2005年11月18日
ラブ・フォーティ 第168話 〜エントリー〜
(最初からお読みになりたい方はこちら→【ラブ・フォーティ 第1話】 )
第167話より続く
大会の会場となるテニスコートは横浜の郊外にあった。小高い丘の中腹に開かれた6面のコート。丘のなだらかな勾配がそのまま芝生のスタンドになっていて、観客はそこでピクニック気分を楽しみなら、フェンス越しに観戦ができる。コートはクレー。手入れはよく、かなり固めのコンディションになっているため、ボールスピードは速い。きょうは全面貸し切りになっている。
受付をすませると、新田はロッカー室へ行った。
数人が着がえていた。その中に安斎がいた。新田は、誰に向かってというわけでなく「おはよーす」と声を放った。対して、数人がバラバラに「おはようございます」「よろしく」と声を返してきた。安斎だけは着がえにかこつけ、さりげなく新田を無視した。
新田と安斎は3週間前、新入社員の入社式で半年ぶりに顔を合わせている。そのとき安斎は、新田の変貌ぶりに愕然とした。
新田が本社にいた最後のころ、つまり営業部から食研部に移った直後から、彼がダイエットや節酒を言明していたことは、安斎も知っていた。が、その後、食研の独立にともない、安斎の前から姿を消した新田が、半年間でここまでひき締まった体つきになっているとは、想像もしていなかった。しかも、無駄を削ぎおとした新田の顔は、陽に焼けたこともあって精悍さを際立たせ、軽く10歳は若返ったように見えた。
安斎に限らず本社の人間はみな、入社式の会場で半年ぶりに新田と再会したわけで、彼の劇的な変身ぶりに一様に驚いたのだった。この男がかつて“宴会部長”を演じ、余興でブルブルと腹踊りをしていた人物だとは、にわかに信じがたいものがあった。
同僚たちから変身の秘訣を問われると、新田は「ストレッチやジョギングを始めた」と嘘のない程度にごまかした。それ以上のことは言わなかった。いまテニスに励んでいることや、“春日杯”に出場するつもりでいることは伏せておいた。これには、芳賀との密約が絡んでいて、つまり、大会参加をぎりぎりになって表明することで、いわば奇襲攻撃を安斎に加えようというものだった。
“春日杯”の選手エントリーは、大会の10日前の4月12日までにすればいいことになっているから、4月1日の入社式では、新田も芳賀も、テニスにはまったく無関心・無関係を装うことにしていた。ゆえに新田は「ジョギングで痩せた」と説明したのだった。
しかし、その説明を、安斎は内心いぶかっていた。安斎の目には、新田の体が発している殺気めいたものが、ジョギング程度で養われるものではないように感じられた。新田の歩き方、立ち方、体のさばき方を見ていると、動作の切れがとてもよく、かなり厳しく鍛えこんだアスリートのそれに思えるのだった。新田は何か隠している、と安斎は直感した。入社式の間じゅう、安斎は新田を盗み見しながら、とめどない不快感に襲われていたのだった。
安斎の中にわだかまる、新田への不快感は、入社式の一件で生じたものではなかった。それは去年にさかのぼるものだった。食研に移ってからの新田の変化、とくに彼が“宴会部長”をにべもなく拒否したことが、安斎の不快感を激しくかきたてたのだった。さらにその不快は、安斎が画策した“新田の営業部復帰”運動の挫折によって、いっそう険しいものになった。入社式はまさにそんな時期のことであり、そこでの出来事が、安斎の心中(しんちゅう)をさらにあぶることとなった。
そして、新田のテニス大会エントリーを知るに至って、安斎の不快感はピークに達した。よりによって、自分が長年愛してやまないテニスを、あの落ちこぼれ社員にいじられるなどということは、安斎にとって我慢のならないことだった。
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Posted by love40 at 07:55
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