2005年11月13日

ラブ・フォーティ 第163話 〜コンペ〜


(最初からお読みになりたい方はこちら→【ラブ・フォーティ 第1話】 )

第162話より続く

“これから何か起こる”という言葉に、新田ははっとした。丸山にそう言われるまでは、懐かしさが募って電話したのだと自分では思っていたが、それだけではないのかもしれない。新田は考えを巡らさせながらボソボソとつぶやいた。
「いま丸山さんに言われてみて、そうかなと思ったんですが……。じつは、あしたテニスの試合がありまして……。なんとなく落ち着かないんですよ。だから……、かな?」

「新田さんは、そういう試合に出るのは初めてなんですか?」
「いえ……、何度も出ています。“実戦こそ最良の教科書なり”ですから、タツエ・スクールでは」
「そうでしたね。となると、新田さんにとってあしたの試合はとくに重要なもの、ということですか?」
「そうなのかもしれません」
「どんな試合なんですか?」
「会社のテニス大会なんですよ」
「なるほど……」丸山は電話機に向かって何度もうなずいた。「そういう職場のコンペというのは、じつに微妙な利害関係が生ずるものなんですよね」
「そうですね」
「負けると、それ以降いろいろ響きますからね」
「ええ、まあ……。私のような初心者にとっては、どうも落ち着かないですよ」

 新田が弱音を吐くと、丸山が叱咤するように声を強めた。
「でもね、新田さん。先ほどのラケットの感想を聞いたかぎりでは、あなたは、わずかな期間に信じられないほど上達しているんじゃありませんか? 第一、タツエさんがあえて破門を言い渡すくらいだから、あなたは相当な腕前のはずですよ。大して力もない者に、いちいち目くじらを立てて破門にするような人じゃないですよ、タツエさんは。変な言い方ですが、タツエさんに破門にされるくらいあなたは強くなった、と私には思えるんですが……。新田さんは、もっと自信を持ってもいいんじゃありませんか?」

「そんなものでしょうか?」
 新田が不安げに聞きかえすと、丸山は高らかに笑った。
「タツエさんとのつきあいは、私のほうがずっと長いんです。彼女のことは、新田さんより私のほうがずっとよく知っています。彼女は、自分の好き嫌いで人を破門にするような、心の狭い人間ではありませんよ。彼女にとって、破門は通過儀礼のようなものです。“ふたたび門を叩きなさい”という意味くらいに考えるべきです。破門は、彼女の真剣さの現れです。彼女の場合、弟子と本気で向き合っているから、自分の気持ちが抑えられなくなってしまうことがあるんですよ。いつかきっと、新田さんとタツエさんの和解点が見つかるはずですよ」

「はあ……」
 新田はあいまいな返事しかできなかった。破門を告げられたときのタツエの激怒を思い起こすと、どうしても心に震えが来てしまい、丸山の言葉を鵜呑みにすることは容易にはできそうもなかった。
 丸山には新田の気持ちがよくわかった。タツエの激しい気性に触れた者なら、誰だって彼女に恐れを抱いてしまうものだ、と。しかしそれが本当のタツエでないことは、この自分がいちばんよく知っている、と丸山は思った。

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