2005年10月26日

ラブ・フォーティ 第145話 〜ドキッ〜


(最初からお読みになりたい方はこちら→【ラブ・フォーティ 第1話】 )

第144話より続く

“女としての覚悟”というのは妊娠のことではないだろうか。当時15歳のタツエは、青森で自分が妊娠したことに気づき、ひとりの母親としての自覚を持たなければならなかった。これから先どんなことがあっても強く生きていく覚悟をした。そのタツエの目には、男はあまりにも頼りなく幼く見えてしまったのではないか。そして妊娠の事実を告げるかどうか迷っているうちに、ある日男は消えてしまった。タツエはひとりですべてを背負うことになった。故郷(いなか)に帰ろうとしなかったのは、そんなことも理由にあったのではないだろうか。

 結局、命からがら東京へたどり着くが、極度の心身衰弱のために、母体は耐えられずに流産してしまったのではないか。駆け落ち以来、波乱の数ヶ月間が続いた。“だから、流産しても仕方なかったのだ”と、タツエは自分自身に言い聞かせたかったのではないだろうか。
 そして、“それまで親子というものにことごとく縁がないと思っていた”タツエが、父の遺言を知ることによって、父とのつながりをあらためて感じるようになった。ひょっとすると、“ことごとく”というのは、自分と親との親子関係だけでなく、自分と子との親子関係も含めて言っていたのではないだろうか。もしそうだとすれば、15歳で流産し、子を失ってしまったことが、いまもってタツエの心に大きな傷となって残っているに違いない。

 タツエがきょうまで独身(ひとり)で生きてきたのは、そうした過去があってのことではないだろうか、と晴美は思った。
「61歳か」
 晴美は、タツエの歳をなんとなく思い出し、なんとなく口にしていた。そして頭の中では、その“61”から“15”をなんとなく引き算していた。答えは造作なく出た。“46”。と同時に、晴美は不意を突かれたように「あっ」と声を漏らしていた。胸が波打った。晴美はあわてて深呼吸して自分を静めた。
 晴美は思った。もしかりに、15歳のときタツエさんに子供が生まれていたら、その子はすでに46歳ということになる。40歳である私の主人など、じゅうぶんに息子とも言える年令ではないか……。ひょっとすると、タツエさんは心のどこかで、私の主人をわが子のように感じている、あるいは、感じようとしているのではないだろうか。“破門”という一見大人げないやり方にしても、わが子ゆえに感情的になる母親のそれに似ているとは言えないだろうか。

 晴美はさらにあることに気づいて、ドキッとした。もしかするとタツエさんは、この私のこともわが子のように感じてくれているのではないだろうか。だからこそ、普段は自分のことをあまり話したがらないタツエさんが、彼女の半生とも言えるさまざまなことを語る気になったのではないだろうか。
 母と娘がそれぞれある程度の年齢になったときに、“親子”というよりは“女の先輩と後輩”として向かい合い語らうような関係、そんな特別なぬくもりを先ほど晴美は感じた。もしかすると、さっきタツエさんは、自分自身のことを誰かに伝えたいと生まれて初めて思うことができたのではないだろうか、と晴美は思った。帰りぎわに“私って本当にずうずうしいですよね”と言ったら、タツエさんが“だから、ありがとうなの”と応えた。あれは、娘のわがままを苦笑しながらも受けとめる母親のような心持ちだったのではないだろうか。
 晴美の胸に、不意に何かがこみ上げてきた。それが言葉となって口からこぼれた。
「タツエさん、いままでずっとひとりぼっちだったんだ」
 言葉とともに、晴美の目からふたたび涙があふれていた。

続き(第146話)を読む

ランキングに投票ありがとうございます。本当に励みになります。