2005年11月19日

ラブ・フォーティ 第169話 〜ゲートボール〜


(最初からお読みになりたい方はこちら→【ラブ・フォーティ 第1話】 )

第168話より続く

 ロッカー室に居合わせたほかの者は、着がえがすんだ順に次々とコートへ出ていった。
 やがて新田と安斎のふたりきりになった。アンダーウェアになっている安斎の体は、じつによく鍛練されていることがひと目でわかった。
 安斎は穏やかな表情をつくろい、新田に話しかけた。
「きょうはお手やわらかに頼むよ、新田」
「それは、こっちのセリフじゃないか?」
「いやいや、伏兵はどこにひそんでいるかわからんからな。どうやら体も相当に鍛えているようだし……」
「“付け焼き刃”ってやつだよ」
「そんなことはわかってるよ。ここ数ヶ月の出来事だもんな」安斎がせせら笑った。「しかし、おまえがテニスを始めたとはな」
「自分でも驚いている」
「何がきっかけなんだ?」
「健康のためかな」

 新田の答えを聞いて、安斎は大げさに顔をしかめた。
「健康? それだったらゴルフにでも精を出したほうがよかったんじゃないのか? もういい歳なんだから」
「ああ、まったくだ。僕もちょっと後悔しているよ。テニスなんかに手を出すんじゃなかったよ」
「それなのに、きょう試合に出るのか? おかしなヤツだな」
「自分でもそう思っている。なにも人前で恥かく必要なんかないのにな」
「よりによって新入社員の前で。ここで大恥かくと、職場での上下関係にも響くんじゃないのか?」
「なるほど、そんなこと考えてもいなかったよ。もっとも、その手の恥には僕は慣れてるからあまり関係ないね」
 当てこすりのつもりで新田は言った。

 安斎は無反応を装い、話を変えた。
「始めてどのくらいになるんだ?」
「7カ月だ」
 そう新田が答えると、安斎の口もとに底意地の悪そうな笑みが浮かんだ。
 安斎が聞いた。
「スクールに行ってるのか?」
「いや、近くに住んでいるテニス好きに習ってる」
「そうか。テニスは基本が大切だから、シロウトじゃなくて、スクールとかで習ったほうがいいんじゃないかな?」
「スクールは金がかかるからな」
 新田はわざとそう答えた。

 安斎の目にあざけりが浮かんだ。
「“金がかかる”? おいおい、そんなにケチらないでくれよ。確か、もう40になったんだよな。プロならとっくに引退している歳でテニスを始めたってことを忘れないでくれよ。年をとって鈍くなっている体で、おまけに、金をかけずにテニスをしたいなんて、ちょっとムシがよすぎないか? いまどき、ゲートボールやるジイさんだって、もうちょっとマシな心がけで練習しているぞ。あまりテニスをなめないでくれよ」
「そうか、そりゃたいへん失礼した。でも、できたら金はかけたくないよ」
 新田はぶっきらぼうに答えた。
 安斎はあからさまにあきれ顔になった。手の動きがせわしくなり、いっきに身じたくをすませるとベンチから立ちあがった。
「お先に」
 そう言い捨ててロッカー室を出ていった。その後ろ姿を見送りながら、新田はほくそ笑んだ。

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