2005年12月26日
ラブ・フォーティ 第206話 〜アシカ〜
(最初からお読みになりたい方はこちら→【ラブ・フォーティ 第1話】 )
第205話より続く
「ど、どうして?」
新田とは対照的に、晴美はいたって穏やかだった。
「私は、いまのままでいいの。きょうのように、あなたのプレイを観戦して、応援して、喜んだり悔しがったりする。それがいいの」
「しかし、それじゃあ、僕だけが楽しんでいるような気がするんだけど……」
「そんなことないわ。テニスを楽しむあなたのそばにいるだけで、とても楽しいわ。去年、あなたがテニスを始めたころから、ずっとそう思っていた。とても楽しいの」
「しかし、それじゃあ、なんだか不公平というか、一方的というか……」
新田は割り切れないでいた。
そんな新田を見て、晴美はまたクスッと笑った。
「あなたはおそらく気がついていないんだろうけど、じつは、この1年ぐらいの間、テニスと逆のことも起こっているのよ」
「“テニスと逆のこと?”」
「そう。私がプレイして、あなたが応援する。私が主役で、そして、あなたは私のそばにいる……」
「え?」
新田にはまったく心当たりのないことだった。枕に沈めていた頭を、精いっぱい浮かせ、晴美との顔の距離を縮めた。まるでアシカが餌を乞うているかのように、首を伸ばして答えをせがんでいる夫の仕草に、晴美は苦笑した。
「別に、そんなに大げさなことじゃないの。毎日の生活でのこと。たとえば、お料理。私がお料理をして、それをあなたが食べる。そして“うまい”とか言ってくれる。ね、でしょ? 私がプレイヤーで、あなたがギャラリー。理沙もギャラリー。そのことが、私にはとても嬉しいし、とても楽しい。
あなたは“なんだ、そんなことか”って言うかもしれない。でも、1年前までのあなたは、夕食に帰ってくることはなかった。朝食も、前の晩のお酒が残っていて、コーヒーをすする程度で会社へ行ってしまう。土・日も、仕事がらみで家を空けていることが多かった。家には、いつも理沙と私だけ。食卓のギャラリーは、理沙ひとり。
理沙だって、同じようなことを思っていたかもしれない。学校での出来事を、理沙が話そうとするとき、そばにいるのは私だけ。たとえば、テストの話。そのときは理沙がプレイヤー。私がギャラリー。点数が良いときも悪いときもある。そのときどきに、そばにいる私が、理沙を誉めたり慰めたりして応援していた。その応援席に、1年前までは、あなたはいなかった。でもいまは、あなたも座っていてくれるようになった。そのことを理沙もとても喜んでいる。
いまの私たちは、いつもお互いに、プレイヤーだったりギャラリーだったりしてるんじゃないかしら。“そばにいてほしい”とか言葉にすると、なんだか甘ったるく聞こえてしまうけれど、本当はそういう意味があるのだと私は思っている。
ずっと私は、あなたのそばにいたいと思っていた。あなたが私のそばに、ずっといてくれればいいと思っていた。
でも、1年前までは、あなたは私のそばにいてくれなかった。
でも、いまは違う。いまの私たちは、お互いに、すぐそばにいる。だから……、いまは、このままでいいの」
話し終えると、晴美はいくぶん恥じらうように微笑んだ。
新田は何も言わずに、枕にのっている頭でしっかりとうなずいた。
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Posted by love40 at 07:51
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