2005年12月15日

ラブ・フォーティ 第195話 〜ウイニングショット〜


(最初からお読みになりたい方はこちら→【ラブ・フォーティ 第1話】 )

第194話より続く

 新田はサーブポジションにつくと、「よしっ」と気合いを入れた。それから斜め前方の安斎の顔をチラッとうかがった。ドキッとした。安斎の表情に突然異様なものがかすめたような気がしたのだ。が、それが何なのか新田にはよくわからなかった。かぶりを振った。いまはボールにのみ集中しなければ、と思いなおした。

 新田は2〜3度ボールをバウンドさせながら、ファーストサーブを考える。サイドラインぎりぎりを狙っていくことにする。ボールをトスアップし、ラケットをテイクバックした。体は後ろに弓なりにしなり、全体重が右足に乗った。と、そのときだった。右太ももの打撲部分に鋭い痛みが走った。とっさに右足をかばった。体勢が崩れ、スウィング軌道がぶれた。ラケットは止まらなかった。そのままボールを中途半端に打ってしまった。新田は「あっ」と声を発した。ボールはどんよりとした速さで安斎のコートへ飛んでいった。

 安斎の目が光った。コースが甘く、球威のない、打ちごろのサーブが来た。リターンエースが狙える、と思った。
 この第11ゲームでは一貫して攻めを抑えていた安斎が、突然猛(たけ)りをあらわにしたのだった。原因は、芳賀の声だった。芳賀が真後ろで観戦していると意識した瞬間、安斎のプライドがうごめいた。芳賀に「格下相手のミスを待った、消極的なゲーム」と思われることを嫌悪したのだ。安斎に火がついた。このゲームのウイニングショットだけは自分できれいに決めてやる、と思った。そのとたん新田の甘いサーブが来たのだ。

 安斎は待球姿勢のまま、左足を斜め左へさらに踏み出した。新田のサーブボールはワンバウンドしてから、左サイドラインをゆるやかな放物線でまたごうとしている。安斎のラケットはすでにテイクバックされ、そのままの格好で飛球方向へダッシュした。打球ポイントを見極めると、安斎は重心を低くしながらなおも前進した。ボールが来た。まるで刀を抜くようにラケットを振り出す。バックハンドストロークで飛球をぶっ叩いた。リターンボールの軌道は、安斎コートの左サイドから、ネットを斜め鋭角に越え、さらに右サイドへ一直線で突きぬけていくことになる。目いっぱいにトップスピンをかけられたボールは、気流を巻きこみながらネットぎりぎりを超低空に飛びこえるなり、相手コートに吸いつくように急降下し、そして猛然とバウンドした。

 サーブを打ちそこねた瞬間、新田の目は、ボールのゆくえよりも安斎の動きだけを追っていた。そして驚いた。この光景は前に見たことがあると思った。これから自分がどうすべきか、すべてわかっていた。デジャブ? 新田の体は、頭の中の混乱とは無関係に、すでに動いていた。まるでボールを待ちぶせするかのように、まっしぐらにコートサイドのある一点をめざした。新田の足がきしみながら急加速した。右方向からはボールがネットをなめるよう飛び越えてきた。新田はある一点をめざす。ボールもその一点に向かっている。「ほら、やっぱり」と声なく叫び、新田は疾駆しながらラケットを帯刀するようにテイクバックした。ボールが迫る。新田は一点をにらむ。ラケットを握りしめ渾身の殺気をこめて振り出した。

 その一点が、まさに最高の打点だった。バックハンドストロークでトップスピンをかけながら、ぶっ叩いた。ボールは誰もいない安斎コートを襲撃した。そのゆくえを完全に見おさめる前に、新田の体がガクッとなった。「あっ」と叫んだような気がしたが、ほとんど同時にコートに顔を叩きつけていた。全身がクレーコートの上を1メートルほどザザザッと滑った。ラケットは新田の手を離れ、回転しながらコートサイドのベンチの脚にぶつかり絡みついた。

続き(第196話)を読む


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この記事へのコメント
おはようございます。
ここまで、ゲームの行方が気になり、
まいにち楽しみによんできましたが、
今週はしごとがしんどく、深夜までつづき、
自分のしんどさを慰める(そして勇気づける)ために
新田のしんどいゲームを読んでいるような
気がします。新田の全力プレーを励みに、今日も!
Posted by hi-yo(ハイヨ) at 2005年12月15日 10:01
●●●hi-yo(ハイヨ)さんへ●●●
>今週はしごとがしんどく、深夜までつづき・・・
年末はとくにいろいろ重なるので、大変なのでは?
じつは僕も過労でダウン寸前です。
>新田の全力プレーを励みに、今日も!
ご自分の励みに読んでいただけるなんて、光栄です!
hi-yo(ハイヨ)さん、今年もあと半月です。
お互い、頑張りましょう!
Posted by オヤジライター加久時丸 at 2005年12月16日 06:59