2005年11月01日

ラブ・フォーティ 第151話 〜テニスプレイヤー〜


(最初からお読みになりたい方はこちら→【ラブ・フォーティ 第1話】 )

第150話より続く

 その夜、新田は布団の中で、きょうの自分の怒りを後悔した。後悔はしたが、対策は思い浮かばなかった。トオルを“壁”と思ってもダメだと思った。壁は人を挑発しない。ところがトオルは徹底的に挑発してきた。いままで新田がテニサーたちとプレイしたときでも、あれほどしつこい挑発を受けたことがなかった。
 トオルに比べれば、タツエのしごきには品があったな、と新田は思った。思うと、なぜか胸が揺らいだ。
 その揺らぎに身をまかせ呆(ぼう)としていると、新田はいつの間にか寝入ってしまった。

 新田は夢を見た。
 やや遠めに女が立っていた。女は両手を腰に置いて何か言っている。怒っているようにも見える。
 見覚えのある女だった。
 タツエかと思ったら、そうではなかった。日下部律子だった。
「ねえ、新田ちゃん、あなた、まだ事実と真実の区別がつかないの?」
「いや、そんなことないよ。だいぶわかってきた」
「嘘」
「嘘じゃないって」
「じゃあ、なぜ、トオル君の真実がわからないの?」
「わかってるって。トオルは中学2年のくせにべらぼうにテニスがうまいヤツだ。いまプロをめざしている。しかし性格が悪すぎる。無愛想で、礼儀というものをまったく知らんヤツだ」

 日下部が笑った。
「やっぱりダメね、新田ちゃん。それはトオル君の事実よ」
「事実?」
「そう。目に見える、ただの事実。だから、あなたはレッスンで腹を立てたりするの。たかが中学2年のガキに、どうして俺はここまで翻弄されなきゃいけないんだって怒ってみたり、その反対に妙に恐れてみたり……」
「それは、あいつが無神経なヤツだからだよ」
 日下部の顔がすうっと近づいてきた。
「ところで、新田ちゃん、ちょっと聞くけど。あなたが、世界でいちばん強いと思っているテニスプレイヤーは誰なの?」

「……アンドレ・アガシかな?」
「そう。アガシ。じゃあ……」日下部の顔がさらに迫った。「あなたよりテニスがうまい人はすべて、あなたにとってアンドレ・アガシよ。もちろんトオル君も、あなたにとってアンドレ・アガシ。これが真実。わかるかしら? これからはアガシにレッスンしていただいていると思って、腹を立てたりせず、もっと謙虚に、もっと喜んでやりなさい。いいわね?」

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