読む


人気blogランキングに参加中♪   

この記事へのコメント
TB出来ないので足跡残して行きますね。
Posted by 酔いどれ天使 at 2005年10月22日 10:05
●●●酔いどれ天使さんへ●●●
こんにちは、酔いどれ天使さん!
>TB出来ないので足跡残して行きますね。
すみません!
日々の雑感的ブログのほうはコメント&TBで交流しているのですが、連載の『ラブ・フォーティ』のほうはコメント欄のみでみなさんとおしゃべりしてますので、ぜひ酔いどれ天使さんも、そちら(日々のブログ)のほうにもおいでください!
よろしくお願いします!
Posted by オヤジライター加久時丸 at 2005年10月23日 01:00