2005年12月19日

ラブ・フォーティ 第199話 〜メモ〜


(最初からお読みになりたい方はこちら→【ラブ・フォーティ 第1話】 )

第198話より続く

 新田はただ呆然としてベッドの上に横たわっていた。全身が麻痺してしまったかのように、仰向けのまま微動もせず、ただ目だけが真上を見ていた。そこには、シミひとつない、まばゆいばかりの真っ白な天井があった。新田はそれをただ見つめていた。すると、その白い天井が突然、新田めがけて降下し始めたように思えた。「あっ」と叫んだつもりだったが声にはなっていなかった。白い天井はみるみる新田の視野を覆いつくしていった。いままで新田が味わったことのない、とても奇妙な感覚だった。見渡す限りどこまでも白い空間の中に自分が迷い込んでいるようだ、と思った瞬間、その白さが猛烈な寒さをむき出しにした。「雪!」と叫んだつもりだったが、やはり声にはならなかった。無音の恐怖。そしてその恐怖が充満していく頭の中に、こつ然と、あるイメージが立ち現れた。

“白い砂漠”――その情景が、新田の飢(かつ)えた気持ちを激しく揺さぶった。新田は、感じた。雪原の真っ只中でテニスを失い凍えていく自分の姿を、感じた。途端にガクガクと全身がわななき、口からうめき声があふれ出した。すると、そのうめき声と入れ違いに、かなたから晴美の声が響いてきた。
「あなた!」
 ハッとして新田は目を開けた。真上に、心配そうに覗き込む晴美の顔があった。
「あなた、平気?」
 新田は「あ……」と声を漏らしながら、あたりを見まわした。晴美の顔のはるか後方に、白い天井があったが、それはどことなくすすけた感じがして、やけに生々しいものに感じられた。新田がついいましがた見た、まばゆいばかりの白い天井とは別のものだった。ああ、そうか、いまのは夢だったのか、と新田は悟った。

 新田のまなざしがしっかりし始めるにつれ、晴美の顔が安堵にやわらいでいった。
「痛いの? うなされていたけど」
「“うなされて”? い、いや……。ここは?」
「病院よ」
「ケガをしたのか?」
「そう、左膝。それで気を失って、救急車で運ばれたの」
「その間、ずっと眠っていたのか?」
「3時間くらい」
「3時間……。ケガはひどいのか?」
「ええと……」晴美がメモ用紙を取りだして読みあげた「“左足内側側副(ないそくそくふく)じん帯損傷”というケガらしい。左足の膝のじん帯を痛めてしまったそうよ」
「ないそく……?」

「“ひだりあしないそくそくふくじんたいそんしょう”」
 晴美の声を耳にしながら、新田はゆっくり頭を起こした。左足に固定具が巻かれていた。夢の中と同じだ、と新田は思った。胸騒ぎにおびえながら聞いた。
「ど、どのくらい入院するんだ?」
「たぶん、1日」
「え? “いちにち”?」
 新田のけげんそうな表情が、晴美にはとてもおかしいものに思えた。いくぶんからかうような口調で答えた。
「そう、1日よ。物足りない?」
「い、いや、そうじゃないんだけど……」
「なんだか不満みたいに見えたわよ、いま。もっと長く入院したい?」
 晴美は言いながら噴き出してしまった。
 つられて新田も笑い出した。安堵感も手伝ってか、新田の笑いはしばらくおさまらなかった。

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