2005年07月25日

「酒と泪と男と会社」drink17:スケジュール

大学生D君は、学校で仏文学を学ぶ一方、数年前に趣味で始めたアンティーク・ショップを、今ではかなりの規模で経営している。店頭は従業員にまかせ、D君自身は仕入れルートの開拓や、高額顧客への対応などに時間をさくようにしている。学生でありショップ・オーナーでもある彼の毎日はいたって多忙だ。

彼のスケジュール帳は、1日が時間単位でたっぷりと書き込めるタイプのものである。デザインはシンプルで味もそっけもないほどだが、使いやすさをとことん追求した、いかにもドイツ製といった感じのスケジュール帳だ。彼の父親も愛用しているもので、D君の家の「定番品」なのだそうだ。このスケジュール帳をたいへん気に入っているため、ふたりとも電子ツールには手を出そうとしない。

D君の父親W氏は、スタッフを50人ほど抱えるイベント企画会社を経営している。W氏も社長という要職ゆえ、さすがに多忙を極める毎日で、スケジュール帳が大いに活躍している。
W氏とD君という親子の、一番似ている点というと、人並みはずれて「多忙」であるところかもしれない。そんな「多忙」なふたりが、ときどき朝の食卓で出会うことがある。ダイニングテーブルをはさんで、同じ型のスケジュール帳を同じように開いて、きょうの予定を確認していたりすると、D君のほうはつい父親の手元をのぞいてしまうのだそうだ。ある種のライバル意識なのかもしれないが、何となく気になるのだ。

毎日の予定が時間刻みでびっしり埋まっている、父親のスケジュール。その点は自分のスケジュールも同じなのだが、「自分のとは、どこか違う」とある日ふと思ったらしい。内容は当然違うのだが、そういうことではなく「どこか“感じ”が違う」のだ。どこが違うんだろう? D君は、その後、機会あるごとに父親のスケジュールを眺めているうちに、それが何であるかがわかった。それは、父親のスケジュールの、とくに夕方から夜にかけての様子が、自分のとは明らかに違っていることだった。

W氏の場合、夕方から夜にかけては、いわゆる「会食」が連日のように入っている。接待をしたり、接待をされたり。先方の会社名や人名が記入され、料亭とおぼしき名称やホテル名が添えられ、用件が記入されている。だいたいは「7時以降」が、それに割り当てられている。W氏が、各方面とのパイプを強化する時間帯だ。

D君のスケジュールは、父親W氏のにくらべると、この夕方から夜にかけての時間帯に、じつにこまかくアポ(約束)が入っている。「5時〜6時・バイヤー◯◯氏と打ち合わせ」「6時半〜7時半・ショップ◯◯見学、打ち合わせ」「8時〜9時半・友人◯◯と食事」「10時・シアター◯◯でレイトショー」──D君はこの日、5時以降に3人の人間と会って話をし、なおかつ10時からは前々から見たかった映画をレイトショーで見て、12時過ぎに帰宅、さらに1時間ほど明日の講義の予習をしている。W氏が「会食」という用件を1本クリアする間に、彼は以上のような種々の事柄をこなしている。だいたい両者はそのような毎日をくりかえし消化していると言っていい。

両者のスケジュールの相異点は、W氏が「7時以降」という時間帯をひとくくりで使っているのに対し、D君は夕方から夜半にかけて4〜5パーツくらいに時間を切り分けて使っている。それぞれ立場や考え方の違いもあるから、両者の良否をとやかく言うことはできないが、D君のスケジュールの立て方には注目すべきものがある。3人の人間とそれぞれ話をし、食事をし、さらに映画を見てしまう「濃密」な時間感覚。
D君の場合、「多忙」とか「忙殺」という言葉ではどうも言い表しにくいものを感じるのである。「多忙」「忙殺」は、どこかプライベートを滅している印象があるが、D君の生き方にはあまりそれを感じない。見たかった映画を見て、さらには帰宅後に本を読み、好きな音楽をしばらく聴いてから、寝入っている。彼は「多忙」かもしれないが「忙殺」されてはいない。個人として「濃密」な感じがする。

彼にその辺のことを尋ねると、「オヤジにはオヤジの道があるわけだし、それで成功したわけだから、とやかく言うつもりはないんですが。まあ、世代の違いってことで、あえてナマイキに言わせていただくと」と多少テレながら、次のようなことを説明してくれた。

(1)学業とビジネスの二股をかけているから「濃密」なのではない。かりに学業だけに専念しても、自分のスケジュールはびっしり埋まってしまうという気がする。現に、高校生の頃からスケジュールはつねに「フル」だった。要は、いろいろなことがしたい、いろいろな人に会ってみたい、話してみたい。自分は欲張りなのだと思っている。

(2)父親の時間の使い方は、夕方からの飲む時間が、もったいない気がする。飲むことを媒介に、商談などのコミュニケーションを促進させているのだろうけど、自分には考えられない。まず、3時間も4時間もかけて話さなければ成立しない用件というのは、きわめて稀(まれ)だ、と自分の経験上ではそう思っている。かりにそういう“難解”なテーマがあるとしたら、のんびり酒を飲みながら討議するというのは、ビジネス上どうもヘンだ。そもそも接待というものが、プライベートとオフィシャルが混交しているのだから仕方ないが、それぞれの楽しみを半減し合っているようで、好きになれない。まるで「計算機つきボールペン」のような、一見便利そうだけど、「計算機」にとっても「ボールペン」にとっても使い勝手が悪いもののように思えて仕方がない。だから自分は父親のような時間の使い方はしない。

(3)酒が介入すると、少なくともひとつのコミュニケーション(商談)に3時間くらいは必要となってしまう。どうしてそうなるかというと、酒は「楽しく飲む」という暗黙の了解事項があって、それがある程度満たされた気分に両者がならないと、コミュニケーション(商談)の達成感がともなわない。ともなわない限り酒宴は完結しない。ゆえに、ある程度の時間を必ず要することになる。

D君の場合は、ビジネス・ミーティングは1時間以内で解決することにしている。
「だから、バーのような“ゆったりとした時間世界”よりも、スタンドカフェやファーストフード店みたいな“せっかちな時間世界”のほうが、打ち合わせには向いていると僕は思っています。しかもアルコールではなく、コーラか何かのほうが、話はパチパチとハジケますよ」と、D君は快活に語ってくれた。

──D君と、そんな話を1時間ほど交わした。じつに楽しく、豊かで、濃密な1時間だった。
人生の中で、1時間という時間は、短い。短いけど、長い。
ある人には長く、ある人には、ただ短い。

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「酒と泪と男と会社」drink16:欠席裁判

職場での、酒の誘いを、あなたが断れきれない理由のひとつに“欠席裁判”というのがある。人が群れる限りは、必ず起こる“欠席裁判”。世にも恐ろしい“欠席裁判”とは……

たとえば、同じ課の人間がそろって飲みに行く話が決まり、あなたにも声がかかる。あいにく、その日あなたには約束が入っていた。「きょうはスキヤキだから、早く帰ってきてね、パパ」と子供に言われている。「子供と2人でスキヤキやってもつまらないから、絶対よ」と妻が合唱する。
スキヤキか、はたまた、飲みか…… あなたの気持ちはしばし揺れる。

目の前では同僚たちが帰り支度を始める。
あなたは決断を迫られる。「どうする、行くんだろ、おまえも」と、課でいちばん仲のいいヤツからダメ押しを喰らう。「あ、ちょっと待って。すぐ決めるから」などと言いながら、あなたはさらに10秒悩み、そして決める。「おし、オレも、参加!」。あなたは家に電話をする。営業1課全体で反省会をかねた飲み会が急きょおこわれることになった旨を伝える。
妻の、ため息。かくしてスキヤキパーティーはお流れ。子供のがっかりする顔が目に浮かぶ。

やるせない思いにつかの間ひたりながらも、この場合のこの判断はけっして間違っていないと、あなたは確信している。なぜなら、これであなたは“欠席裁判”を免れることができたのだから。
あなたは、よく知っている。職場の連中との飲み会を断ると、その夜どんなことが起きるかを。飲み会では“来なかった者”がどんな扱いを受け、いかに徹底的にやり玉にあがるかを。
やり玉のネタは何でもいい。酒のツマミのごとく、あればあるほど盛り上がるのだ。たとえば、こんな感じ──

「誘いには必ず応ずるアイツが、きょう来ないのはよっぽどのことがあるに違いない」→「そう言えば、最近、アイツ元気がないぞ」→「たしかに、何か悩みがありそうだもんな」→「あ、そうそう、この前、奥さんから何度も電話があったようだ」→「だろ、やっぱり。家で何かもめごとがあるんじゃないの」→「大きな声じゃ言えないけど、女ができたってウワサだぜ」→「やっぱりそうか。アイツ最近仕事に身が入ってないもんな」→「いや、仕事に身が入っていないのは、もともとだよ(笑)」→「アイツ仕事の段取り、すごく悪いもんな」→「損だよね、ああいうタイプ」→「はっきり言って、無能だもんな」→「おいおい、そこまで言うか」→「課長は、どう思います、アイツのこと?」→「いや、カレはマジメによくやってるんじゃないの」→「“マジメ”って、ほとんど“無能”の代名詞ですよ、課長」(一同、大爆笑)

──ということで、あなたは翌日から「女が原因で家庭不和」で「課長から無能と呼ばれた男」として再デビューすることになる。
“欠席裁判”の特徴は、欠席すれば“被告”、出席すれば“原告”という、じつに単純な二者択一にある。つまり、出席している限りは被告にならなくてすむ。ゆえに、飲みつづける限りあなたは有罪とはならない。ゆえに、あなたは家族の悲願であるスキヤキパーティを断ってでも飲みに行くわけだ。
おおむね会社の“つきあい”というのは、そういうものなのだ。

しかし、ちょっと待てよ。
あなたは、もうひとつの“裁判所”でも、同時に裁かれていることを忘れてはいけない。毎夜、あなたの家でも、あなたの“欠席裁判”は進行しているのだ。どちらで有罪を受けるかは、あなたの勝手。
ただ一言つけ加えておくと、会社はどんなに長くても20年か30年の期間だけれど、家族の裁判は終身の問題となることをお忘れなく。

