2006年11月18日

連載小説「夜になったら空を見よう」第8話


(最初からお読みになりたい方はこちら→【夜になったら空を見よう 第1話】 )

第7話より続く


「そうだよな」とオレが言いかけたときだった。ジェロニモが顔をしかめ、目を尖らせてオレの右手あたりを見つめた。つられてオレも見た。ジェロニモの視線は、オレの右手ではなくて、オレの上着の袖口をとらえていることに気づいた。グレーの袖口が錆色に染まり、肘のほうまで伝うように広がっている。
「それ、血の跡でしょ?」
 ジェロニモは何のためらいもなく言った。
 オレも即答した。
「そうだよ」
「スズキさん、どこかケガしてるんじゃないの?」
「してない。オレの血じゃない」
「てことは、どういうこと?」
「わからないんだ」

 オレは、きのう起こったことをありのまま話すことにした。包丁のこと、血痕のこと、人を殺したかもしれないこと……。
 ジェロニモはさして驚いた様子も見せず、小さく二〜三度うなずいた。
「仮にスズキさんが人を殺したとする。でも、殺した相手も覚えていないし、その理由も思い出せず、まったくわからないというのは、満足な結果と言えるの? 手応えないんじゃないの?」言いながら、ジェロニモは真剣な表情を向け、それから目だけわずかに動かして阿久津に同意を求めた。「だよな、阿久津。生きてるってのは、喜びとか悲しみとか怒りとか恨みとかを自覚していて、いろんな気分が体に充満してるから面白いんだよな。お前から見て、それってどうなのよ?」

 オレには見えないし聞こえないが、阿久津がジェロニモに答えているようだった。ジェロニモはしきりにうなずいている。それから鼻先でかすかに笑った。
「わかった。おまえって、ほんと、やさしいな。やさしすぎるよ。でも、おまえの考えに賛成だ。そうするよ」ジェロニモの視線がオレの顔に戻ってきた。「スズキさん。とにかく、あした、その崖に行って見ようよ。崖の上とかに死体があれば、間違いなくスズキさんは殺人を犯しているわけだし、その死体を調べれば何か思い出す手がかりがあるかもしれない。いまから行くと、かなりの距離だから途中で夜になって迷う危険性があるから、明日の早朝に出発しよう」
 オレはなんだか妙な気分になって笑い出してしまった。

 ジェロニモが不思議そうな顔をして見つめている。
「どうしたの、スズキさん?」
「オレたち、いったい何をやってんのかなって。なあ、ジェロニモ。オレは人殺しかもしれなくて、それを調べて、そこに死体があったらどうするわけ? キミには猟銃があるから、場合によってはオレを撃ち殺してジ・エンドかもしれないけれど、それにしても怖いとか危険とかの気分はないの?」
「別に。第一、スズキさんが人殺しだとしても、ここじゃあ、とくに騒ぎ立てるようなことじゃないしね。この辺は、生死の堺があまりはっきりしてないからね。スズキさんも、いずれ阿久津が見えるようになってくるはずだよ。阿久津はいいよ。腹は減らないし、寒くも暑くもないし、眠くもならないし」

 オレは冗談めかして言った。
「じゃあ、ジェロニモも死んじゃえばいいんじゃないの?」
「それはそれでいいんだけど、いまはちょっと気になることがあるから、それを片づけないとね」
「《気になること》?」
「ああ」
「何よ?」
 ジェロニモのまなざしが、わずかに照れくさそうに揺れた。


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この記事へのコメント
こんにちはー☆
連載始まったのですね〜。
何だかミステリアスなお話で、あっというまに読んでしまいましたぁ。先がとっても気になります。楽しみがひとつ増えました♪
体を壊されていたという事で、大変だったのですね。無理せず大事にしてくださいね。
Posted by かあちゃん at 2006年11月21日 11:27
●●●かあちゃんさんへ●●●
かあちゃんさん、お久しぶりです!
>連載始まったのですね〜。
はい!
今回は、短編、いや中篇くらいにまとめてみるつもりです。
>無理せず大事にしてくださいね。
ありがとうございます。
体調と相談しながら、ボッチラボッチラ進めることにします。
これからも応援よろしくお願いしまーーす!
Posted by オヤジライター加久時丸 at 2006年11月21日 19:26