2005年11月24日

ウディ・アレンの言葉

ウディ・アレンちょっと古い記事なのだけれど、面白いことが書かれているのでご紹介したい。
10月31日付のロイターから──
『映画監督で俳優のウディ・アレンさんは、今週発売の米誌「バニティ・フェア」に対し、年を重ねるにつれて学んだことはほとんどない、と語った。
12月1日に70歳を迎える同氏は、「年をとると喜びを感じるようになるとか、ある種の知恵がそなわるとか言うが、それは全くのでたらめだ」と述べ、「私は何の知恵も、見識も、円熟も得なかった。今でも全く同じ間違いを繰り返すだろう」と語っている』

ウディ・アレンらしいシニカルなコメントで、受け手がそこから何を感じ取るかは、人それぞれの人生観によるところ大であろうと思う。
ただ、僕としては、彼の言う「私は何の知恵も、見識も、円熟も得なかった」という中にある「私は何の円熟も得なかった」とのコメントには、ある思いを込めて大賛成したい。(原文でどのように言っているかが気になるところではあるが)

何の円熟も得ない」……少なくともこの僕も、確信をもってそう言えてしまうだろう。

話はざっと2千年ほど前の日本にさかのぼる。もう一度、申し上げますぞ。「2千年前」だ。
近年になって古代史研究にめざましい進歩が図られるようになり、それまでの学問的常識がかなり変わりつつあるとは言え、大まかに言えば「縄文時代」が7〜8千年ほど続き、次いで「弥生時代」が数百年ほど続いた。(本当にざっくりとした話の進め方をしてしまうけれど)縄文期に狩猟採集生活をおこなってきた人間は、弥生期に稲作農耕生活を手に入れた。
かつてはこの2つの生活様式を画然と分けて「縄文時代」「弥生時代」と時代区分する傾向があったけれど、今では必ずしもそう明確ではなかったと言われている。

さて、8千年近くも続いた縄文時代が、次の弥生時代ではわずか数百年となり、さらに古墳時代へと変遷している。
現在が西暦2005年だから、その4倍もの「8千年」という時間を(ゆるやかな変化はあったにせよ同質的な文化を)営んでいた縄文期から、突然めいっぱいアクセルを踏み込んだがごとくスピードアップして、8千年の10分の1ほどの「数百年」で弥生期を完結させてしまった日本人。
そのスピードアップの原因として、たとえば「渡来文化の影響」「集落の形成と競争・競合」などなど、さまざまな要因が挙げられる。

それら学説の中のひとつに、僕は「なるほど、そういうこともあったのか!」と目を見開かされたことがあった。じつは、それが冒頭の「円熟」問題へとつながるので、もうしばらく話におつきあい願いたい。

なぜ、人間(日本人)は縄文期から弥生期へのステップアップとともにスピードアップしたのか?
前述したように“狩猟採集”をおこなっていた縄文時代は、当然ながら、食料のある所へ移動しなければならなかった、幸いにも豊饒な土地に恵まれれば移動もわずかで済んだであろうけれど、土地・天候等で苛酷な状況におちいれば途方もない移動を強いられた。
食料を求めての、ロング・ジャーニー(長く苛酷な旅・移動)は一度とは限らない。一生を通して、何度も挑まなければならないかもしれない。そして、そのつど、起こることがある。それは、ロング・ジャーニーに耐えられない者は置き去りにされるということだ。つまり、とくに「年寄りは捨てられる」ことになる。これが、狩猟採集生活の“マナー”だ。(※この時代の「年寄り」って、たぶん40〜50代くらいじゃないかな?)

時代は変わって、弥生期
稲作農耕が普及し、集落が形成され、定住生活が始まった。
苛酷なロング・ジャーニー時代は終わり、「年寄りは捨てられる」というシステムも変わる。
年寄りが生きていけるということは、何を意味しているか。それは、ずばり「知の蓄積の増大」を意味している。たとえば、それまで20〜30代で生活集団を作っていた縄文時代は、世に起こる森羅万象をせいぜい人生30年間の見聞・知識で判断しなければならなかった。ところが、そこに50歳の年寄り(長老)が出現すればどうなるか? 言うまでもなく、30歳のおよそ2倍の経験・見聞・知識をもって対処することができるようになる。
夜空を見て、明日の天候を予測したり、一本の稲の異常から、田畑の危機を救うことも“知識”から成し遂げられるようになる。