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「酒と泪と男と会社」drink15:座談会

聞いた話によると、日本人は「座談会」というのがたいへん好きらしい。
「座談会」を辞書でひくと「何人かの人が集まって、何かの話題について、自由に話しあう会」(現代国語辞典・三省堂)となっている。したがって、事の是非や良否を最終目標としている「討論会」「ディスカッション」とは区別する必要がある。

辞書中「何人かの人」とは2人以上を指すのだろうけれど、2人の場合は「対談」、3人の場合は「鼎談(ていだん)」とも言う。
「対談」は2者の“対極性”により話を“ぶつけ合う”イメージが強く、「鼎談」以上は出席者全員の“円環性”により話を“転がし合う”というイメージがあるのだけれど、どうだろう。

日本人の「座談会」好きは、ある意味では筋金入りなのだそうで、古くは「連歌」にそのマインドを見いだすことができるようだ。
連歌は、2人以上の者が和歌の上の句と下の句を互いに詠み合って、つなげて行く歌遊びだ。日本人の「言葉を転がし合う」という技術は、このころより営々と育まれたもので、その辺の呼吸は、天才的な民族なのではないだろうか。調和のコツ、強調のツボを心得た集団、日本人。

その日本人が数人で飲むと、どうなるか……。
たとえば4人。職場の同僚が4人で飲んだとする。年齢は全員30代の半ば。わかりやすくするために、マージャンの卓を囲んでいるような配置で飲んでいるとして、それぞれを時計回りで「東(トン)」「南(ナン)」「西(シャー)」「北(ペー)」と命名する。

仕事帰りのその4人が、いつもの居酒屋で飲みはじめて1時間くらい過ぎた頃……
東と南が野球の話、西と北が仕事の話をしている。東・南は、自分たちがつくった草野球チームの話でひとしきり盛り上がり、次第にその話は少年時代の「プロ野球選手になりたかった」頃の昔話へと展開していくところだった。一方、西・北は互いの仕事の仕方をあれこれ評価し合っていたのだけれど、見解の相違から徐々に雲行きがあやしくなっていくのだった。

そんな西・北の様子に、南は気が気でない。
西・北の話は、仕事上の激論から、ついには人生論へと深みにはまってしまい、あげくには性善説と性悪説との壮絶な闘いにまで戦火は広がっていった。すでに、どちらかの価値観が折れない限り、終結の道はないというところまで突き進んでいる。
東は、早くから永世中立、絶対不干渉の立場を決め込んでいて、アタリメにマヨネーズを塗りたくりながら「こいつら、しょーこりもなく、またこれだ」と言わんばかりの表情で、西北紛争を横目で見ている。 

ついに北が、西の「社内不倫歴」攻撃を開始し、場外乱闘になだれ込んだため、“善意の人”南がいっきに調停介入した。
「おいおい、やめろよ。声、でかいんだよ、2人とも」と南。東は永世中立的にアタリメをぐちゃぐちゃ噛みながら、3人のゆくえを傍観している。
南は真剣なまなざしを西・北に向け、懇願する「おまえらの気持ちもわからないでもないけど、場所が場所なんだから、そう熱くなるなよ!」

すると、西・北は驚いたように互いに顔を見合わせ、北が「俺たち、別に熱くなってなんか、いねーよなー」と言うと、申し合わせたかのようにすかさず西が「そのとおり」と相づちを打った。
東は、そのやりとりを見ながら「ああ、またいつものパターンだ」とため息をつく。
北はもったいぶって座り直すと、“善意の人”南に体勢を向け、攻撃を開始した。北はかなり酔いがまわっている。「どだい南はねえ、人の話に首を突っ込みすぎるんだよ。なあ西」「ああ。南、おまえその性格直したほうがいいぞ」と西までもが南をなじる……。
攻守、敵味方が、あっという間に変わり、さらにその後二転三転する。南・西・北3人のバトルロイヤルが始まったのだ。東は相変わらず永世中立で……。

彼ら4人は、ほとんど毎晩こうやって飲んでいるのだ。ほとんど毎晩こうやって飲んでいるということは、ほとんど毎晩こうやって口論をしながらも、最後には収束し、4人はいつもの4人に戻り、そしてまた日をあらためていつもと同じように飲み、口論しバトルロイヤルとなり、また収束する。
つまり、彼らは、確信犯なのである。予定調和の確信犯。ゆえに飲み、ゆえに喧嘩し、ゆえに収束する。彼らは、互いの「息」をよく知り、互いの「息」によく合わせ、目には見えない円環を形成しつつ、話を転がし合う。

要するに、日本人の酒宴は、何でもありの究極の座談会なのだ。連歌の時代から千年もつづいた「言葉転がし」というお家芸を継承しつつ、あわせて「酒転がし」「人転がし」しながら、きょうも飲む、そしてあしたも飲む飲む日本人なのだ。
まことに見事な円環のなかで、飲み、喧嘩し、収束し、また飲む。破壊もないかわりに生産もない円環世界。たしかに疲れることはあっても、挫折も敗北もないから、また参加して……

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「酒と泪と男と会社」drink14:マニア

「酒を飲まない人間は、どうも信じられない」と言う人がいる。
彼の言い分は、おおよそ次のようなことだ。「酒を飲み、酔っぱらい、ときには思いきりホンネをぶつけたり、自分をさらけ出したりすることのない人間は、腹の中で何を考えているのかわからない、ウサンくさい」と言うのである。

確かに、人間は飲んでいる時ついホンネが出たりすることがある。それは、酔っているため相手に無防備に話してしまうという場合もあれば、酔いの力をかりて故意に相手に訴えているという場合もある。いずれの場合も、そこには“ホンネ”があり、その人の“真実”を知るうえで、酒が大いに役立っていることになる。ただ、“真実”は知ることが目的なのではなく、知ったうえで“どうするか”が本当は大切なのではないだろうか。

ところが困ったことに、“単なる聞き上手”な人間というのがいたりする。あなたの職場の上司などはいかがだろうか? これがじつは、とても厄介なキャラクターなのだ。部下の話をこまめによく聞いてはくれるが、それを聞いて何かしてくれるということではない。よく聞くということで人望が厚かったりするのだが、じつのところ何の手助けもしてくれない。
「ふむ…… なるほど…… そりゃいかん…… そうか、なんとかしなければ…… きみもつらかっただろう…… なるほど…… うむ、考えておこう……」
でも彼は、何も考えないし、何もしない。ただ聞くだけ。あなたが訴えた“真実”は改善されることも改悪されることもなく、彼の中で放置されたままになる。

この“ただ聞くだけ”の人物が、「酒を飲み、酔っぱらい、時には思いきりホンネをぶつけたり、自分をさらけ出したりする人間」を好むタイプだと始末が悪い。彼は、いわゆる「ホンネ・コレクター」「真実マニア」なのだ。「ホンネ・コレクター」「真実マニア」は、隠されていることが好きなのだ。隠されていることは、とりあえず何でも知りたがる。“ホンネ”や“真実”のほか、“本性”と呼ばれているものや、“弱点”“恥部”として普段隠されているものなど、ありとあらゆるものを収集したがる。そして、自分の記憶のファイルに陳列しておく。

彼は、酒を自白剤まがいに用いる傾向がある。まずは「軽く一杯やっていこうか」と何気ないお誘いで始まり、飲みだすと「飲んだ時くらい、人間、バカにならなきゃ」などを常套句にし、酔いが深まると「きょうはじっくり腹を割って話そうじゃないか」と誘導尋問する。
そういう人にとって、飲まない人間というのは実に扱いにくい。だから飲まない人間に出くわすと「付き合いの悪い人間」「どうも信じられない」と拒絶反応を起こす。反対に、酔った勢いで大泣きしたり、裸踊りでもする人間を見ると、「憎めないヤツ」などと言ってひとかたならぬ好意を寄せたりする。

あなたが、そういう人に好かれているか嫌われているか、あるいは、好かれたいか嫌われたいか、それはあなた次第だ。
けれど、あなたの“ホンネ”や“真実”が酒のツマミになることだけはぜひ避けようではないか。それじゃあ、あまりにもあなたの“ホンネ”や“真実”が可哀想だから。

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「酒と泪と男と会社」drink13:デカ部屋

刑事ドラマでお馴染みのシーン──うす暗い取調室に、容疑者と2人の刑事が机をはさんで座っている。容疑者は20歳前後のチンピラで、そっぽを向いている。若いほうの刑事がチンピラをにらみつけている。もうひとりの初老の刑事は天井をあおぎ、ゆっくりとタバコの煙を吹き上げている。時間が止まったような静寂。

突然、若い刑事が両手で机をばんと叩き、怒鳴る。「おい、いつまで黙ってんだよ! おまえがやったってのは、もうわかってんだ。早く吐いちまいな!」チンピラの胸ぐらを掴みかかる。すると、初老の刑事がすばやく若い刑事を制しながら、やわらかい声で言葉を発する。
「まあ、まあ、トクさん。そう怒鳴っちゃいかんなあ。喋りたくても、喋れなくなっちまうよ。なあ、にいさん、そうだろ。悪かったな。コイツもまだ若いから、まあ、勘弁してやってくれ。刑事だってカッとすりゃあ、こういうふうに怒鳴っちまうことだってあるんだ。にいさんだって、つい出来心ってやつなんだろ?」
 
チンピラ、無表情のまま、そっぽを向いたきり動かない。若い刑事、たまりかねて怒鳴る。
「オヤジさん!コイツは、生まれつきのゴロツキですよ! 性根を叩きなおさなきゃあ、どうしようもねえヤツなんですよ!」
初老の刑事はあわてることなく、柔和だが鋭い目つきで、若い刑事を黙らせてしまう。
「おい、おい、トクさん。いかんぞ。おまえさんのほうが、よっぽど危ねえや。こっちのにいさんのほうが冷静だ。なあ、にいさん、あんた、そんなに悪い人間には見えねえんだがなあ、俺には。俺も長いことデカやってんだ、人を見る目くらい、しっかりしてらあ。根っからの悪人とはちがうよ、おまえさんは。おふくろさんだって、あんたをそんな人間には生まなかったはずだ。よく考えてみてくれ。ついカッとしただけなんだろ? で、やっちまったんだろ? なあ、そうだろ? あ、そうそう、腹減ってんじゃねえのか。トクさん、カツ丼でも取ってやってくれや……」

まもなくチンピラはカツ丼をほおばりながら、自供することになる。

怒鳴る刑事と、なだめる刑事。敵意をむき出しにする刑事と、好意を寄せてくれる刑事。敵と味方。批判と理解。
ちょっと哲学的な言い方をすると(だから、よくわからなかったら読み流してほしいのだけれど)、この2人の刑事は“ひとつ”である。二者の対立する性質によって一対をなしている。彼らの相反する存在によって、取調室という自白装置はフルに稼働する。(どう、わかった?)

