2006年11月11日

連載小説「夜になったら空を見よう」 第5話


(最初からお読みになりたい方はこちら→【夜になったら空を見よう 第1話】 )

第4話より続く



「ここにはどのくらい棲んでいるの?」
「二年、かな。ねえ、スズキさんは僕の歳が聞きたいんでしょ? サラリーマンって、結局、年齢と階級がいちばん気になるんでしょ?」
 ジェロニモの目が意地悪く光る。
 自分の過去が思い出せないオレは、はたして本当にサラリーマンだったのかどうかもわからないから、返事に困る。
「かりにオレがサラリーマンじゃないとしても、こんな所で生活している人間のプロフィールは気になるけどな」
 そう言い終わったときだった。ジェロニモはちょっと首をかしげ、何か考える表情をつくったかと思った瞬間、肩からかけていた猟銃を手慣れた動きで構え、銃口をオレの胸あたりに向けた。

静かに言った。
「スズキさん、《かりにオレがサラリーマンじゃないとしても》って、どういう意味? スズキさんは、スズキさん。ボクには、どう考えても、フツーの勤め人のクソオヤジにしか見えないわけ。マジに記憶喪失なんだったら、妙な可能性とか考えずに、会話の流れを踏み外さないほうがいいんじゃないの? ボクはいま十七歳……のはずだけど、そんなことはこのテリトリーではどうでもよくて、もっとすっきり本質に迫りたいわけ。もし、ムカつくんなら、ボクから銃を奪い取って、ボクを撃ち殺してもいいよ。そのほうが、見えるものが早く見えてくるんじゃないの? スズキさんが自殺してもいいし」
 ジェロニモはあくまで冷静な口調。

 オレは小さくうなずいてから、言った。
「わかった。もっと重要なことから言うべきだったよ」
「なあに?」
「腹が減ってんだ」
 ジェロニモは無表情でうなずき、テントの口に猟銃を立てかけると、中へ入って行った。オレは猟銃を見つめた。ジェロニモが中から声を張り上げた。
「いまは、イモのようなものとキノコしかないんだけど、それでいいかい? 夜までにはウサギとかヘビとか獲って、ご馳走するよ」

 料理と呼べるようなものではなかったが、腹を満たすことはできた。ジェロニモに感謝し、それから、もうひとつオレにとって重要なことを願い出た。鏡のようなものはないか、と。
 ジェロニモはテントの中から、赤い花柄の手鏡を持ち出した。
「街に降りていったときに盗んできたんだ。ここに来て一年くらいは自分の顔なんてどうでもよかったんだけど、急に気になってしまってね。ひとりなんだから、どうでもいいことだと思っていたのに……」
 言いながらジェロニモはオレに鏡を手渡した。鏡面を自分に向けた。鏡の中の男は、三十代後半と思われる、疲れきって薄汚れた顔をした見知らぬ人物だった。見れば何か思い出すのではないかと思ったが、何も思い出さなかった。
 オレと向かい合って地べたに座っているジェロニモが、好奇心を直球で投げてくるようにすかさず尋ねてきた。
「どう? 何か思い出した?」

「いや、何も……。こいつ、誰なんだ?」
「ますます自殺の理由が見つからなくなったね」
 ジェロニモの澄んだまなざしを受け、オレの心の中のしこりがさらに膨らんだ。違うんだって。オレは自殺者でなくて他殺者なんだ、きっと。
「オジサンの顔って、やっぱスズキって感じでしょ?」
 オレは、ジェロニモの顔と自分の顔を見比べて、妙に納得してしまった。確かにオレはスズキって感じだな。月給もらって、給料日には居酒屋でいつもより多めに飲んで、上司の悪口言っているスズキだ。
「日本じゃポピュラーな名前、スズキさん。決まり!」
 ジェロニモは屈託なく笑った。


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