2005年10月25日

ラブ・フォーティ 第144話 〜ヒーター〜


(最初からお読みになりたい方はこちら→【ラブ・フォーティ 第1話】 )

第143話より続く

 エリーゼを出ると、外はすっかり暮れて冷え込んでいた。
 晴美は駅前でそそくさと買い物をすませ、自転車に乗ると家へ向かった。
 駅前を抜け、住宅街にさしかかると、喧噪は静寂に一転した。
 しんと静まりかえった晴美の耳の奥で、つい先ほどまでのタツエの話が次々とよみがえってきた。タツエの半生が込められた言葉の連なりだった。
 晴美は、無意識のうちに自転車を減速して、タツエの言葉をひとつひとつ噛みしめていた。すると、その中のいくつかの言葉が、妙に気になった。普通の言葉なのに、なぜか謎めいた言葉に思えるのだった。そんな言葉が、ひとつ、ふたつ、みっつと浮かびあがってくる。

 晴美は自転車を降りた。ゆっくり手押しながら、考えに集中することにした。
 ひとつは、タツエの言っていた“女としての覚悟”という言葉だった。それが晴美には気になった。
 駆け落ちした東北の村で、次第に弱音を吐くようになっていく彼に失望しながらも、タツエは自活の意志を固め、「女としての覚悟というものができていた」と言っていた。“女としての覚悟”とは、いったいどのようなものだったのだろうか?

 ふたつめは、タツエが口ごもりながら言った“だから……仕方なかった”という意味不明な言葉。それが、晴美には依然として気になっていた。
 青森にひとりとり残されたタツエは、苦労に苦労を重ねたすえに東京へたどり着くが、そこで体をこわして病床に伏す。タツエは「1カ月も寝込むほどだった。だから……仕方なかった」と言っていた。いったい何が“仕方なかった”のだろうか?

 さらに、みっつめ。いまあらためて考えてみると、とても不思議な言葉のように思えるのだった。
 父からタツエへの遺言は、“おまえには何もやらないが、おまえこそ俺の娘だ”とも読みとれる内容のものだった。タツエはそれをとても喜び、父とのつながりを再認識した。そのさい「それまでの私は親子というものにことごとく縁がないと思っていた」と言っていた。この“ことごとく縁がない”という言い方は、どこか不自然ではないだろうか? “ことごとく”というのは“何もかも”という意味だ。かりに父とも母とも縁がないとしても、そのことを“ことごとく縁がない”などという言い方をするだろうか? 晴美は何かしっくりしないものを感じた。

 ひとつ、ふたつ、みっつの疑問が、晴美の頭の中を浮遊した。
 晴美は考えた。
 しかし茫漠としていた。
 何かつかめそうで、どうしてもつかめない。
 晴美はため息をつく。いつのまにか自転車を脇に従えたまま立ち止まっていた。
 体が冷えきっていた。身震いした。ふと娘のことを思い出した。理沙は塾帰りに寒い思いをしていないだろうか。
 そうだ、理沙より早く家に戻ってヒーターをつけ、暖かい部屋で彼女を迎えてあげよう、と思った。
 と、そのときだった。晴美の頭の中で何かが炸裂した。
「子供!」
 半ば叫んでいた。
 とたんに晴美には、言葉の意味がすべて見えたような気がした。

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