2006年11月07日
連載小説「夜になったら空を見よう」第3話
(最初からお読みになりたい方はこちら→【夜になったら空を見よう 第1話】 )
第2話より続く
高校生くらいの少年は、薄笑いを浮かべて言った。
「オジサン、自殺するんでしょ?」
「自殺?」
思いもよらない言葉を耳にして、ぼんやりしていた頭が忙しく動き始めた。
少年はうんざりした表情をした。
「スーツ姿でこの辺を歩いているオジサンはみんな死ぬためにやって来るわけよ。でも、ここはボクのテリトリーだから、できたらもっとあっちへ行って首吊ってくれないかなあ。山梨県警の山狩りって、けっこうしつこいんだよね。ボクの城まで発見されちゃかなわないから。もっと街道沿いでサクッと死んでくれたほうがいいんだけど」
《首吊り》……、《山梨》……、《城》……、脈略のない言葉が、オレの頭の中で残響する。
「ちょ……、ちょっと尋ねていいかい?」
「なあに?」
「ここはいったいどこなんだい?」
少年は、何十年も人生を歩んできたような疲れた目つきになって、オレの表情をのぞき込んだ。
「オジサン、マジ、わからないの?」
「……ああ」
「だいぶ前にもそんなことがあってさ。死ぬ気でここに入り込んできたんだけど、怖くなって、めちゃくちゃ混乱しちゃって、泣きわめいたり怒鳴っていたオッサンがいたよ」
「で、そ……、その人は?」
「知らない。なんかスゲエ見苦しくて、気分悪くて、ボクはとっとと奥へ逃げていった。あのオッサン、どうなったんだろう? この辺で死体を見たこともないし……」
「キミ、なんだか、凄いな」
「はあ? なんで?」
「そういうの見て、怖くないの?」
「別に」少年は無表情で答えた。「とろこで、オジサンの質問だけど、本当にわからないの?」
オレはどうしたものかしばらく考えたすえ、差し障りのないところだけ話した。崖から落ちて頭や首や背中を打って記憶喪失になってしまったらしいこと。所持品がいっさいないため、自分が何者で何のためここにいるのかわからないこと。そして、ここがどこだかわからないこと。
少年は相変わらず猟銃を僕に向けたまま、じっと聞いていた。
「たぶん岩ツバメの崖だな。岩ツバメがたくさん巣をつくっている所だ。あそこから落ちたんだとすると、そりゃ大変だ。よく生きていたね。てゆーか、本当は飛び降りたんじゃないの?」
「かもしれない」
そう答えながら、オレは違うという確信を抱いていた。オレのは自殺ではなく、殺人を犯しているか、もしくは殺人未遂に関与しているはずだ。あの包丁を誰かに突き立てているのだ。たんなる自殺志願者とは思えない。
「ここは、富士山の樹海だよ。それもかなり奥に入り込んでいる。自殺の名所なんて言われているけれど、こんな奥まで入ってくるタフやヤツは滅多にいないね」
「富士の樹海? そうか、富士の樹海か。なるほど……」
場所はわかった。だけど、何も思い出さなかった。オレは泥だらけの通勤靴を見下ろして、ため息をついた。
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Posted by love40 at 19:18
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