2005年10月27日

ラブ・フォーティ 第146話 〜メール〜


(最初からお読みになりたい方はこちら→【ラブ・フォーティ 第1話】 )

第145話より続く

 パソコンを起動すると社内メールが入っていた。ファイルを開くと「春日杯」の開催告知だった。新田はざっと目を通した。

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 《多喜食テニス大会・春日杯》
 ■期日 4月22日(土)
 ■種目 男子シングルス 女子シングルス
 ■形式 トーナメント方式 1セット・マッチ
 ■備考 大会終了後、春日社長を囲んでの懇親会があります。
       出場者、観戦者ともに大歓迎。
       各長は、4月に入る新入社員にも声をかけてください。
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 なるほど、と新田は思った。大会後に春日新社長と“懇親”できるとなれば、出場者のみならず観戦者も多いはずだ。おそらく新入社員も全員来ることになるだろう。テニスに自信があれば、この大会は自分をアピールするのに格好の場となる。以前、芳賀さんが言っていたことは本当のようだ。運営は総務部ということになっているが、陰の実行者は安斎だろう。自分で舞台を作って、自分で踊って、自分に花束を贈る、ということか。安斎のひとり舞台。あいつだけええカッコしい、か。

 新田は腕組みをして、しばらく画面をにらみつけていた。
 電話が鳴った。
 新田は電話を目の端にとらえながら、手早くパソコンを操作しプリント命令をした。それから受話器を取った。
 芳賀だった。
「見たか?」
「何をです?」
「とぼけるな。メールだよ。春日杯」
「ああ、それなら見ました。動かしているのは、やはり……?」
「ああ、安斎だ。新社長との懇親会というのには恐れ入ったよ。ああ言われちゃあ、テニスに興味がなくても足を運んでみようかという気になるもんな。本当に悪知恵の働くヤツだよ」
 芳賀がせせら笑う。

 デスク脇のプリンターから紙が1枚吐きだされた。新田はそれをデスクの前のクリップ・ボードにとめた。大会のキャッチフレーズを黙読した。『コートの上の紳士淑女へ、第1回春日杯に奮ってご参加ください!』
 新田は、電話機をやや遠ざけると鼻で笑った。それから芳賀に言った。
「しかしずいぶん急ですね。あと1カ月ちょっとしかないですよ」
「そこがまたあいつのこざかしいところさ。昨年のうちに決定していたというのに、いまごろになって告知するとは……。この告知を見て、あわてて準備をしてもそうは練習できないものな」
「なるほど、そういうことですか」

「時期の選び方も絶妙じゃないか。新入社員の研修期間中に開催するなんて、まるで新人に対するプロパガンダ・テニス大会だな」
「で、結局は、安斎営業部次長の優勝というシナリオですか」
「テニスには、ゴルフのようなハンディキャップがないから、上級者が圧倒的に有利だろうな。おまけに、こういう社内の親睦テニス大会ってのはふつうダブルス戦なのに、シングルス戦とは、よっぽどあいつひとりで目立ちたいんだろうな」
「芳賀さん、出るんですか?」
「そのために腕を磨いてきたんだ。新田は?」
「この前言ったとおりです。遠慮します。第一それほど力もありませんし」
「力は関係ないんだよ。相手に勝てなくても、相手に傷跡を残せればそれで充分。ファイト・バックってのはそんなもんだ」
「僕は遠慮します、すみません」

「なあ、新田。俺はね、安斎が会社で出世するのは仕方のないことだと思っている。会社というのは、ああいう男が必要なんだよ。だけど、その男にスポーツまで利用されるのは我慢がならねえんだ。結局安斎が優勝するかもしれないけど、無傷のままでコートに立っているようなことはさせない。この歳でガキみたいなことを言ってやがると、おまえは思ってるだろうけど、人生とつながっていないコートなんてくだらねえぞ。安斎のやっていることを見て見ぬふりするなよ。英語の辞書を引いてみな。テニスの“コート”には、“裁判所”っていう意味もあるんだ。互いの生き方を主張し、互いのやり方を裁き合う場所だってことを忘れないでくれよな」

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