2005年11月11日

ラブ・フォーティ 第161話 〜ミルク〜


(最初からお読みになりたい方はこちら→【ラブ・フォーティ 第1話】 )

第160話より続く

 新田は家に入るなり電話を手にした。去年の手帳をめくり、そこに書きつけてあった電話番号をプッシュした。
 相手はすぐに出た。
 ちょっと間延びした柔らかい声が、新田の耳をくすぐった。懐かしい響きだった。
「ああ、新田さん! 驚きました。ビッグ・サプライズですよ。忘れずに電話をくださるなんて嬉しいじゃありませんか」
「丸山さん、お久しぶりです。北海道はいかがですか?」
「まずまずです。商売にも慣れました。ひらきなおると人間って何でもできるんですね。親父もびっくりしていますよ。“おまえが役に立つなんて思わなかった”って始終言われてます。誉められているのか、けなされているのか、私にはよくわかりませんが」
 丸山が電話機の向こうで朗らかに笑っている。その笑い声にまじって牛の声が聞こえた。

 新田が聞いた。
「何か牛の声のようなものが聞こえますね」
「あ、聞こえますか? じつは、いま知人の牧場に来てましてね。ここの牛の何頭かが、最近急にミルクの出が悪くなってしまったんですよ。原因がよくわからなくて、医者もストレス性のものだろうとは言うんですが、どう対処していいかわからない。で、私が、道楽者の思いつきとでもいうのか、冗談まじりに“牛だってたまには温泉でも入ってのんびりしたいんじゃないの?”って言ったら、“それはおもしろい。ダメモトでやってみよう”ってことになりましてね。いま、そのための研究を進めているんですよ。これがもしうまく行ったら、牛や馬専用の温泉でも作ろうかと思いましてね。北海道各地の牧場から牛や馬が湯治にやってきたら、さぞやおもしろいでしょうね」
 愉快そうに話す丸山の声を聞いて、新田はほのかな安堵感を覚えた。丸山さんはすっかり落ち着いたようだな、と思った。

 新田は聞いた。
「あの、テニスのほうは?」
「我慢してます。やりたくてウズウズしていますけど、道楽の虫を懲らしめるために、もうしばらくテニスを断ちます」
「もう半年以上になりますよね。立派じゃないですか」
 新田が感心すると、丸山が照れながら言った。
「いえ、立派というわけでは……。じつは、我慢したのではなくて、我慢させられたんですよ」
「“我慢させられた”? お父様に、ですか?」
「いえいえ。もっと怖いものです」
「“もっと怖いもの”?」
 新田はつかのま考えてみたが、何も思い当たらなかった。

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