とくに初老の刑事の役目は重要だ。チンピラに対する一般的な反応(世間の冷たい目や、若い刑事の攻撃的な態度)とは、真っ向から異なる「深い理解」をチンピラに差し向ける。「つい出来心でしたことだ。おまえが悪い人間じゃないことは、よくわかっているよ。だれも、責めたりなんかしないよ」

──と、ここまでが、この稿の長い長い前置き。さて、そろそろ本題にはいることにする。
あなたは今、ある宴会に出席している。たとえば、会社の忘年会だ。立食によるパーティスタイルの宴会が増えている中、社長の個人的思い入れもあり、今年も座敷を借りて昔ながらの「エンカイ」スタイルだ。横並び二列で向き合っているが、お向かいとはやや距離があるため、喋る相手はおもに隣り同士になる。それぞれの前にお膳が置かれ、酒と肴があれこれのっている。
最初あなたはズボンがシワにならないように用心深く座っているけれど、だんだん面倒臭くなり始めてくる。

あなたの右横には、同じ課の先輩格「オカモッちゃん」が豪快にカラの徳利を並べている。あなたの左横には、隣の課の長老「シマヌキさん」がにこやかにビールを飲んでいる。残念ながら、お目当ての女の子は、はるかかなたでキャーキャー言いながら飲んでいる。
1時間ほど経ち、宴たけなわとなる頃、あなたのズボンはすでに体裁を捨てていた。酔いが体に沁みわたってきたちょうどその時、それまで反対隣と喋っていたオカモッちゃんが思い出したように、あなたに徳利を突きつけた。

「おいおい、なんだよ、飲みが足りないんだよ。グッと行けよ、グッと」
「いやあ、そんなことないですよ。オカモトさんが見てない間に、結構やってるんですから」
「いいや、俺はねえ、見てないようで、し〜っかり見てんだよ。仕事だけじゃないんだぜ、俺がシビアなのは。きょうは、まだおまえは飲んでない。さあ、これはセンパイの命令だ。グッと行ってもらおうか」
「いやあ、もう、ダメですよ」
「おいおい、俺のお酌じゃあダメってわけ?」

あなたは根負けして、オカモトさんの言うなりに、盃3杯ほどたてつづけに飲み干す。すると、さらに飲むことを強要してくるオカモッちゃん。「ごかんべん」「ダ〜メ〜」「おゆるしを」「俺の酒はまずいってわけ〜?」「いえ、そんな」 さらに2杯、エイッとばかりに飲む。熱い日本酒が体の中を駆けまわり、あなたはレッドゾーンにさしかかる。しかし先輩オカモト氏は、追撃の手をゆるめようとしない。あなたはヘキエキしてくる。気持ちがこわばりはじめ、酔いも手伝ってか、何かガツンとオカモトに言ってやろうかと気分が尖り始めた。

まさにその時だった。左で静かに飲んでいたゴマ塩頭のシマヌキさんが、やや赤らんだ微笑をこちらへ向けた。あなた越しに、オカモッちゃんに声をかけた。
「おいおい、オカモッちゃん、無理はいかんよ。人それぞれペースってのがあるんだから。自分のペースで飲んでこそ、酒は楽しいんだ。あんたみたいなウワバミばかりじゃないんだ。そろそろ、勘弁してやんなよ」
「シマさんねえ、コイツは飲めるの。仕事以外は何でも来いってタイプなの。平気、平気。さあ、もう一杯、行こうぜ」オカモッちゃんは、シマさんの言うことを無視して、酒を注ごうとした。 

「ほら、困ってるじゃないか。なあ、オカモッちゃん」オカモトの強引さに驚きもせず、シマさんは微笑を崩さぬまま、やや声高に「あんただって、会社に入ったばかりの新人の頃は、ねえ、いろいろ、ねえ……」
「アアッ、シマさん、わかったわかった、その話を出されちゃあ降参だ、わかりました。かなわねえなあ、シマさんには」オカモトは、ひときわ大きな声でシマさんの口を封じた。酒の無理強いは、ぴたりと止まった。あなたは、ホッとする。
シマヌキさんは普段から控え目なせいか、こういう機会でもない限り、まじまじと顔を見ることもない。ほっそりとした輪郭と、穏やかなまなざし。こちらまで、静かな気持ちになってくる。

シマヌキさんがひとりごとのように言う「酒は、無理せず、楽しく飲まなきゃねえ」
あなたは軽く相づちを打って「シマヌキさんはお酒は結構やるんですか?」
「実は、当社一の飲んべえかもしれないんですよ、私」
「へええ」
「意外でしょう? 私、酒が大好きでね。ま、一杯、どうです?」シマヌキさんは、ほとんど無意識のうちに、あなたのほうへ徳利の口を向け、ハッとしてあわてて引っ込める「いや、申し訳ない。いまオカモッちゃんに『やめろ』って言ってたくせに、もう忘れて。すまん、すまん。なんか、つい……」
シマヌキさんは小さく照れながら、自分の頭をポカリとやった。その仕草がなんとも言えず哀愁がある。なにか心に触れるものを感じ、あなたは拍子でおちょこを差し出す。 
「あ、いえいえ、別に飲まないわけじゃあ……。じゃ、一杯、いただきます」
その時のシマさんの喜び方が、つましく静かで、好感がもてた。

シマさんが微笑みながら言う。
「なんか、悪いねえ、付き合わせるようで。昼間は昼間で、あんた、忙しいのに。いやね、あんたの課ってとくにハードだから。私、その辺のこと、よく知ってるから。とくに、あんたのポジションは、誰でもできるってわけじゃないからねえ。ほんと、よくやってるよ 」
「いやあ、それほどでも。なんか照れますよ、シマヌキさんのような大先輩に誉めていただくと」今度は、あなたが、徳利を傾ける。シマさんは、嬉しそうに、ちょこで受ける。酒で満ちたちょこを口元へ運ぶ。またたく間に酒が口の中へ吸い込まれてゆく。うまそうに目を細めるシマさん。見ているほうにまで、酒のよさが伝わってくる。なごやかに、軽やかに、互いに返杯、返杯、返杯……。
あなたは、ものの見事に気持ちよく飲んだ。たっぷりと飲んだ。宴会後も、シマさんと二人でつぎつぎとハシゴをした……。
 
そして翌日、あなたは最大級の二日酔いに悩まされていた。あなたはまんまと飲まされてしまった、と言うべきかもしれない。そう、昨夜はうまく飲まされてしまったのだ。いったい誰に? シマさんに?
確かに、シマさんだ。でも、シマさんだけだろうか?
いや、違う。オカモト先輩の無理強いが、引き金だった。あの強硬な態度があったからこそ、シマさんの穏和な振る舞いに、ついのめり込んでしまったのだc

あなたは、思い出す。テレビでお馴染みの、あのシーン。あの2人の取調官を。責めたてる刑事と、かばう刑事を。

またもや哲学的な言い方をお許しいただくと(だから、よくわからなかったら読み流してほしいのだけれど)、宴会とは、つまり「シマさん」と「オカモっちゃん」なのだ。この2種類の人間が、あなたの目の前に交互に現れる空間、それが宴会なのだ。そして、あなたに悟られることなく、じつに巧妙に、あなたを酔わせしめる装置なのだ。あのデカ部屋のように……。

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「酒と泪と男と会社」drink12:一流の酔っぱらい


“優秀な酔っぱらい”になるために、あなたがすべきことは何なのか? この問いを解くために、まずはスポーツの世界を参考に考えてみたい。

 優秀なスポーツ選手は、自分が負けた試合から多くを学びとる。その意味で彼らは負け試合をけっして忘れることなく、細部にいたるまで明確に覚えている。心に傷として記憶するのではなく、頭にデータとして記録する。後悔するのではなく、じっと分析する。タフでシャープな頭脳を持っていることが一流スポーツマンの条件である、と言われるゆえんがそこにある。

 敗因はどこにあったのか。今後の対策はどうすればいいのか。そのためにはトレーニングをどのように強化すべきなのか……。それらの課題をひとつひとつクリアし、次の試合に臨む。良きことは繰りかえせ、悪しきことは改めよ、と。

 つまり、飲むときも同じことをすればいいのだ。
“優秀な酔っぱらい”になるためには、自分の今までの試合(飲み会)を思い出し、整理し、分析しなければならない。まずは、「いい酒だった」という日と、「思い出すのもイヤ」な日に分類し、頭の中に浮かべる。それから、ひとつひとつ分析する。

「いい酒だった」のはどうしてか──気の合う友だちと飲んだから? ツマミが多かったので豊かな気分で飲めたから? いい話が聞けたから? カラオケが楽しかったから? それとも、帰りの電車の中でたまたま美女のとなりに座れたから?
 反対に、悪い酔い方をしたのはどうしてか──ひどい店に入ってしまったから? 上司の説教攻撃を浴びつづけたから? 空腹で飲んでいっきに酔ったから? 日本酒とウイスキーのチャンポンをやったから? 見知らぬ客と不毛な口論をやったから?
 さあ、どんどん、あなたの飲み歴を分類して、リストに載せてみよう。

