2005年10月29日

ラブ・フォーティ 第148話 〜タイム〜


(最初からお読みになりたい方はこちら→【ラブ・フォーティ 第1話】 )

第147話より続く

 新田はいままでに“振りまわし”を何度も受けてはいたが、これほどまでに正確に、かつしつこくコーナーにボールを入れてくる相手は初めてだった。相手の中学生は顔色ひとつ変えずに、小さな体をマシーンのようにして打ってくる。新田は幅約8メートルのコートを全速力で左右した。20回ほどラリーが続いたあたりで、トオルはシフトアップした。球速がぐんと上がり新田を襲った。とたんに新田は乱れた。ダッシュ、打つ、ダッシュ、打つ、ダッシュ、打……、間に合わない。ボールは新田の後方フェンスへ飛んでいく。

 新田は照れ笑いをする。トオルは無表情のまま次のボールを打ち出した。普通ならここいらで言葉を交わすのだが何もない。異様な沈黙が、ただのラリーを真剣勝負に変えていく。球速はさらにジワジワと上がっていった。振りまわしのテンポが早まっていく。新田のミスが続出し始めた。周りの大人たちはトオルのうまさに驚嘆するいっぽう、新田の惨状にいたたまれないものを感じた。自分たちと同程度に力のある大人が、子供に叩きのめされているのだ。

 新田はなんとかトオルのペースを崩そうとして、球速、球種、コースを変えるが、まったく通用しなかった。トオルは、その変化したボールをいとも簡単に軌道修正してコーナーに叩き込んできた。そのたびに新田の中で恐怖が肥大する。いままでプレイしてきた相手は、たとえどんな逼迫(ひっぱく)したゲームになろうと、互いに楽しもうという気持ちが感じとれた。しかしこの中学生からはそれを感じとることができなかった。ある種の殺意だけがみなぎっている。それがネットの向こうから一打ごとに確実に押し寄せてくる。

 新田は、自分がいままで思い描いていた格闘よりも、もっと寒々としたものを目の当りにし、心身がこわばっていくのを感じた。足を鍛え、心臓を鍛え、肺を鍛え、そして肩、腕の筋肉を鍛えるだけでは、この恐怖の現場に耐えることはできないと思った。まだ自分には何かが足りないのだ。
 トオルはベースラインに立っての攻防を続けた。きょうのところはベースラインプレイに徹して相手をつぶすことにしている。ネットプレイをからめた変化のある打ち合いは、次に――もしこのオッサンがくじけなければ――試してみることにしていた。

 30分持たなかった。新田は25分でタイムをかけた。3月の夕方のコートはやや肌寒いのに、新田は全身から汗を噴いていた。珍しく息も切れぎれになっていた。トオルは大の大人を振りまわしきったのだった。
 少し休憩したいとの新田の申し出に、トオルは「いま休むと中途半端に筋肉を冷やしてコンディションを崩してしまうので、もし休むのならこれで終了したいのですが」と言った。新田は、しばらくは動かせそうもない自分の体を悔やみながら、少年の言い分をやむなく聞いた。第1回目のレッスンは、それで終了した。

 トオルはバッグにラケットをしまうと、さっさと帰ってしまった。ひとりとり残された新田はコートサイドのベンチにへたり込んだまま、誰もいないコートをぼんやり見ていた。ほかのコートのプレイヤーたちが、敗残した自分を見て見ぬふりをしていることに恥ずかしさと腹立たしさを感じたが、どうすることもできなかった。

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この記事へのコメント
いままであまりテニスには
興味を持っていなかったのですが、
(正直、物語の比較的最初の方のラリーや
壁打ちのボールの描写とかは読み飛ばしてました。。)
なんだか、急におもしろくなってきました。
新田さんが初めて感じた怖さ、
というのがちょっと想像できました。
Posted by hi-yo(ハイヨ) at 2005年10月31日 00:25
●●●hi-yo(ハイヨ)さんへ●●●
>いままであまりテニスには、興味を持っていなかったのですが・・・
それでも今までよく読み続けてくださいました。
ありがとうございます!
>なんだか、急におもしろくなってきました。
新田vsトオルは、いかなることに・・・?
Posted by オヤジライター加久時丸 at 2005年10月31日 09:46