2005年12月10日

ラブ・フォーティ 第190話 〜サングラス〜


(最初からお読みになりたい方はこちら→【ラブ・フォーティ 第1話】 )

第189話より続く

 安斎は心の中で主審を罵倒した。あんなオバサンにまともなジャッジなんかできるわけないんだ、と。
 ほとんどの観客が安斎と同じ気持ちだった。が、ひとりだけ違った。キャップを目深にかぶり、サングラスをし、みんなからひとり離れて観戦している女がいた。

 タツエだった。動体視力が人並みはずれて優れているタツエには、主審のジャッジが正しいことがよくわかった。タツエは思った。あの安斎というプレイヤーは相当な上級者であるだけに、あの微妙なフットフォルトを誰もが見逃してしまうのだろう。きょうの試合では第6ゲームにもフットフォルトがあったけど、そのときは主審も見落としてしまった。さらに第2、第4にも怪しいサーブがあった。おそらく、あの安斎本人には自覚がないはずだ。それだけに、いまのフットフォルトの指摘は、安斎自身がいちばん混乱しているに違いない。まるで自覚症状のない病気を不意に宣告されたようなものだもの。いま40─15のマッチポイントだけど、こういう瀬戸ぎわなだけに何が起こるかわかったもんじゃないわ。

 晴美は、離れて座っているタツエに、いまのジャッジについて聞きたかった。しかし、きょうはお互いに“他人のふり”をすることを約束していた。それを条件に、タツエにやっと来てもらったのだ。「夜遅くまで水商売している人間を、こんな朝早くから電話で起こして、しかも、きょうのきょう、テニス大会を観戦しくれなんて、なんていう人なの」とタツエは寝起きの声をさらにいびつにして、晴美に憤慨してみせた。しかし最後は承諾してくれたのだった。「私が見に来てることを、新田さんに絶対に言わないこと。あくまでも破門中なんだからね」というタツエの声は、どこかしら嬉しさに弾んでいるようでもあった。

 タツエは、トオルからロブ作戦を事前に聞かされてはいたが、これほど功を奏するとは思っていなかった。“100分の1のロブ”なんて机上の空論だ、と笑ったものだ。するとトオルがムキになって怒った。
「テニスは何が起こるかわからないって、タツエさんがいつも言ってることじゃないですか! そんなに笑うんなら、実際に新田さんのロブを見てからにしてくださいよ!」

 確かに、わずか3週間でよくここまでロブを磨き上げたものだ、とタツエは感心した。しかし、それ以上にタツエが感心したことがあった。
 感心というよりは、むしろ驚愕に近いものだった。それは、第7ゲームでの新田のフットフォルトだった。当初は、新田さんにしては珍しいミスをするな、くらいにタツエは思っていた。ところがいまの安斎のフットフォルトに至って、その思いは驚きに一変した。あの第7ゲームのフットフォルトは、新田さんがわざとやったもので、主審の注意をプレイヤーの足もとに向かせるためのデモンストレーションだったのだ、と。

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