まだ本のような記録メディアのない時代にあっては、人間こそが唯一の“メディア”であって、長老ほどそのメディア容量は巨大であり、ゆえに名実ともに「長老」「知恵者」と敬われていたわけだ。
「その村のことで知らぬことなど何ひとつない大長老様」みたいな言い方……、今どきの童話でもあるでしょ? つまり、あれに似たり寄ったりの人間社会が(本当につい最近まで)あった。

ところで、その学者(名前を忘れてしまった)は、稲作農耕=定住社会という安定環境の中で、まさに“生きたメディア”「長老」が出現し、知の蓄積・伝承がおこなわれるようになったため、知の相乗的増加が起こり、弥生時代の急進歩がかなったのだと言っているのである。

人間こそが最大のメディア(情報伝達媒体)だった時代に、やがて文字が加わり、印刷技術とともに本が普及し、さらに時は進み、テレビ・ラジオ・映画といったメディアが誕生した。

そして、インターネットというメディアが登場した。

クリックひとつで、自分の知らない出来事・未知の事柄が何千〜何万と瞬時にディスプレイされる……
そのたびに僕は思う「オレって、ほんとに、ほとんどのことを知らないんだなあ」と。と、同時に「それどころか、毎日毎日、新しいことがどんどん生まれて、ますますわからないことが増えているんだろうなあ」と。ついでながら、その時の僕の心境を言うと、「じつは、とくに何とも思っていない(苦笑)」。悲しくもないし、ことさら辛くもないし、あせりもない。だって、大げさに言えば、インターネットというのは、地球丸ごと相手にしてるんだもの。どうやったって太刀打ちできない。

マイペースで生きるしかないもんね。

さて、やっと、先ほどのウディ・アレンの言葉だ。
「年をとると喜びを感じるようになるとか、ある種の知恵がそなわるとか言うが、それは全くのでたらめだ」
「私は何の知恵も、見識も、円熟も得なかった。今でも全く同じ間違いを繰り返すだろう」

ウディ・アレンは、そのつもりで語ったわけではないだろうけれど、僕には「インターネット時代」という今の地球環境を照らし合わせながら考えたくなる、言葉がいくつもあった。

かつて「長老」という存在が、(限られた空間である)集落などの長(おさ)として、自分の全経験・全知識をもってして「円熟」たる見解をくだしていた時代は、もはや終わった。
なにしろ今や、すべての情報は無限に広がる地球レベルからネットを介して錯綜しつつ飛来してくる。「円熟」たる見解など、皆無に等しい。

「トシとともに、わからないことが増えて、困ったもんだ」などと年長者がボヤくようになったのは、おそらく明治維新あたりからではないかと僕は思っている。人間のエイジングより、変革のエイジングのほうが速くなってしまったからだ。
そして、今は、もっと変革は速い。

だから、僕はいま、思っている。
自分のエイジングをしっかり受けとめ、できる限り頭を活動させ、体を鍛錬し、心を修養し、“トシをとらない”こと。

ウディ・アレンの言葉をもう一度記す。
「年をとると喜びを感じるようになるとか、ある種の知恵がそなわるとか言うが、それは全くのでたらめだ」

僕はいま『ラブ・フォーティ』という連載小説をブログに載せている。
人生の半ばあたりにあたる40歳代をテーマに書いている物語だ。そのタイトルの意味は「汝の40代を愛せよ。そして真に勝利せよ」というものだ。

でも、あと数十年たって、『ラブ・シックスティ』やら『ラブ・エイティ』──若き60代、若き80代とは?──なる趣旨の小説を書いているかもしれないなと、きょうはつくづく思った。

歳をとるのは構わない、でも、老いることのない人生をめざしたい。


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この記事へのコメント
歌いながら深海へ消え入った氷山http://www.cnn.co.jp/science/CNN200511250017.htmlは、もう一つのメディアかもしれないなぁ、と、フト思いました。
無言の。。。

Posted by mihoris at 2005年11月25日 22:07
●●●mihorisさんへ●●●
>歌いながら深海へ消え入った氷山は、もう一つのメディアかもしれないなぁ、と、
>フト思いました。
確かに、そのご指摘、うがってますね。メディア!
あるいはこうも言えるのでは? 地球はメディアの集合であるからにして、「メディアとして解釈」できる人が「地球を見る」ことができる、とか・・・
にしても「極地及び海洋研究財団アルフレッドウェーゲナー研究所」って、なんかカッコいいですね。
Posted by オヤジライター加久時丸 at 2005年11月26日 20:26