 では、あなたにとって最も思い出深い、最良の酒は──豪奢なホテルのラウンジで、彼女に愛の告白をしたあの夜の酒? 昇進が決まった夜の、妻との祝杯? 十年ぶりのクラス会の2次会? それとも、夜道を千鳥足で歩いているうちに足をとられてすっころんで、思わず手をついたところに財布が落ちていて、その中に信じられない大金が入っていた、なんてときの狂喜乱舞の酔い?
 人の数だけ、酔いの数だけ、いろいろあるはずだ。さあ、もっとリストアップだ。

 では、あなたにとって「最悪の酒」「最悪の酔い」を思い出してみよう。スポーツで言えば、最低の負けを喫した日のこと。屈辱の惨敗。ぜったい犯してはならないウルトラミス、醜態中の醜態をさらした日のことだ。あなたの最弱点が詰まった日だ。最悪の試合こそ念入りに分析し、対策を講じ、次のベスト・ゲーム(飲み会)につなげなければいけない。これが最も大事なことだ。
 さて、あなたの「悪酔いワースト1」は? 「………………………」 おや、どうしました? あなたがもっとも悔やんでいる酔いを、明確に思い出していただきたい。「………………………」

 あれま、あなたははっきりと思い出せないようだ。そう、真に最悪の出来事は、つねに泥酔のかなたで起こっていることが多いから、あなたは思い出せないのだ。思い出せないから、分析もできない。分析できないから、対策を講じることもできない。残念ながら……。

 悪酔いしないために空腹で飲まないとか、チャンポンをしないとか、いやなヤツとは飲まないとか……そういった一般的な「悪酔い防止策」はある。しかしそれらは、悪酔いしないための「条件」にしかすぎない。「原因」ではない。最低最悪に酔わせしめるのは「条件」ではなく、何らかの「原因」だ。それは、あなたの心の奥深いところで揺らめく何かかもしれないし、運命という名の小石につまづくことかもしれない。何があなたをそうさせたかは、あなた自身でないとわからない。

 ところが、そのあなた自身が、あなた自身のことなのに、覚えていないことがあまりにも多いのだ。「すごく酔っていて…… 気がついたら…… あそこで…… ああ、なんで……」 感情の断片や記憶の残骸が、あなたの体の中に残ってはいるが、「なんで、あんなことをしたんだろう?」という疑問には、それらははっきりとは答えてくれない。あなたの中に再検討するだけの確たる記憶がほとんどないから……

 最悪の酔いというのは、自分でも信じられない形で勃発するものだ。原因は、酔いという霧のなかで混沌と霞むばかり。あなたがそのときシラフで、明敏な頭脳と冷徹な観察力を持ち合わせていれば話は別だが、あなたはその逆のベロベログデングデン状態だったのだ。思い出そうにも、記憶はすでに失われている。まるで、あらかじめ百ピースほど紛失しているジグソーパズルを、脈略なく組み立てているような徒労感と虚無感……。
 だから、分析できない、対処できない、善処できない。後悔という感傷はあっても、反省という分析はない。心に傷として記憶することはあっても、頭にデータとして記録することはない。
 だから、“優秀な酔っぱらい”には、なかなかなれないのだ。

 スポーツの世界に「一流」はたくさんいるけれど、酔っぱらい界には、残念ながら「一流」と呼ばれる人は稀なのである、以上のような理由で。


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「酒と泪と男と会社」drink11:祝杯

●「酒と泪と男と会社」は、毎回読み切りの連続エッセイです。何話目から読んでもOKです。もし、よかったらバックナンバーも読んでみてください。

●「酒と泪と男と会社」第11話:祝杯

 なぜ、私たちは「祝杯」と称し、めでたい時に酒を飲むのだろうか。

 酒は、人の心を開き、喜びをさらに大きくするから、という効能があるからかもしれない。あるいは、かつて慶事は神事であり、それゆえ御神酒としてありがたくいただいていた、という慣習に従っているのかもしれない。あるいは、つねに飢餓と隣合わせだった時代、祝いの時くらいは何としても景気づけたいという願いもあったのかもしれない。あるいは──

 かつて(と言うよりも大昔)私たちがまだ「村」という小世界で暮らしていた頃、個人の祝い事であっても、それは村人全員のめでたき出来事であった。川向こうのゴサクの息子と、山あいのタロベエの娘が結婚するとなれば、それは村全体の了解事項でありイベントでもあった。いわば村全体が祝いの空間と化するのだった。だれもが浮かれ、酔い、あげくの果てに喧嘩が起ころうと、「きょうは、たいそうめでたい日じゃ。かまわん、かまわん」ということになった。そう「みんなで祝えばコワくない」のだ。誰も咎める者はいない。巨大な「身内型空間」は超法規的状態となり、大いなる無礼講が始まる。

 ひとつの祝い事、ひとつの祝い酒が、(ムラ的)全空間をおおうことができた昔は、酒はまことに重宝なソーシャル・ドラッグだったのかもしれない。

 しかし、いまの私たちの生活ではそうはいかない。たとえどんなに大きな結婚式に出席しコトブキ気分に浸ろうと、結婚式場を一歩出れば、そこにはシラッとした日常が冷ややかに待ち構えている。あなたがどんなにめでたい気分のもとにイワレのある酔い方をしていようとも、同じ電車に偶然乗り合わせた他人には、ただの酔っぱらいにしか見えない。たとえ「結婚式の帰りなんだな」と思ってもらえても、だから酔っぱらってもいいというわけにはいかない「他人型空間」の中に、あなたは身を置いているのだ。今日(こんにち)においては、昼日中から赤い顔をしているのは相当勇気のいることなのである。

 「祝杯」が住みづらい世の中になってきたのだ。

 しかも、祝い事そのものが大量生産され、日常化しはじめている。「この村三年振りの結婚式だべ、めでてえ、めでてえ」などという、かつての村人のようなストイックな感覚はもはやない。大安吉日の日曜日ともなれば、一日で二つも三つも結婚式をこなすという人までいるくらいだ。こうなるとすでに祝い事は「スケジュール」でしかない。かつて「身を捧げ」て祝い事や祭り事に取り組んでいた頃とは勝手がちがってしまい、やみくもに「酔う」ということが、不釣り合いになってしまったのだ。

 酒というソーシャル・ドラッグが、これからどうなるかはわからない。でも、少なくとも「祝杯だ!乾杯だ!」と誰はばかることもなくガブ飲みする時代は終わったのかもしれない。

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「酒と泪と男と会社」drink10:音楽

●「酒と泪と男と会社」は、毎回読み切りの連続エッセイです。何話目から読んでもOKです。もし、よかったらバックナンバーも読んでみてください。

●「酒と泪と男と会社」第10話:音楽

 あなたは、最近、酒ぬきで音楽をじっくり聴いたことがありますか?

「そう言われると、どうだったかなあ。そんなこと意識したことないから、よくわかんないけど、ないかもしれないなあ」という答えが、けっこう多く返ってきそうだ。

 バーボンのオン・ザ・ロックを味わいながらジャズを聴く、ワイングラスを傾けながらクラシックにひたる、チューハイをあおりながら演歌に酔いしれる、缶ビール片手にロックにのる……。
 音楽と酒はじつに相性がいい。ゆえに、酒ぬきで音楽を聴くなど考えにくいかもしれない。「コンサートにでも行けば飲まずに聴くけど、ふだんはまずないね。かるく1杯やりながら聴くって感じかな」という人がフツーだろう。

 そこで、そんなあなたに、ひとつの実験を試みていただきたいのだ。
 実験とは、酒ぬきで音楽を聴いてもらいたいのだ。それも1曲や2曲ではなく、できれば、目をつぶってじっくりと何曲も聴いてほしい。音楽のジャンルはなんでもいい。あなたが好きなものでいい。
「音楽以外に何もなく、何もせずに、ただひたすら音楽を聴く」ということが、けっこう集中力を要し、意外と重労働だということを発見するはずだ。馴れるまでは、自分の好きな音楽でさえ、ややもすると途中で気が散って、集中はおろか睡魔さえおそってくるかもしれない。そこを我慢(楽しいはずの音楽を「我慢して」聴くなどナンセンスと言われそうだが)ぜひ、こらえて聴きつづけてほしい。

 1日ではなく、3日、4日、さらに1週間、2週間と(忙しくて時間がないのは重々承知だが)根気よく音楽に向き合ってほしいのだ。けっして不可能なことじゃないはずだ。だって、あなたはかつて、そうやって聴いていたはずなんだもの。

 そう。かつて──あなたが──少年少女のとき──そうだったように──あたかも恋をするように──音楽に──まっすぐ向き合って──聴いてみて──ほしいのだ。

 かつて、あなたが10代の頃、1日じゅう音楽の近くにいたときがあった。自分の好きな曲を友だちにも好きになってもらおうと一生懸命に聴かせたり、人によっては深夜のラジオ番組にリクエストハガキを出したり、返事がないのはわかっていても好きなミュージシャンにファンレターを書いてみたり、コンサート情報をこまめにチェックしたりしながら……。あなたは、お気に入りの音楽を、それこそ肌身はなさず聴いていたはずだ。何度も何度も聴きなおし、口ずさみ、胸に刻みつけ、また聴きかえす……。

 あなたはそうやって大切な1曲を、胸のなかにしっかりとしまい込んだはずだ。そうやって、けっして忘れることのない青春の音を自分のものにしてきた。
 そう。あの頃、あなたにとって音楽は「独立」していた。酒を飲むことはあっても、けっして音楽は酒のつまみではなかった。

 10代のあなたは成長し、学校を卒業し、社会人となり、日々はまたたくまに流れ、気がつくと「オジさん」とか「オバさん」になってしまっている。音楽とのつき合いも、いつしか変わってしまった。あなたの中で音楽は「独立」を失い、そのかわり、手っとり早くあなたを酔わせてくれるアルコールとコンビを組まされてしまった。

