2006年11月21日

連載小説「夜になったら空を見よう」第9話


(最初からお読みになりたい方はこちら→【夜になったら空を見よう 第1話】 )

第8話より続く


「スズキさんのことが心配なんだよね。ボクはボクの道が見えているけれど、スズキさんは、正直なところ、自分をどうしたらいいかわからないんでしょ?」
 オレは気恥ずかしさを打ち消すように、ジェロニモをにらみつけた。
「で、ジェロニモ様なら、オレを助けられると?」
「たぶん。ボクと阿久津でね。で、それが終わったら……」
「“それが終わったら……”?」
「ボクは、阿久津の所に行こうかなと思っている」
「行くってのは、死……?」
「そう死んでもいいし……。阿久津はその話をすると怒るけどね」
 ジェロニモは、阿久津がいる空間をチラッと見やって、悪ぶったような笑いを振りまいた。

「なあ、ジェロニモ……」
 オレは聞きたいことが山ほどあった。ジェロニモはそれを察して、オレの言葉をさえぎった。
「ねえ、スズキ課長代理。あんたは、あんた自身のことで目一杯なんだから、まずそれを解決しなよ。この世の中で、トラブルの大半は大人が作っているのに、子供の生き方があーたらこーたら言って首突っ込むのは、大人たちのいちばん悪いクセだよ。誰かの世話をやくんなら、まず自分の世話をやきなよ」

 早朝、豪雨が森を襲った。
 マシンガンで攻撃を受けているような、騒然とした雨音の中、薄闇が恐怖となってオレにからみついてくるかたわらで、ジェロニモはグッスリ眠り込んだままだった。
 穴だらけのテントは、枝葉を縫い落ちてくる雨水にまたたく間に侵(おか)され、やがてテントの底に敷き詰められている干し草はじんめりと水を浮き立たせてきた。「すぐ止むと思ったのに」と不服そうな声を漏らしながら、寝ていたはずのジェロニモが素早く起き上がり、中腰になった。オレはすでにしゃがんで身の処し方に困っていた。ジェロニモは苦笑しながら「たぶん、もうすぐ止むよ」と言うなり、テントから飛び出し、そこら辺では最も大きく樹冠を張り出しているブナの木の下に、雨宿りを求めた。オレもジェロニモに続いた。
 阿久津の座っている岩を遠くに眺めながら、ジェロニモが苦笑して言った。
「あいつは、いいなあ。濡れないんだもん。ニコニコしてこっちを見ている。人間って不便だよ。これくらいの雨でジタバタしてるんだもんな」
 ジェロニモは、阿久津に向かって手を振った。オレには、岩の上に何も見えていない。

 雨は荒くれた。
オレはブナの根もとにたたずみ、ジェロニモが常備食としている干しイモをゆっくりゆっくり噛みほぐし、少しずつのどに送り込んでいた。まずくて、いがらっぽいイモに、オレはむせた。むせると、なぜか笑いがこみ上げてきた。それを無理やり体の中に抑え込む。抑え込むと、入れ替わりに涙が突き上げてきた。オレは涙をこらえた。何が悲しいのかよくわからない。ジェロニモの様子をそっと横目でうかがう。ジェロニモはまるでコンビニの前でたむろしてる高校生のように、無表情に雨を見つめ干しイモを食いちぎっている。食いちぎるたびに、反動で頭が後ろにブレる。その動きに、オレは人の温かみを感じる。オレは心の中で思う「なあ、ジェロニモ、ここが本当にコンビニの前だったら、オレたちはどんな気持ちなんだろうか。なあ、ジェロニモ」



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