2006年11月14日

連載小説「夜になったら空を見よう」第6話


(最初からお読みになりたい方はこちら→【夜になったら空を見よう 第1話】 )

第5話より続く


 お茶がわりにただのお湯を飲みながら、ジェロニモは自分のことを話してくれた。彼は、いまの状態を《自分流の引きこもり》なのだと言った。
「家の中で引きこもりする連中とは、次元が違うけどね。あいつらには、どんな形にせよ、何かの形で人間関係がないと生きていけないわけだから。親とか先生なんかとの《関係》を《無関係》のように振る舞うことや、《無関係》を演じることから生まれる息苦しい《関係》とか……、そういう《関係ごっこ》みたいなのって、うんざりなんだよね。人間って、衣食住が足りると《関係ごっこ》しかやることなくなるからね。でしょ? 課長代理のスズキさん?」
「オレ、課長代理になったわけ?」
「うん。鏡を覗き込んでいるとき、スズキさんは自分のことをその程度に値踏みした感じがした」
 オレは、窒息しそうな驚きの中でゲラゲラ笑った。ジェロニモは観察するような目で、オレを静かに見つめていた。

オレが静まると、また口を開いた。
「ホームレスは《無関係の関係》をむさぼって、ひきこもりは《関係の無関係》にじゃれついてるってわけ。だから、ボクは正確にはホームレスでもなければ、ひきこもりでもない」
「じゃあ、何なんだい?」
「さあ、何だろう? ただの失踪者? 蒸発? ……うーん、なんだか、イメージ違うなあ」
「冒険家……、いや若き仙人?」
「仙人? あ、いいね、それ。いまはもう、考えることしか楽しみないしね」

 ジェロニモは、中学生のとき、担任の先生の、うわっつらな態度が不愉快でたまらなくなり、ある日突然、登校拒否をするようになった。世界じゅうでグチャグチャに殺し合いをくり返していて、いまのところ日本はかろうじてその殺戮圏から免れているにすぎないのに、「思いやりのある人になろう」とか堂々と言われると、いいトシしてこのオッサンは、どこを見すえてものを語っているのだろう、と思うようになった。
 ジェロニモとしては、軽い気分転換のつもりだった登校拒否だったが、いつのまにか親はわが子がイジメにあっているのだと決め込んだ。そして、学校へクレームをつけた。《思いやり》の教師は、ジェロニモといちばん仲のいい生徒に容疑をかけた。いつも二人はいっしょにいるだけでなく、なにかにつけては口論をしているように見えたのだ。

「口論とディベイトの見分けもつかないバカなわけよ、その《思いやり》の教師は。親も親だけどね。みんな気が利いててさ」
 ジェロニモは苦笑しながら、二年前のことを思い返していた。いちばんの親友は親とともに学校の談話室に連れてこられ、ジェロニモ家族の前でいろいろ問いただされた。ジェロニモと友人だけは、腹の中でゲラゲラ笑いながら事の成り行きを観光気分で眺めていたが、こらえきれなくなったのか友人のほうがわずかに苦笑を漏らしてしまった。その途端、脇にいた彼の父親が息子を手の甲で叩いた。スティール椅子とともに真後ろにひっくり返った友人は、後頭部を強打し、脳挫傷に見舞われ病院送り。
 その後、ジェロニモが見舞いに行こうとすると、どちらの両親も決まって「二人が一緒にいると災いのもとになるから」と言うばかりで、「もう、その話はよしましょう」と耳をふさぐ。例の《思いやり》の教師は、そもそも登校拒否という断絶の姿勢がいかに悲劇を生むかを他の生徒に説きつつ「ひとえに私の思いやりのなさが、君たちの心を傷つけてしまった」と教壇で土下座をした、らしい。


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