2005年12月16日
ラブ・フォーティ 第196話 〜デジャブ〜
(最初からお読みになりたい方はこちら→【ラブ・フォーティ 第1話】 )
第195話より続く
新田は一瞬気を失った。軽い脳震とうのようだった。薄闇から抜け、目を開けると、同時に耳から観客たちのどよめきが流れ込んできた。頭を持ち上げると、主審が駆け寄ってくるのが見えた。腹ばいのまま、その方向に手を振って無事であることを示した。立ち上がり足に体重を乗せると、右太ももよりも、左膝のあたりに妙な感触がある。変だなと思ったが、足は動くようだった。出血はほとんどなく、すり傷にわずかに血が混じっている程度だった。新田は、心配そうに見ている主審に「平気です。手当の必要はありません」と告げ、手ぶりでやんわり追い返した。ベースラインまで軽いびっこを引きながら戻り、振り返ると、コートには安斎の姿がなかった。
安斎はベンチに座っていた。主審と何か話している。新田の位置からは、主審は背中しか見えないが、何度も首を縦に振っているのがわかる。安斎は顔をゆがめ、しきりと首を横に振っている。よく見ると、安斎は腰をさすっているようだ。
主審が振り返り新田を見た。手招きをしかけてやめて、彼女のほうから駆け寄ってきた。困惑ぎみの表情をし、言いにくそうに言った。
「あの……、新田さんのほうは平気ですか?プレイに支障はありませんか?」
「ええ、たぶん……。どうかしたんですか?」
「じつは安斎さんがさっきのリターンのさい、打ったあと走りぬける形でベンチに激突しちゃったんですよ。外傷はないですし、骨折とかもないようなんですが、腰を痛めてしまったようで、このまま無理してプレイすると、腰痛を悪化させるんじゃないかって心配してるんです」
「そうですか……」
新田は受けこたえながら、なぜか主審の話に集中できないでいた。大乱戦があってひどく疲れたせいだろうと思った。額に浮き出た脂汗を手の甲でぬぐってから、あいまいにうなずいた。
主審は眉をしかめて言った。
「こちらでは新田さんが転倒してらっしゃるし、あちらでは安斎さんが激突で、一時はどうなることかと思ったんですが……。あの、私としては、大切なお体ですから無理せずに安斎さんの棄権ということで、新田さんの勝ちという判定をしたいと思ってるんですが……?」
「安斎は、何て言ってるんですか?」
「これ以上無理して、たとえ勝ったとしても、決勝戦は戦えないと……」
「“棄権したい”と言ってるんですか?」
「どうも、そうらしいようで……、あの、新田さん、平気ですか? 顔色がよくないようですけど、新田さん?」
「い、いえ……」
新田はそこまで答えると、激しい吐き気に襲われた。口をつぐみ、歯を食いしばり、唾を飲みくだした。唾が喉を下りていくのと反対に、ひどい寒気が足もとから駆け上がってきた。新田は審判に何か言おうとした。が、そこで意識が薄れていった。
遠のく意識の中で、新田は、安斎の最後のバックハンドストロークをデジャブだと思ったことが間違いであることに気づいた。あのバックハンドストローク、あの切れ込むような鋭いショット、あの球威、あの軌道は、1年前の社員旅行の朝、安斎が泉岡に浴びせたウイニングショットと、まったく同じものだった。新田が、椹(さわら)の枝葉の間から見ていたあのバックハンドストローク。あのシーンが、新田の脳裡に焼きついていたのだ。あのシーンが、新田を……。
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Posted by love40 at 08:06
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