 最近の音楽を耳にするたびに「近ごろの若いヤツの音楽は、どうも心にのこらない」なんて、まことしやかにコメントする人。あるいは「おれの感性、錆びついちゃってるからわかんないよ、もうオジサンだもん」とガードを固くする人……。
 ほんとうは「心にのこらない」のでも「感性が錆びている」のでもなく、そもそもあなたの耳は「聴いて」いないのではないだろうか。「聞こえて」はいるのかもしれないけど「聴いて」はいない。なにしろ、酒のつまみだもん。

 かつてあなたと音楽は、1対1の、真剣で、抜きさしならないつき合いだった。
 いま、あなたと酒と音楽は、三角関係をつくり、火遊びのように、つき合う。OK、それも音楽だ。でもね、お客さん。それじゃあ、音楽だって、あんたには本気を見せてくれないってもんだ。音楽もそこまでお人好しじゃあないんでね。

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「酒と泪と男と会社」drink9:ジキルとハイド

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●「酒と泪と男と会社」第9話:ジキルとハイド

 「シラフで女性を口説いたことがない」という男性が意外と多い。これには、いくつかの理由が考えられそうだ。とりあえずもっともありがちな理由としては「シラフで言い出す勇気がないから」だろう。もうひとつ「ラブを語る空間として、夜の酒の場所が手頃だから」というのも、うなずける。
 あるいは、もっと実用的な理由はこれだ。口説きに成功したら、すぐ「愛を確かめ合う」態勢に入れるからだろう。酒という潤滑油をつかって、二人の摩擦係数はほとんどゼロ。もうズルズル行くっきゃない、とばかりに。女性のほうにとっても「酔っている自分」が口説かれてオチるぶんには、それほど自己責任を感じなくて済む。
 酔うって、じつに便利なのだ。

 話はちょっと脱線するが、酔っていることが男にも女にも都合がいいあまり、酒のうえでの「愛の確かめ」が横行し、最近では「そういえば、シラフでエッチってしないよね」なんて声を耳にする。しまいにゃ「シラフでエッチするなんて、こっ恥ずかしくて」とか「酔った勢いでしないとノリが悪くて」なんて発言も、けっして珍しくない。
 それどころか、アダルトビデオなどで女優と男優がシラフで真顔になってエッチしているのを見ると、思わず「やっぱりプロはすごいよね、シラフであそこまで本気でやるもんなあ。仕事とはいえ、たいしたもんだ」などと、妙に感心しちゃったりする始末。

 本線に戻る。「シラフで女を口説かない」男たちは、シラフの時間はナリをひそめている。お目当ての彼女との「関係性」は、すべて酔いの時間に決着をつけようとする。
 たとえば、好みの女の子(同じ職場)といっしょに、昼間、公園のベンチでランチを食べているとする。そよ風がとても気持ちいいお昼。偶然の二人っきり。自分の気持ちを少しでも伝えられるチャンスなのに、おくびにも出さない。そんな「シラフ」のときは、きのう見たテレビドラマでけっこう涙が出てしまった話や、このまえ通勤途中で見たヘンなヤツのことなどを面白おかしくおしゃべりして、それに終始する。
 午後一時ちょっと前、お昼休みも残り少なくなり、公園から会社へ戻る途中、別れぎわの最後の最後にいかにも偶然思い出したように「あ、そうそう、いいお店見つけたから、そのうち飲みに行こーよ」と何気なくお誘いする。すべての決着は飲んでからだ、と《彼》は腹の底で思いつつ。

 《彼》は感情を延期する。ラブの気持ちを、くり越し、くり越し、彼女とともに酔う日まで、持ち越す。ラブ・モラトリアム。
 《彼》は、めぼしい女性に遭遇して「彼女を自分のものにしたい」と思うやいなや、その感情を心の奥底に「在庫」してしまう。この「在庫の感情」をいつ持ち出すかは、自分で決めている。「シラフじゃないときが、いろいろ都合がいいな」と。「酔って佳境のとき、僕の気持ちを浮上させよう」。

 このシステムは、《彼》にとってまことに都合がいい。彼女と飲む以前の「シラフ世界」では、自分と彼女の関係は「同僚」であり、たんなる「知り合い」である。感情は格納されている。したがって日常においては、身もだえするような片思いとか、恋のシーソーゲームのような、疲れる状態はとりあえず無い。この段階ではラブ・スイッチは入れない。感情を格納している自分は、普段はあくまでも「ニュートラル」である。恋の無理強いや、露骨な感情表現を回避することにより、誰も傷つけないし、誰からも傷つけられることもない。そして……

 そして、「飲みに行こう」と誘うときもニュートラル状態だ。ことの成りゆきに、楽観もしなければ、悲観もしない。極端な感情移入はしない。「飲みに行かない?」とオファーをかけて「NO」と言われれば、「あ、そ」と言うくらいのものである。「OK」が出れば、いっしょに飲みに行く。そして……

 そして、飲む。飲んで、酔いはじめる。「シラフ世界」は遠のきはじめる。そのとき初めて《彼》は、「格納していたラブ」を彼女の目の前にほのめかす。酔いの勢いで「シラフのときと違う自分」が彼女を口説きはじめる。かりにこの時点で、彼女が拒絶したら「酔っている自分」の「不始末」を「ほとんど冗談」としてやりすごすことにする。「きのうはゴメ〜ン、酔うと俺ってどうしようもなくバカになっちゃうから、気にしないでね〜」と、翌日、昨夜のことはなかったことにする。《彼》のラブは、ふたたび格納される。今度は、在庫するのではなく、死蔵する。

 《彼》は、彼のラブにおいて、失敗や失態や失意という自覚症状はほとんどない。したがって、《彼》の「シラフの自分」はけっして傷つかない。
 《彼》の「酔った自分」は、なかなかの悪戯好きで、破天荒なことをし、ときにはドジったりするが、自分の手下としてはかなり融通がきくし、見どころもある。しかも酒さえあれば、いつでもどこでも呼び出せる。自分の予想を裏切ることで、自分の予想を裏切らない「酔った自分」……。

 さて、あなたの中のジキルとハイドは……?

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「酒と泪と男と会社」drink8:心の形

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●「酒と泪と男と会社」第8話:心の形

「心」はどんな形をしているか、ご存じ?

 驚くかもしれないが、心はタライのような形をしている。昔の人が洗濯するときにつかった、あのタライ。小さな子供が行水をするときにつかった、あのタライだ。心は、あのタライのような形をしていて、しかも、その底のまん中には小さな穴があいているのだ。どう、予想外の形をしているでしょ? 心はあなたの体のなかにあって目には見えないけれど、じつはそういう形をしているのだ。

 では、「欲望」はどんな形をしているか、ご存じ? 
 食欲、性欲、出世欲、名誉欲、ラクしたい欲、カラオケ欲、読書欲……。人それぞれ、いろいろ欲望はある。その欲望も、目には見えないのだけれど、じつは形がある。どんな形だと思います?

 なぜか小さな球形をしている。ビー玉のようなものを想像していただければ結構。食欲、性欲、出世欲……それぞれがビー玉のような形をしているのだ。

 さて、あなたの心の中では、日々さまざまな欲望がうごめいていて、そのうごめきを反映して、あなたの生活がつくられている。「ああ、お腹すいた、ハンバーグでも食べに行こうかな」とか「海が見たいの、わたし」とか「なんか面白い本ないかなあ」とか「きょう、会社、休みたい」とかね。

 あなたは、あなたの心という名のタライを両手で抱えている。そしてその中には、欲望という名のいろいろなビー玉が無数に転がっていて、あなたの腕のかしげ方で、右に転がったり左に曲がったり、前からうしろ、うしろから斜めに行ったり来たり、ざわざわと動きまわっている。タライのまん中には、小さな穴があいていて、まるでゴルフのボールのように、その穴にみごと入ったビー玉が、あなたの行為の主導権をにぎる。

 「映画見ようかな、それとも公園でひなたぼっこしようかな。ウ〜ン、天気がいいから公園行こう」と《公園欲》のビー玉がころころ穴に入って公園行きが決定し、あなたはひなたぼっこに行く。「カレーにしようか、それともラーメンにしようか」あなたはタライを揺すりながら考える。《カレー》ビー玉と《ラーメン》ビー玉が転がりはじめ「そう言えば、きのうラーメンだった」ことを思い出し《カレー》ビー玉があっさりホールインワンしたりすることもある。

 現実にはもっと複雑な選択──つまりビー玉の数ははるかに多いのが普通だ。カレーと言っても、外で食べるのか家で食べるのか、外で食べるのなら専門店なのか日本そば屋なのかファーストフードなのか、あるいは遠くのうまい店まで出向くのか近くで簡単にすますのか。そのぶんビー玉は数を増し賑わう。場合によっては、いつまでも決め手がないまま、いくつものビー玉がタライのなかで漂いつづけることもあるかもしれない。

 ところで、あなただ。
 あなたも、あなたのタライを抱え、つねにそのなかでビー玉を転がしている。たとえば、夕方。仕事が終わりほっとひと息し、さあ、これからどうしようかなと、タライの中をのぞき込む。そのとき、あなたにはどんなビー玉が見えているのだろうか。
 ひょっとして、たそがれ時のあなたのタライには、ビー玉がひとつポツンと転がっているだけ、なんてことはないだろうか?  

