2005年10月24日
拍手千両
向井山朋子(むかいやま ともこ)さんというピアニストが、かつてない方法でコンサートを催す。
共同通信(10月19日付)によると──
『オランダ在住のピアニスト向井山朋子さんが26日、聴き手はただ1人というピアノコンサート「for you」を、横浜市の「みなとみらいホール」で開く。唯一のチケットが(向井山さん自らによって)ネットオークションにかけられ、19日に東京都内の男性会社員(39)が100万円で落札した。
コンサートは、横浜市で開催中の(3年に1度の)現代美術展「横浜トリエンナーレ2005」への“出品作品”として企画された。向井山さんは2020人収容の大ホールで、1人の観客のために15分間、演奏する』のだそうだ。
向井山さんによると、このオークションを含む実演までの全プロセスが、このたびの彼女の作品「for you」だということだ。彼女はこのパフォーマンスのためだけにオランダから片道12時間を費やして来日するそうだ。
ちなみに、このコンサートにかかる総費用は数百万円になるそうで、前出の落札額「100万円」をたんに収支対象として考えることは、向井山さんの試みにおいてあまり意味のないことのようだ。
演奏内容は、古典からジャズ、コンテンポラリーまでを含む、過去400年の音楽から即興をまじえて自由に決定し演奏されるとのことだ。
さて、僕はこの話を読みながら、ずいぶん昔のことを思い出していた。
そう、30年ほど前のことになる。
そのころは明けても暮れてもジャズに溺れていて、ジャズ喫茶のみならず、東京のあちこちのライブハウスに出かけていた。
当時の僕は“ジャズ・オーディエンス(聴き手)”として、ひとつの信念を抱いていて、それは「拍手千両」という一言に込められていた。
そもそも「千両役者」なる言葉はあるけれど、「拍手千両」などという言い回しはない。「千両役者」とは、演技・風格に優れた名優のことを言い、千両の大金を積んでも惜しくない役者のことを意味する。
だとすれば、それを観る観客にだって、それなりの態度や気概というものがあってしかるべきだ、というのが当時の(若気の至りの)僕の考えであった。つまり「俺の拍手は、そんじょそこらの、おざなりの拍手とは違って、心の芯の芯から素晴らしいと思ったら拍手をするし、つまらないと思ったら冷血なほど絶対に拍手しないよ」という姿勢を貫いていた。ゆえに、(まことに自己満足の境地なのだけれど)「俺の拍手は、値(あたい)千金の価値がある。千両の値打ちがあるのだ!」と自負し、ライブに臨んでいた。
ところで、ジャズ演奏の最もオーソドックスな構造は、演奏曲のテーマをメンバー全員で合奏してから、そのあと各演奏者が順繰りにひとりずつ即興演奏をするという形をとることが多く、その個々のソロ演奏こそがミュージシャンの創意(腕)の魅せどころと言っていいだろう(かなり、おおざっぱな説明だけど)。ということは、各ミュージシャンのソロ演奏部分には、とくに注意深く耳を傾けるわけで、良い演奏だと思ったら拍手を惜しまず、つまらないと思ったら無視(ノーリアクション)するという態度をとっていた。
(ここで、ちょっと付け加えておくと、ジャズの演奏に、良し悪しの基準が厳然とあるわけでないので、これはあくまでも「僕が」良いと思ったら良い、つまらんと思ったらつまらない、というきわめて単純な印象・感情・評価に従っている)
30年ほど前のその頃、小田切一巳(おだぎり かずみ)というサックス奏者がいた。夜のステージでリーダー演奏をできるクラスではなかった(落語で言えば、真打ちではなかった)けれど、僕はこのプレイヤーが大好きで、新宿のライブハウス『ピットイン』などの平日の朝とか昼のステージによく聴きに行っていた。
僕は、この人に「拍手千両」を惜しまなかった。
小田切さんのソロ演奏が終わり、良かったと思ったら(ほかの客が拍手していなくても)精一杯拍手を送り、逆につまらないと感じたら(ほかの客が万雷の拍手を送っても)いっさい手を叩かない、という具合だった。
僕はいつも心の中で「小田切さん、俺の拍手は真剣勝負だからね」と気持ちを尖らせ、「俺の拍手は、値千金だよ」と勝手に思い込んでいたわけだ。そうこうするうちに、ふと気づいたのだ。小田切さんは自分の演奏が終わると、チラッとだけれど、確かに、僕を見るのだ。まるで「いまの演奏、どうだった?」と言わんばかりに……。嬉しかった。ファンであることの喜び……。冥利だった。
ところが、ある日、小田切一巳さんは31歳でこの世を去る。
僕の「拍手千両」はさらに続く。
阿部薫(あべ かおる)というサックス(ほかリード楽器)奏者がいた。
このプレイヤーに関しては、多くのジャズ評論家が語っているし、書籍も出ているので、ここで詳しくは説明しないけれども、まさに「伝説の男」と言われた人で、数多くの武勇伝を残している。
