2005年11月23日

ラブ・フォーティ 第173話 〜ポイント〜


(最初からお読みになりたい方はこちら→【ラブ・フォーティ 第1話】 )

第172話より続く

 安斎の相手もある程度の腕ではあったが、その力の差はあまりにも歴然としていて、一方的な試合となった。第1ゲーム、安斎のサーブで始まったが、スコアはいきなり15─0、30─0、40─0となり、さらに続けて安斎がポイントして、たちまち1ゲーム先取。
 第2ゲーム、相手のサーブだが、相手はポイントを取れぬままに、0─15、0─30、0─40、そしてまたもや安斎がポイントして2ゲーム連取。相手は手も足も出ない状態で試合は進み、ゲームカウントは安斎優勢のまま1─0、2─0、3─0……と、みるみる差は開いていった。結局ワンサイド・ゲームとなって6─0で安斎が圧勝した。相手は悔しがるどころか、安斎の強さに敬服しきっている様子だった。

 その隣のコートでは、芳賀が試合をしていた。安斎のことが気になるのか、集中できずにじりじりとスコアを悪くしていた。ところが、安斎コートがあっというまに試合が終わって姿を消すと、芳賀は俄然調子を上げ、ゲームカウント1─4の劣勢から6─4にひっくり返して勝ってしまった。さすが野球でつちかった勝負強さがあった。
 芳賀はこの1年ほどで、野球のバッティングの影響を受けた変形スウィングフォームを完璧に矯正し、テニスプレイヤーとしてはごつすぎる体をじょうずに使いこなすようになっていた。芳賀のスウィングスピードには野球仕込みの凄さがあり、一見平凡なストローク合戦でも相手の負担は計りしれぬものがあった。

 野球一筋のはずの、芳賀のテニス大会参加には、安斎に限らず多喜食のほとんどの社員が驚きを隠さなかった。まるで演歌歌手が洋楽のポップスを歌うような違和感を感じたのだった。しかしその好奇の目も、芳賀が1勝するころにはすっかり静まっていた。
 第1グループの試合が終了し始め、空いたコートには順に第2グループが入り1回戦を始めた。
 芳賀が終わったコートには、偶然にも新田が入った。選手ベンチで入れ替わるさい、芳賀は新田に「藤永が来ている」と言ってニヤッとして、去っていった。
 新田がさりげなく首を巡らすと、斜面のいちばん左端に青白い顔の藤永がいた。新田と目が合うと、藤永は右手を招き猫のようにちょこんと上げた。
 晴美と理沙は斜面ほぼ中央にいた。新田の視線に気づくと、ふたりは精いっぱいに両手を振るのだった。新田は気恥ずかしかったが嬉しくもあった。

 新田の対戦相手は取引先の営業マンだった。歳は30代半ばに見えた。10分間のウォームアップで、相手がかなりの腕であることがわかった。
 これは初戦で敗退かもしれないと思いながら、新田は試合に臨んだ。ところが実際に戦いが始まると、相手の実戦不足を諸所に発見した。確かにその男はかなりのレベルではあったが、それはおそらく学生時代に身につけたもので、勤めるようになってからこのかたテニスから離れているように思えた。新田と彼の差は、いわば現役兵士と退役軍人との差ほどのものがあった。ゲームカウント6─3で、無難に新田が勝ちをおさめることとなった。

 観客は、芳賀のときと同じように、最初は新田がテニスをすることに途惑いと驚きを漂わせ、疑わしげに見ていたが、この対戦で1勝を果たすころには、すっかり納得して観戦するようになっていた。声援も、最初こそとってつけたようなものだったが、ゲームが進みにつれ次第に熱を帯びたものになっていった。観客の変化を目の当りにし、新田は、自分が“宴会部長”の呪縛から脱して、ひとりのテニスプレイヤーへとなりつつあることを感じた。

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