2005年12月14日
ラブ・フォーティ 第194話 〜ラブ・フォーティ〜
(最初からお読みになりたい方はこちら→【ラブ・フォーティ 第1話】 )
第193話より続く
新田がサーブを放ち、ふたたびラリーが展開する。
新田は一打ごとに弱っていった。しかし新田は、自分でも驚くほどにテニスを心から味わっていた。安斎の本当の凄さを噛みしめながら戦っていた。新田にはよくわかっている。長いラリーで接戦したすえに自分のミスでゲームを落としているように見えるが、じつはそんなものではなく、圧倒的な力で押しまくられていることを。
晴美にもそれがよくわかっていた。でも、きょうの試合の中で、夫がいちばん気持ちよくプレイしているように見えた。それが嬉しかった。
新田がボレー攻撃に出るが、逆に返り討ちにあう形になった。やはり安斎には隙がない、と新田は感心する。
「0─30(ラブ・サーティ)!」
タツエは、この10ゲームほどの間に新田が“大化け”したことを発見していた。成長するプレイヤーというのは、必ずこの瞬間があることをタツエは知っている。スポーツは、肉体の性能が上がることで上達する部分と、センスが磨かれることで上達する部分がある。肉体は、日々のトレーニングの積み重ねで強化できるが、センスは“あるきっかけ”によって唐突に飛躍する。あるきっかけとは、コーチのひとことかもしれないし、ライバルの突然の出現かもしれないし、日常生活でのちょっとした出来事かもしれない。優秀なプレイヤーは必ずこのきっかけを何度も手に入れる。凡庸なプレイヤーはこのきっかけを何度も見逃す。タツエはたくさんの人間にテニスを教えてきて、こういう場面に幾度となく遭遇してきた。新田真一にとって、この試合がそうなのだろう。彼のゲームへのアプローチ、プレイヤーとしての雰囲気が、この1時間たらずの間にがらっと変わった、とタツエは思った。
新田のバックハンドストロークがまたミスった。ベースラインをオーバーしてしまった。新田は上半身をガクッと前に倒し、手を膝についた。呼吸がひどく乱れている。主審のコールが、後頭部のはるか上で響きわたった。
「0─40(ラブ・フォーティ)!」
新田は疲れた。したたり落ちる汗がコートに染みを広げるのを見おろしながら、ボソッとつぶやいた。
「ついにラブ・フォーティか」
今度こそ追いつめられてしまった。新田は覚悟を決め、膝に手をついたまま大きく深呼吸した。ああ、空気がうまい、とまた思った。
新田は体を起こした。晴美を見た。きれいな微笑みが返ってきた。手もとでは人差し指と親指を丸め“OK”をつくっている。新田は、晴美にだけわかるようにかすかにうなずいた。晴美のほうはしっかりと首を縦に振ってうなずいた。
このゲームを落としても、あと最低1ゲームはある。まだギブアップするわけにはいかない。
「頑張れ!」と、芳賀の胴間声がひときわ強引に響いた。
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Posted by love40 at 08:23
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