 「オジサン」と呼ばれている多くの人が、ほっとひと息したいとき、酒を飲むというビー玉しか転がらなくなってしまっているようだ。帰りがけに飲む、軽く飲む、1杯だけ飲む、ひとりで飲む、同僚と飲む、友だちと飲む、家で飲む、なんとなく飲む、テレビを見ながら飲む、寝ころがって飲む……。飲む、飲む、飲む、飲む。ほとんど条件反射。ほっとひと息したら、酒を飲む。ことさら他にするべきことも見つからず、飲んでしまう。

 仕事が終わると、がらんとしたタライの中に、「飲む」というビー玉が、たった1個。それが、あなたの心象風景? だとしたら、ウ〜ン、その風景は、あまりにも寒々しい。

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「酒と泪と男と会社」drink7:場外乱闘

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●「酒と泪と男と会社」第7話:場外乱闘

 会社には、会議室、応接室、談話室、喫茶室、休憩室など、さまざまな形で打ち合わせができる空間がある。にもかかわらず、その空間で「部下と対話」することを、なぜか避けたがる上司がいる。

 部下から「折り入っての話」や「一身上の相談」を持ちかけられると、《彼》は決まって「じゃあ、どうだい。今ここで、というのも何だから、帰りがけに一杯やりながら聞こうじゃないか」と切り出してくる。会社ですませてもいいはずなのに、なぜか外に場を移そうとする。いわば、リングの上でなく場外で決着をつけようとする「場外乱闘型」性格。

 あなたの周りにも、そういう人物がいないだろうか? なぜ《彼》は「場外」を好むのだろうか? これには、いくつかの理由が考えられそうだ。たとえば──

(1)就業時間中は、本来の実務的な仕事に専念すべきで、それ以外のことはなるべくアフター5で処理したいという配慮。(もし、そういうことであれば、それはそれで正論ではある)

(2)リラックスして話したほうがいい、という取り計らい。(しかし、リラックスして語るべき内容のものかどうか、まずはシラフで話すべきだということに気づいていない)

(3)会議室などの密室空間で、部下と二人きり──対決する関係──になりたくない。そのため、飲み屋など──第3者が無関係に関係している空間──を好む。

(4)判断能力に欠けるため、相談事に対して自信がない。シラフ世界だと、自分の無能さがあからさまに露呈する危険性があるので、酒の世界で、最後は酔うことでウヤムヤにする魂胆。

(5)とにかく酒が好き。飲む口実が欲しかった。

 さて、あなたの周りでは、どんなタイプの「場外乱闘」が起こっているだろうか?

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「酒と泪と男と会社」drink6:まかそ

日本には、「中小企業」の中でもとくに小規模な「零細企業」と呼ばれている企業群がある。中小企業基本法の定義では、従業員数5人以下の企業を指すらしい(商業およびサービス業の場合)。
「まかそオヤジ」の混入率は、その零細企業規模でも充分に可能性がある。つまり5人程度で宴会しても、「まかそ」はかなり高い確率で出現すると考えていい。

 おっと、これはたいへん失礼した。あなたには「まかそオヤジ」が何であるかをご説明していなかった。ひょっとすると、あなたがソレである場合もあるので、ぜひ知っておいていただこう。

 会社にはさまざまなセレモニーがある。歓迎会・送別会といった不定期なものから、新年会、暑気払い、忘年会などの定期的なもの、さらにはお花見、社員旅行、運動会など準定期的なものまで、各社各様である。そのどれもが宴会と深くかかわり合っている。「まかそオヤジ」はそこに出現する。

 いわゆる宴たけなわとなるころ「まかそオヤジ」の動きもピークに達する。彼の使命は、宴会も佳境だというのにマジ顔で仕事の話をしている不粋な連中をいかに素早く駆除するか、ということにある。したがって、シゴト話マジ顔を発見するやいなや、目標物に向かって彼は驚くべき速さで接近してゆく。目標物、捕捉。彼はすかさずビールやら日本酒やらをマジ連に突きつけ──
 「まあまあ、かたい話は、そのへんにして……」と言うが早いか、すでに相手のグラスに酒をドボドボと注ぎながら、無限にゆるみきった表情で、シゴト話もマジ顔もいっきに粉砕するのである。
 「まあまあ」の「ま」、「かたい話」の「か」、「そのへんにして」の「そ」……つまり「まかそ」を言われたら、もう飲むしかない。いかに会社の命運にかかわる話をそこでしていたとしてもエンドだ。会社の宴会というオフィシャル空間で、仕事の話というオフィシャル行為を禁じられてしまう不条理さを感じつつも、抵抗できない何かがある。

 このオヤジの赤ら顔には、宴会というものへの忠誠心がみなぎっている。宴会への忠誠は、会社への忠誠なのだ。このオヤジの勤続35年はダテではない。かつて「会社は家族だ」と日本経営者の誰もが唱えていたころからの生き残りだ。全社員が一丸となる宴会は、まさにそのことを酔いに酔って証す場なのだ──と、今でも信じて疑わないオヤジは、けっして、ひるまない。酔いを深めながら、頑としてひるまない。

 ひるまないでおこなえることなどこの世には何もないと思っている次世代社員は、「まかそオヤジ」の、ほのぼのとしてはいるが「けっして、ひるまない」物腰に、あらがうすべもなくカンタンにひるんでしまう。注がれるままに酒を飲むしかないのだ。「まあまあ、かたい話は、そのへんにして、さあ、ぐうーっと一杯、飲みほして……」。飲むしかないのである。やるせない気持ちにさいなまれながら、ただひたすらビールでもすすっているしかないのである。

「まかそオヤジ」をうとんじてはいけない。あなどってはいけない。笑ってはいけない。なぜなら、「まかそオヤジ」は、たしかに日本が生み出した遺産なのだから。

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「酒と泪と男と会社」drink5:頑張る


残念ながらサラリーマンの世界では、「頑張る」ことがもたらす達成感がほとんど見えないまま毎日が過ぎてゆく。

 面白くもない書類を山のように作成する(「で、それがどうなった?」……「わからない」)。電話の向こうで怒鳴っているお得意さんに頭を下げる(「で、状況は好転した?」……「ぜ〜んぜん」)。部長の嫌味にじっと堪える(「で、気に入られた?」……「ますますイビられるばかり」)。コンピュータ画面を1日中にらみつづけ、そして目をしょぼつかせて家へ帰る(「で、仕事を終えた充実感は?」……「あるわけないだろ、目を悪くしてまで」)。
 山のような書類。頭を下げる。じっと堪える。目をしょぼつかせる。……そのどれもが自分のことなのに、自分には関係のないことだらけ。だから、会社から解放されたら、身も心も洗うように酒でも飲まなければやってられない、という気持ちは良くわかる。

 その物語は、しこたま飲んだ翌日の朝、始まる。サラリーマンA氏は、どろりとした二日酔いのなかで目を覚ました。と同時にトイレにかけ込み、ゲロをひと山吐いた。吐いたからといってラクになるわけではなかった。胃袋の底では酸っぱい胃液がジュルジュルとくすぶり、食道をいっきに駆け上がろうとしている。立とうとするが、あまりにも気持ちが悪く、足に震えがきてしまっている。会社を休みたい、と思う。こんな状態で満員電車に乗って揺さぶられたら……。

 あああ休みたい。でも、でも、でも、だめだ。きのうは部長と飲んでるんだ。あの部長、部下と飲んだ翌日は、ことさら気合いを入れて出社するからな。部下が休もうものなら、勝ち誇ったように査定対象にするっていうイヤな性格だ。畜生。なんでアイツと飲んじまったんだろう。タダで飲めると思うとついお供してしまう俺の卑しさだ、今に始まったことじゃない。サラリーマンはみんなそうだ。うっ、また胃液がゴボゴボこみ上げてきた。

 きょうは会議が3つもある。おまけに、ひとつは俺が議題進行するんだ。そうだった、そのことで部長と飲みながら話したんだ。根回しなんてアホなことやったもんだ。きょうは絶対休めないぜ。さあ、早くしないと遅刻しちまうぞ。まずは、胃薬……、シャワー……、ああ、目がまわる……

 必死で家を出て駅まで来たけど、足がふらつくし、額は脂汗でべっとりしている。なんて最低な朝なんだ。おいおい、きょうはやけに電車混んでるじゃないか。いや、気のせいなんだろうな。俺、この電車に乗って本当に平気なのかい? 吐いちゃうんじゃないのか? まいったなあ。畜生、やっぱり吐きそうだ。でも、吐くものなんてもう胃の中にないよ。胃液だってさっき出きっちゃったじゃないか。ええいっ、吐いたら吐いただ。ヨイッショッと。おい、なんだこの女、香水を頭からぶっかけてきたんじゃないのか。くせえんだよ。ああ、ダメだ、ものすごい吐き気。ウワアァァ。

 ああ、死にたい、死にたい、死にたい。なんとか我慢してるけど、もう限界だ。舌の裏にドロッとした唾液がたまっている。今にも口から溢れ出してきそうだ。神様、もう2度と酒を飲みませんから、もうひと駅だけ、もうひと駅だけ我慢させてください。もうひと駅。頑張れ、自分! もうひと駅だ。

 降りたらトイレにダッシュだ。やった! なんとかトイレまではクリアした。もう胃液は出ないだろう。もう、完全にからっぽ。さあ、時間がないぞ。走れ。バス停まで全力疾走だ。おおっ、あのバスだ、あれを逃すと遅刻だ。走れえええ。よーーし、乗れたぜ。やったじゃないか。さっきの全力疾走、どこにあんな根性があったんだ。俺もなかなかやるじゃないか。と、安心した途端……ウップ、こりゃまずい。また、吐きそうだ。何もないはずなのに、なんだこりゃ。バスの揺れってのはタチが悪いんだよ。うわああカバンの中にしちゃええええって思ったら、ラッキー! ちょっとおさまったようだ。早く停留所に着け。次だ。早く早く早く早く早く早くううう! もうすぐだ。頑張れ、自分! 頑張れ頑張れ頑張れ頑張れ頑張れええええ……、頑張れええええ……、うおおっ、ついに停留所に着いた! 営業2課の◯◯さんが挨拶しているようだが、そんなこと知ったこっちゃない。走れ!

 タイムカード! 滑り込みセーーフ!! ははははは、どうだ、やったじゃないか。ついに、やったぜ。えらいぞ、自分! 見直した、自分! この超二日酔いをよく堪えた。よくぞ頑張った、自分!! 

