2005年12月13日

ラブ・フォーティ 第193話 〜ボディブロウ〜


(最初からお読みになりたい方はこちら→【ラブ・フォーティ 第1話】 )

第192話より続く

 もうロブはやらない。ここから先は、精いっぱい前方に向かってストロークを打っていく。ボールを相手のコートへまっすぐ叩く。自分がいまできる限りの美しいテニスをしてみる。たぶん、それで負ける。負けて、そして、あしたの目標を見つければいい。

 第11ゲーム。
 新田がサーブした。
 安斎がリターンする。
 そのボールを新田はストロークで打ち返した。安斎の顔がハッとする。観客の中の幾人かが「あっ」と声を出す。第8、第9、第10ゲームと、徹底的にロブを使ってきた新田が、突然ラケットを前に振ってきたのだ。安斎は、ロブを打ってくるものとばかり思っていた体勢を急きょ立てなおし、フットワークを加速しながらラケットを巧みにさばいて返球する。返球しながら安斎は、新田のいまのストロークは何かのミスだ、と思う。次こそロブを打ち上げてくるはずだと身構える。ところが、新田はまたもやストロークで打ってくる。安斎は途惑う。新田の真意が読めなかった。このまままともに打ち合ったら新田には勝ち目がないのに、といぶかる。安斎は様子をうかがうように力を加減してストロークプレイを続ける。

 ボールが水平に飛びかう。ラリーがリズミカルになる。
 カッ、コッ、カッ、コッ……
 観客が色めきたつ。
 ふたりのラリーが熱を帯びてくる。
 安斎のボールは、新田のバックサイドつまり新田の左側を攻めてくるものが多い。そうしておいて、そのボールを新田がバックハンドで打ち返すことを注文してくるのだ。バックハンドストロークのほうが、フォアハンドに比べて打力が弱く、しかも精度が欠けミスが期待できるからだ。
 対して、新田は重くなり始めた足に言い聞かせ、フットワークを懸命にくり返しながらボールを右側にとらえるように回りこみ、渾身のフォアハンドストロークを相手コートへ打ち込む。そうやってなんとか安斎を打ちくずしたいが、正攻法となると、安斎のディフェンスは揺るぎない。新田はボレー・チャンスもつかめない。

 安斎は新田のプレイをじっと観察する。妙な仕掛けをしてくる様子はまるでない。新田にとくに秘策があるわけではなさそうだ、と安斎は判断する。
 安斎が徐々にゲーム展開を速める。フルスウィング、フルフットワークへ限りなく近づいていく。
 カッッ、コッ、カッッ、コッ……
 新田がゲームテンポについていけなくなる。フォアハンドに回りこめなくなり、バックサイドに来るボールはバックハンドで処理するのが精いっぱいになる。

 しかし安斎は攻めこもうとはしない。一見平穏なラリーの応酬で、新田をつぶそうとしている。まるで、地味なボディブロウだけでじわじわ相手を弱らせていく老獪なボクサーのように、派手な攻めを見せてこない。あからさまにこぶしを振りあげれば、きっと新田のほうだってロブで抵抗してくるに違いない、と安斎は警戒する。
 ついに新田のバックハンドストロークにミスが出た。ボールがネットにひっかかった。
「0─15(ラブ・フィフティーン)!」

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