2005年12月05日

ラブ・フォーティ 第185話 〜ストレス〜


(最初からお読みになりたい方はこちら→【ラブ・フォーティ 第1話】 )

第184話より続く

 5本目のロブが上がったときだった。
 安斎の辛抱がぶっつり切れた。安斎はベースラインを越え、コートの中へ進み出ると、ラケットを高く構えスマッシュの体勢をとった。ボールがワンバウンドするのを待たずに、できる限り前の位置で、上空のボールを打ち相手のコートへ叩き込もうというのだ。
 しかし、その位置からのスマッシュ可能角度は極めて小さく、ちょっとでも下にミスショットすればネットに捕まり、逆にちょっとでも上にミスショットすれば飛球はうわずってベースラインをオーバーしてしまう。

 だが安斎はそのリスクを冒してでも、一刻も早くロブがらみのラリーを断ちきりたかった。
 安斎は上空を凝視し待ちかまえた。ボールが急降下してきた。安斎は、まるで宙を飛ぶうるさい蠅を叩き落とすかのようにラケットを振り出した。体が伸び上がったぶんスウィングが不安定になった。ラケットはブレながらも黄色い蠅をなんとかとらえ、前方へ叩きとばした。
 が、ネットにひっかかった。
「0─15(ラブ・フィフティーン)!」

 新田はさらにロブ攻撃を続けた。
 安斎はロブ・ラリーを避けるために、サービスエースでカタをつけたいと考えた。そのため、ファーストサーブだけでなく、安全策をとるべきセカンドサーブもミス覚悟で強打していった。
 第8ゲームは荒れた。サービスエースとダブルフォルトとロブとロブミスとスマッシュとスマッシュミスが入り乱れ、ポイントは両者揺れながら動いた。「0─15」から、「0─30」……「15─30」……「15─40」……「30─40」……そして新田が競り勝ちし「ゲーム」となった。
「ニッタズ・ゲーム!」
 ゲームカウントは新田の3─5となった。もう一敗もできない新田は土俵ぎわで踏んばった。

 第9ゲーム。新田のサーブの番だ。
 例によって新田は第1サーブを大フォルトして安斎を挑発した。
 安斎のいらだちと混乱はいまピークに達している、と新田は読んだ。それには根拠があった。もし第8ゲームとこの第9ゲームの間にコートチェンジがあれば、その90秒間のインターバルで安斎はクールダウンできたかもしれない。しかしコートチェンジは奇数ゲームのあとにしかない。したがってこの第8と第9はひと連なりのゲームとも考えられ、第8ゲームのロブ攻撃でストレスを蓄積している安斎は、そのままの状態でこの第9ゲームに臨むことになる。

 その第9ゲームのしょっぱなで新田はしつこく大フォルトを見舞い、さらにロブ攻撃を続行した。
 対する安斎のプレイはみるみる崩れた。スマッシュは精度を欠きアウトを連続した。
 あっけなく新田がゲームを取った。
 ゲームカウントは新田の4─5となった。
 実力では明らかに劣っている新田のほうが追い上げる形となり、観客たちの応援は判官びいきとでもいう盛り上がりを見せていた。その中、晴美は、かたわらで大はしゃぎする理沙に目を細めながら、夫が出がけに言っていた「何が起こっても驚かないでくれ」という言葉を思い出していた。そうか、夫が負けたくないと言っていた相手はこの安斎という人なんだな、と察した。

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