 サラリーマンA氏は、頑張った。これほど頑張って、これほど勝利を実感したことは、ついぞ最近なかった。サラリーマンA氏は確たる満足感を、いま我がものにしている。克己、勝利、達成感。俺もまんざら捨てたもんじゃない、と。だが、最後に、思うのだ。
「でも、きょうの俺って、ただの、酒くさいだけの、二日酔い社員なんだよ」


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「酒と泪と男と会社」drink4:エロビス

『酔うと、いつもとちがう自分がいた。
 奔放で、奇妙な、恥知らず。
 際限のない自分。
 そんな自分を、だれかが待っている。
 「やあ、また会ってしまったね。」』

 サラリーマンのJ氏・総務部長51歳は、飲み方にパターンがあった。まず1軒目は同僚たちと、会社の近くの小料理屋で和気あいあいと飲む。日本酒を好み、4合くらいをペロリと飲んでしまう。ツマミは極力食べずに空っぽの胃袋に酒を流し込む。「若くないんだから、体に毒だ」と同僚に言われても聞く耳をもたない。キューッと沁みこむ酒の味わいがたまらない。ほんの小一時間でかなりデキあがる。

 その店を出るとJ氏は同僚たちと別れ、彼らとは反対方向に歩きはじめる。裏道をくねくねと歩き、先ほどの小料理屋よりさらに小さな小料理屋にたどり着く。時間にして8時半頃。その店は馴染みしか来ないので、J氏は居合わせた客と冗談を交わしながら、さらに日本酒をあおる。3合ばかり飲み、店の女将と『銀恋』『愛しちゃったのよ』『高校三年生』などを続けざまに歌い、さらに2合ほどたいらげる。

 10時頃、店を出る。J氏は、財布のなかをドロンとした目つきでのぞき込む。すでに1升近くを空きっ腹に流し込んでいることになり、かなり酔いを深めている。うなるような鼻歌がはじまる。酩酊する一歩手前だ。千鳥足。タクシーをつかまえ、ワンメーターほど走らせる。とある駅前からのびている商店街のはずれ、ひっそりとたつスナックの前で降り立つ。
 ゆらゆらと進み、勢いよく扉を開けるやいなや、J氏の第一声が高らかに店内に響きわたる。

 「ヘ〜イ、エブリバディ、ハウ、アー、ユー! ハ〜イ、マダ〜ム、フアット、ア、ファンタスティック、ナイト、ドンチュー! アイウォナ、バーボン、オン、ザ、ロック、ストロング、ファック、プリーズ、プリティ、ベイベー! アイ、ウォナ、シング、プレスリー!!」

 常連客は笑って見ているが、はじめての客はあっけにとられている。J氏は、これから数時間にわたってこの店を賑わすが、日本語はひとことも発しない。ほとんどめちゃくちゃな英語らしきものを、延々とまくしたてながらバーボンをグビグビ飲みほし、プレスリーを歌いまくる。店の女の子の胸を、カウンター越しに撫であげながら「ナイス、ダイナマイト、バスト! サンキュー!」とほえる。毎度のことに、女の子はあきれ顔で体をよじってかわそうとする。
 Jは、この店では自分のことを「エルビス」と名乗っている。が、みんなは彼を「エロビス」と呼んで、ゲラゲラ笑っている。

 J氏のガイジン飲みは、はるか学生の頃に端を発している。友だちとふざけて「変な日系2世」を演じたのがあまりにも面白くて、その後も飲むたびにたわいもなくガイジン遊びをしていたのが、いつしか10年、20年と月日が流れ、すっかりわが身に染みついてしまった。さすがにシラフではそんなことはしない。また会社の人間の前では、酔ってもそんなところをさらすことはない。泥酔する前に同僚たちから逃げるのである。いや、そうではない。同僚たちから解放されると、堰を切ったように酔いがまわり、ガイジンJへの助走がはじまる。

 そして謹厳実直な勤め人J氏は、酔いの極まりのなかで「いつもとちがう自分」としてガイジンJへ豹変する。行きつけのそのスナックは彼の格好の舞台なのである。誰にはばかることなく際限なくガイジンJになり、エロビスとして振るまう時間。驚くことに、本人はほとんど記憶にとどめることのない時間。

 そんなJ氏が、ある夜そのスナックで役者志望R子19歳と出会った。2人とも泥酔していた。R子は、初老男の恥知らずな言動が、素晴らしい奇行に思えた。真のアーティスト、隠れたる非凡のように思えた。意気投合し、どちらからともなく誘い、酔いまみれのなかで2人は寝た。
 J氏は、生涯たった1度の無断外泊の朝を、R子のアパートのベッドのなかで迎えた。そこには「ガイジンJ」はいなかった。J氏は「いつもの自分」にもどっていた。謹厳であることに疲れきった51歳・総務部長の、ただの二日酔いのオヤジにもどっていた。うすくなった頭がいたましかった。しょぼつく目には目ヤニがこびりついていた。もぞもぞとわびるように日本語を発するJ氏を、19歳R子は枕に顔半分うずめたまま茫然と見つめていた。けがらわしいものを見る目だった。R子のこわばった口からなにか音が漏れたようだったが、J氏には聞きとれなかった。
 R子はベッドから飛び出すと、裸のままトイレにかけ込んだ。それっきり出てこなかった。J氏が声をかけても反応はなかった。
 51歳の初老男と19歳の若い女の、あまりにも無惨な朝だった。J氏は、R子のアパートを逃げ出した。
 
『あなたが飲むのは、なぜ?
 ちょっぴり、いつもとちがう自分になるため?
 でも、気をつけてくださいね。
 「いつもとちがう自分」を愛されることほど、
 つらいことはないのですよ』 

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「酒と泪と男と会社」drink3:くり返し

 友人Kには、飲んだ帰りに必ず立ち寄る、ごひいきのラーメン屋があった。あっさりとしたスープに、硬めのちぢれ麺がほどよく浸っていて、Kの酔った味覚には格別の味わいだった。しかも、この店のビールは冷え方がしっかりしていて、お通しのザーサイをつまみながらの、ダメ押しの一杯がじつにうまい。
 ゆえに、ハシゴ酒でゴキゲンになったときKは、そのラーメン屋でゴキゲンな夜の総仕上げをするのが常だった。Kは悪酔いをすることのない男だった。いつもゴキゲンだった。ちょっとベランメエな喋り方にはなるが、きっぷのいい江戸っ子のような気持ちよさがあり、どの飲み屋でも歓迎された。

 そのラーメン屋は駅前にあった。カウンターにすわると、正面のガラス窓を通して往来が見渡せるかたちになっている。ということは、駅から出てくる人と目が合ってしまうのだ。衆人環視のなかで飲み喰いしているようで、どうも居心地がわるい。

 ある晩、Kはそのことを店のオヤジに告げ、なんとかならぬものかと話をもちかけた。「飾り紙を貼るとかして、目の高さのところだけでも目隠しすると落ち着くんだがなあ、オヤジさん」 すると人の良さそうなオヤジは、さも感心したような素振りで「ほんとだ、こりゃいけない。ぜひなんとかしましょう」と、にこやかに返答するのだった。

 それから一週間ほどが過ぎ、Kはまたラーメンをすすりに行った。その日も飲み屋を三軒ほどハシゴした帰り、Kはいつものようにゴキゲンだった。味噌ラーメンを頼んで、ほっとひと息するまで、例のことはすっかり忘れていた。ガラス越しに若いOLと目が合って、はじめて思い出した。ガラス窓はこの前と同じだった。なにも手が加えられていなかった。
「あれ、オヤジさん、まだ外が丸見えだね」
「ああ、すみません、今度いらっしゃる頃までにはぜひ……」オヤジは恐縮して詫びるのだった。
 こんなことが一度ならず二度三度とつづき、そのたびにKとオヤジは「頼むよ、オヤジ」「すみません、つい忙しくて……」のやりとりになる。しかしガラス窓に目隠しがほどこされることは、その後もなかった。といって、オヤジが開き直ったのかというと、そうでもなく、相も変わらず腰を低くして詫びるのだった。

 そんなある日、Kが突然酒をやめた。酒をやめれば、当然生活も変わる。夜を外で過ごすこともめっきり少なくなり、あのラーメン屋からも足が遠のいていた。

 ある晩、残業で遅くなったKは、駅前のラーメン屋で空腹を満たすことにした。そういえばシラフでこの店に入るのははじめてだな、と思った。なつかしい匂いだった。塩ラーメンを注文した。その瞬間、オヤジと目が合った。愛想のいいまなざしが返ってきたが、その視線はすぐ手元の鍋にもどってしまった。Kは、しばらくオヤジを見ていた。

 オヤジは、いそがしく麺をほぐしたり、ドンブリを並べたりしている。シラフで見るそれらは、すべてはじめて見るもののように感じられた。鍋、ドンブリ、調味料類……。Kは、なにげなくあたりを見回した。そして、例のガラス窓にたどり着いた。なにも変わってはいなかった。やはり丸見えだった。外を行き交う人々の視線が、Kの顔をさわって行く。
 Kの頭のなかで、突然なにかがスパークした。かつて味わったことのない憤りがこみ上げてくるのを感じた。オヤジが、チラリとKを見たような感じがした。いや、これは「感じ」じゃない。たしかにいまKの様子をうかがったのだ。あの愛想のいいまなざしの奥から、わずらわしそうな視線を発していた。Kは、そのとき気がついた。すべてを悟った。

──このオヤジ、最初っからガラス窓に目隠しなんか、するつもりなかったんだ!!

