2005年12月22日

ラブ・フォーティ 第202話 〜ショット〜


(最初からお読みになりたい方はこちら→【ラブ・フォーティ 第1話】 )

第201話より続く

 新田が笑った。
「藤永探偵は、ずいぶんと意地の悪い見方をするな」
「そうでしょうか。冷静に考えると、そういうことになるんですが、新田さんはほかに何か考えられますか?」
 新田は言葉に詰まった。
 藤永がしたり顔で言った。
「でしょう? そんなに理由が考えられる場面じゃないんですよ。ところで、もし理由が後者……、つまり本当は安斎さんはまだ戦えるのに、棄権を考えたのだとしたら、それはなぜでしょうか?」
 藤永が新田の顔を覗き込んだ。

 新田は枕の上で頭を横に振った。
「さあ……」
 藤永が意味ありげに笑った。それから声をひそめるようにして言った。
「僕の推理ですけど、それはおそらく、安斎さんが新田さんに恐れをなしたからですよ」
 今度は新田のほうが声を立てて笑った。
「おいおい、なんで安斎が僕を恐れなければならないんだよ。あいつのほうがはるかにテニスはうまいし、それにあのときのスコアだって、0─40で僕のほうが追いつめられていたじゃないか」
「でも、凄いショットで15─40にしたじゃないですか」
「でも、しょせん15─40だよ。劣勢は劣勢、優勢は優勢。僕が劣勢であることに変わりはないよ」
「そうでしょうか。0─40で負けている、いわば“危篤状態”の人間が、いきなり物凄い力で抵抗してきたら、気味悪くありませんか?」
「僕にはわからんよ。僕は安斎じゃないんだから」

 藤永がまた意味ありげに笑った。
「ひょっとすると……、安斎さん本人もわかっていないかもしれませんよ。
 ほら、以前、市ヶ谷で新田さんと偶然会ったとき、新田さんが言ってたじゃないですか。事実と真実の話。あれですよ。事実は目に見えるけど、真実は目に見えない。事実はいろいろわかっても、真実はわからない。ひょっとすると本人にもよくわからない……」
 藤永と新田の視線がぶつかった。
 新田が何か言おうとしたそのとき、病室のドアが開いた。晴美が、病院の売店から帰ってきた。藤永が腕時計を見ながら、看病椅子から立ち上がった。
「もうすぐ7時か。では、そろそろおいとまします。僕も例の会に出ないとまずいですから。この話はまたいずれ……」
「そうだな。いずれ……。会社のみんなには、君のほうから謝っておいてくれよ」
「わかりました」
 言いながら体の向きを変えようとした藤永を、新田は思い出したように呼び止めた。
「あ、ところで、きょう食研からは誰か見に来ていたかい?」

「食研ですか?」藤永は中途半端に体をねじったまま、考える顔つきになった。「ええと……、所長は来てました。もっとも、立場上来ているだけで、熱心に観戦している様子ではありませんでしたね。あとは……、来てなかったですね。食品研究所の人たちは皆さん、学者さんのような人たちだから、会社のそういう催しには“われ、関せず”ってやつですよ。それが何か?」
「いや、とくに……」
 新田は、手を横に振って否定しつつ、頭の中では“ということは、やはり日下部さんは来ていなかった”と自分に念を押していた。
 藤永はさして気にすることもなく、「それでは、失礼します」と言いながら病室を出ていった。

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