いわゆるフリージャズ・ミュージシャンで、このフリージャズという音楽は、それこそ聴き手の“音楽観”“世界観”いかんによって、良くも悪くも深くも浅くも鋭くも鈍くも聴きとれる音楽だ。
さて、とある日の、とある夕方、とある小さな小さなライブハウスに僕は阿部薫さんのソロを聴きに行った。客は、店の関係者以外は、僕ひとりだった。
フリージャズのライブで客が数人しかいないということはさほど珍しいことではないけれども、やはり客が僕ひとりとなると、これはまさしく「阿部薫さんと抜き差しならぬ対決」をしなければならないし、なにしろ僕の信条である「拍手千両」を腹に据えての、一身一聴の構え。
阿部薫さんの一曲目。少なくともこの僕にとって、この一曲目は手応えのない演奏だった。したがって、曲の終了とともに店の関係者は拍手を送ったけれど、僕はお地蔵さんのように表情も変えず何もせず黙って阿部さんを見ていた。シーーーーーーン。
阿部さんは一曲目をアルトサックスで奏でたのだけれど、1曲目のあと、しばらくステージを小回りにうろつき、顔をしかめ、ため息をもらしてから、ひとりごとのように「きのうサックスが壊れて借り物なんで、なんて言うか……」と言ったか「マウスピースがさあ……」みたいなことをモゾモゾと言ったかと思った瞬間、突然2曲目が始まった。と、その一発目の──悲鳴のような怒声のような絶叫のような──音で、僕は阿部さんの世界にいきなり引きずり込まれてしまった。そして終始、その昂揚感は途切れることなく続いた。
その曲の終着とともに、僕は渾身の力をこめて拍手を送った。僕にとっての、一千両の拍手。目に涙をにじませながら。
一対一で、人がナマで奏で、人がナマで聴く、ということは、互いにとっていかに苛烈なことか……。
それから、間もなくのこと、阿部薫さんは29歳でこの世を去った。
さて、最初の話に戻る。
向井山朋子さんというピアニストによる、聴き手はただ1人というコンサート「for you」。
向井山さん自らによるオークションによって100万円という値がついた。僕にとって、100万円という金額にはさして興味はないのだけれど、この「たった1人の聴き手となった男性会社員」が、向井山さんと対峙してどのような反応をするのか、とても興味がある。
このたびの向井山さんのニュースを目にして、久々に「拍手千両」という言葉を思い出した。
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Posted by love40 at 11:07
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みなさんはコンサートに行くことはよくありますか? コンサートといえば、普通は数百...
コンサートにたった一人?【ニュースHipster】at 2005年10月27日 14:58
この記事へのコメント
ラッパをぶっ倒れるまでを吹き、ピアノがぶっ壊れる弾くのががジャムセッションだなんて思っていた音楽音痴ですが、この企画は決闘のように感じます。
Posted by
のびぃ太
at 2005年10月25日 19:29
●●●のびぃ太さんへ●●●
>この企画は決闘のように感じます。
そのようにお感じになっていただけると、とても嬉しいです。
演じ手(パフォーマー)も真剣勝負なら、聴き手も真剣勝負。
「拍手千両」は、聴き手である僕自身の誇りだったわけです。
最近はすっかりジジイになってしまって、フニャニャけてしまい、おざなりに拍手してしまうことが・・・。
イカン、イカン!
>この企画は決闘のように感じます。
そのようにお感じになっていただけると、とても嬉しいです。
演じ手(パフォーマー)も真剣勝負なら、聴き手も真剣勝負。
「拍手千両」は、聴き手である僕自身の誇りだったわけです。
最近はすっかりジジイになってしまって、フニャニャけてしまい、おざなりに拍手してしまうことが・・・。
イカン、イカン!
Posted by
オヤジライター加久時丸
at 2005年10月26日 20:28
わ〜。
こういうの体感したことないです。
いいですね^v^pp
tokakimaruさんもこの会社員も。
しかしながら、惜しい人が若いうちに次々と。。。
こういうの体感したことないです。
いいですね^v^pp
tokakimaruさんもこの会社員も。
しかしながら、惜しい人が若いうちに次々と。。。
Posted by
mihoris
at 2005年11月06日 18:09
●●●mihorisさんへ●●●
>しかしながら、惜しい人が若いうちに次々と。。。
そして、我のみぞ残った(爆)
>しかしながら、惜しい人が若いうちに次々と。。。
そして、我のみぞ残った(爆)
Posted by
オヤジライター加久時丸
at 2005年11月06日 21:28