 酒の入っていない、酔っていない透明なKの頭に、するどい怒りが突き刺さった。Kはラーメンが出てくる前に、金だけを置いて黙って店を出た……

「あのオヤジにとって、俺の頼みごとなんて、ただの酔っぱらいのたわごとだったんだろうな。だから、いい加減な気持ちで、する気もないことを『今度までには何とか……』なんて言っていたんだろう。『やらない』とでも言おうものなら、面倒くさいことになるとでも思ったんだろうか。酔ってる人間は適当にやり過ごすにかぎる、とでも……」とK。
 いずれにせよ、あのオヤジの愛想笑いは、無視の笑いだった。そして、Kはつねに酔いの中で、それに気づかなかった。見落としていた。

 Kはしみじみ言う。「じつにたわいない出来事だから、どうでもいいことなんだけど。ただひとつ言えることは、俺が、今でも酔ってあの店へ行っていれば、あのやりとりを何度も何度もくり返していたんだろうなって気がするんだ。酔うってことは、つまり、くり返しを延々とやることなんだろうな。こわいよね」

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「酒と泪と男と会社」drink2:気まずい話

「こみ入った話」「深刻な話」「気まずい話」をするときほど、人は酒の力を借りたくなる。シラフではちょっと話しにくいことや、長々と話すことになりそうで到底お茶では場がもちそうにないとき、相手にこう切り出す。「折り入って話があるんだけど、今夜あたり一杯やりながら、どう?」と。相手はスケジュール帳をながめ、空いていることを確認してOKする。

 さっそくその夜、二人は連れだって夜の街へ出た。一軒目、居酒屋風の店。乾杯をし、ツマミをオーダーする。しょっぱなからシリアスな話もなんだから、世間話のひとつやふたつする。あたりさわりのない話。最近、犬に服を着せて散歩しているヤツがふえたが、あれはけしからん、だとか。西暦3000年くらいにはタイムマシーンが完成しているかもしれないと雑誌に書いてあったが、もしそうなら、そのタイムマシーンに乗って千年前の今に来ているヤツがいなければならないのに、来た様子がないじゃないか、とか。どこそこのサッカー・チームのゴールキーパーは、なぜあんなにPK戦に弱いんだろう、とか……。酒もほどよく進み、なごやか路線快調という感じになった。

 さて、そろそろ本題に入ろうかと身構えた。が、この居酒屋の騒々しさがわずらわしい。いままで気になったことなどなかったのに、きょうはまったくダメだ。場所を変えることにし、勘定を済ませ店を出る。静かなバーがいいだろうということになって、二人は夜風に吹かれながら歩く。途中、露店をひやかしているうちに結局くだらないオモチャを買うハメとなり、互いに苦笑する。ほろ酔いの晩としては、じつにありがちで、これがまたなんとも言えず気持ちをやわらげる。

 二軒目のバーはなかなか雰囲気のいい店で、「隠れ家」といった感じだ。友人もけっこう気に入った様子。こみ入った話をするには邪魔も入らないし、静かなのでまさに絶好の店だろう。二人はそれぞれオーダーをする。バーテンはすばやく酒を用意し、すばやくグラスをカウンターに並べる。あらためて乾杯。いよいよ本題だ。「で、話というのは……」一端そこで言葉を切り、友人の顔をうかがうと、ややこわばった表情をしているようにも見えるが、今晩のなごやかな運びが功を奏してか、おだやかに聞いてもらえる態勢にある。

「じつは……」いよいよ話を開始しなければならなかった。「なぜ、こういう話を、いまさらしなければならないのか、心苦しいと言えば心苦しいが、お互いの立場を考えると、いまのうちにクリアしておかないと後々しこりになってしまいそうなんだ。いままでも、仕事をしていくうえでこういう難関はあったし、そのたびに乗り越えてもきたのだから、今回のこの話も冷静に受けとめてもらえると思うんだ。言わなければならない俺のほうも、けっこう滅入ってるんだよ……」という具合に、前置きを延々と並べ、やっとこさ核心を告げる心の準備ができた。相手も、相当深刻な話をされるらしいという覚悟がかたまり、首を洗って待つ状態になった。

「おまえと俺とは同期の入社だから、本来俺がこんな話をするのは筋違いなんだが、これも部長の配慮でね。じつは、おまえのポジションなんだが……」と核心に触れようとした瞬間、相手が「あ、ちょっと待った」と話をさえぎる。「あのさぁ、どうせあまり嬉しくない話なんだろうから、もう一杯オーダーさせてくれ。きょうのこれ、部長のおごりだろ? 経費で落とすんだろうからガブガブ飲んでおかなきゃな」と言って、ウイスキーのロックをダブルで頼んだ。じゃあ俺も、ということで同じくロックのダブルをオーダーする。その隙に相手はトイレに立つ。空気が変わる。一瞬、緊張がゆるむ。と、こちらも尿意を催していることに気づく。

 トイレから出てきた相手は、さっぱりとした顔をにこやかに向けた。つられて、こちらの表情もゆるむ。「俺も、小便だ」スツールから腰をはずし、離れぎわに、いま出された新しいウイスキーのロックをずどんと胃袋に流し込む。体の中でぱっと熱さが広がる。友人が「やるねえ」と笑う。「ああ、飲まなきゃいられねえよな」。トイレに入る。膀胱にみっちりたまった尿が、じょぼじょぼ出る。同時に、緊張がじょぼじょぼ抜けていく。「なんかアホ臭くなってきた」ひとりごと。排尿時間がやけに長く感じる。

 戻ると、相手はまた新たにウイスキーのダブルをオーダーし、バーテンがそれに応じているところだった。「また、おかわりしてるよ。おまえが小便に行っている間に二杯もあおっちゃったよ。かまわんだろ?」「ああ」「きょうの酒、妙にうまいんだよ。ヘソ曲がりか、俺?」「かもな」 完璧に空気が変わってしまった。まずい、と思った。
 しかし手遅れだった。
 相手がうかがうような目で、苦笑まじりに言う。「なあ、きょうのところは飲むだけってことにはできないか? どうせ、判決は下りてるんだろ。逃げも隠れもできないんだ。今晩は思いきり、ぱっとやろうや」
 「……ああ、そうするか」

気まずい話ほど、人は飲みたがる。
気まずい話ほど、正気でなければいけないのに。
気まずい話ほど、結局、酔ってしまう。
気まずい話ほど、前へ進まない。

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「酒と泪と男と会社」drink1:インスタント孤独

一日の仕事が終わって、まず最初に考えることは「帰りに一杯やっていこうか、どうしようか」ということだったりする。きょうの疲れを洗い流してくれる清き一杯に身をまかすかどうか、デスクを片づけながら心の中もついでに整理してみる。よし、きょうは軽く飲んでいくとするか……。
 飲む方向で気持ちがかたまるやいなや、つぎに「誰と飲もうか」でちょっと悩むはずだ。できれば気の合う友と最高の時をすごしたいと願うのは、誰しも同じこと。相手をミスチョイスすると、せっかくのひとときが台無しになってしまう。
 頭の中に友だちの顔をつぎつぎと思い浮かべ品定めをする。検索数秒、候補が決まれば、あとは電話をかけるだけだ。

 ところが、いつでも都合よく友が応じてくれるとは限らない。学生時代からの無二の親友Aは、残業でアウト。「友だち以上、恋人未満」の関係B子は、風邪のためパス。社内で唯一気が合う同期のC は、カノジョとのデートがあるためノー。といった具合で、きょうは徹底的に「お相手」に恵まれない。
 空振り、空振り、三振、四振、……こんなとき、あなたはどうするか? ひとり寂しく飲みに行くのか? 「ノー」だ。ではきっぱりと諦めて帰宅の途につくのか? これも「ノー」だ。
 あなたはいま、良き友たちから見放されてしまい、軽い傷心にてこずっている。「たった一夜のこの時間を、共にしてくれる人間にさえ不自由してしまうのか、オレは」……思いもよらぬ、突然の孤独感。インスタント孤独感。 
 ひとりで飲みに行くのもイヤ、家へとぼとぼ帰るのもイヤなあなた。あなたがいましたいと思っていることは、ただひとつ。それは、自分がひとりではないことを、その晩のうちに、なにがなんでも確認しておくこと。なんとしてでも誰かと酒交をあたためる必要があるのだ。
 かくのごとく、ほとんどの酒飲みは、ほとんど毎夜、インスタント孤独に遭遇する危険性をはらんでいる。

 酒飲みのなかには、ひとり超然と飲むことを好むという人もいるが、多くの人は「誰か」が必要だ。仕事では毅然としている人までもが、どうしたものか酒を前にすると人肌を恋しがってしまう。誰かを探し求めてしまう。あなたの職場にもいるでしょ? 夕方になると飲む相手を求め、もの欲しそうにしている人を。
 なぜ人は酒の前にたつと、人肌とか心の温もりとかに、こうも卑しくなってしまうのだろう。

 相手探しの電話はさらにつづく。はじめは「良き友と、酒を」と決めつけていた気持ちも、いつの間にやら「いわゆる友だちと、酒を」と値引きされ、やがては「とりあえず知り合いなら、誰でも」と叩き売りがはじまる。酒に飢えているのか、人に飢えているのか、すでに分からなくなっている。
 あなたの頭の中には「誰でもいいからいっしょに飲んでくれ〜」という気持ちが蔓延しはじめている。こんな時、ふらふらとタイムカードの前に立ち、ひとり肩を落として退社時間を打刻していると、どこからともなくその声の主はにじり寄ってくるのである。「どうだ、たまには、一杯やらんかね」と。そう、その声の主とは、あなたが日頃はもっとも敬遠している上司だったりする。
 もし、このとき、あなたの上司が「どうだね、その辺の喫茶店でコーヒーでも飲みながら、さっきの仕事の話でもしないかね」とのたもうたのなら、あなたは何も考えるまでもなく「すみません、きょうは友人と約束がありまして」と即座にバリヤーをはるはずだ。ところが、「たまには、一杯」にはなぜか抵抗しがたいものがあるばかりでなく、あろうことか「今宵の友得たり」とばかりの安堵感さえわきあがってくるのである。ついでに「きょうは、俺のおごりだ、パッとやろうか」とまでくれば、もう、ほとんどヘナヘナと追従するのみだ。

 そして……、その晩あなたは酒場でどうなっているのかといえば、酔った勢いの上司にいつもよりテンション高くグチグチ、グダグダ説教されながら、ウンザリと悪酔いしているのである。「なんで、こんなヤツと、俺は飲むことにしたんだろう」 悪い酔いにしびれる頭の中で、あなたはぐったりと後悔するのである。ついでに申しあげれば、あなたはこういう後悔を今までに何度となくしてきたはずだし、飲む限りはこれからもすることになる。
 一般的に、酒を「飲む」とは「誰かと飲む」ことを意味している。その限りにおいて、あなたは飲もうと思いつくたびに、インスタント孤独感にさらされるリスクを背負い、人肌に卑しくなってしまうのである。

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