2005年12月18日
ラブ・フォーティ 第198話 〜リハビリ〜
(最初からお読みになりたい方はこちら→【ラブ・フォーティ 第1話】 )
第197話より続く
「あっ」という新田の声に、日下部はわずかに微笑みながらベッドの横へ歩み寄った。晴美と入れ代わって、日下部が枕もとの看病椅子に腰かけた。
新田の声がうわずった。
「きょう来てたんですか?」
「当然でしょ」日下部は新田を指さした。「食研のスタッフが出場してるんだもの。応援しに来るにきまってるじゃないの」
「まったく知らなかった」
「声をかけようと思っていたんだけれど、新田ちゃん、すごく集中しているようだったから、邪魔しないほうがいいかなと思って」
「そうだったんですか。しかし、ま、こんなことになってしまって、お恥ずかしい」
「恥ずかしいなんて、とんでもない。名勝負だった。さっき奥さまから話を伺ったんだけど、相当なトレーニングを積んだそうね」
「いや、それほどでも……」
「謙遜しなくてもいいのよ。あの安斎名プレイヤーをあそこまで苦しめたんだから、大したもんよ」
「しかし、こういうことになってしまっては……」
「全治3カ月ですってね。ということは、治ってからリハビリをして、元の運動能力に完全に戻すまでには、少なくともその倍の期間はかかるから、これから6カ月は大変ね」
「“6カ月”?」
「そうよ。“全治”というのは、あくまでもケガの完治を指すもので、それとは別に、筋肉などの運動能力の回復には、それなりに時間がかかるのよ。これでも私、一応スポーツ生理学は勉強してるから、そうは間違ってないはず。6カ月は辛抱ね」
「これから6カ月も……」
新田は愕然とした。つい先ほどまでコートの上を縦横に走りまわっていた、あの肉体をとり戻すには、これから半年もかかると言うのか……。ほんの一瞬のケガで、いままでの苦労がいっぺんにふっ飛んでしまったと言うのか……。
新田は言葉を失った。身を横たえているベッドが、固くて冷たい磔(はりつけ)台のように感じられた。
新田の狼狽ぶりに構う様子もなく、日下部はたんたんと話し始めた。
「仕方ないわよ。もう一度、最初からやり直し。双六(すごろく)で言えば“ふりだし”ってことかしら」
言いながら日下部は、新田の顔を覗き込んだ。
新田はドキッとした。日下部の表情から、なぜか温かいものがすっかり失せている。冷えびえとした顔つき、そして目の奥には険しい意志が揺らめいているように見えた。何か様子が変だ、と新田は思った。
日下部が言った。
「罰(ばち)が当たったのよ」
「えっ……?」
「どうして男の人っていつも独りよがりなのかしら。ねえ、新田ちゃん。いつもいつも自転車をこいでもらうばかりで、それだけでよかったのかしら? あなたひとりテニスを楽しんでいてよかったのかしら? 一度でもいいから“いっしょにテニスをしないかい”って、奥さんを誘ったことがある? ねえ、新田ちゃん。あなたはいままで、奥さんに何かしてあげたことがあるの? 本当は何もしていなかったんじゃないの? そうでしょ。だから、罰(ばち)が当たったのよ。だから、もう一度、やり直し。ふりだし。わかったわね」
言い終わるなり日下部は立ち上がると、あとは新田を一瞥もせず、クルッと背を向け、病室を出ていってしまった。日下部がいなくなると、途端に病室は静寂にのみ込まれた。いつのまにか晴美もいなくなっていた。新田は何も考えることができなかった。まるで通り魔にいきなり切りつけられたような衝撃だけが残っていた。いったい、いま何が起こったのだろうか……。
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Posted by love40 at 07:46
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