2005年12月14日
「大吉」「中吉」「小吉」「吉」「末吉」「凶」「大凶」、いろいろあれど……
個人的に大好きで、つねづねたいへんお世話になっているお茶づけ。白米さえ食べていれば、とりあえず日本人の日本人たるアイデンティティを保つことができていると思っている僕にとっては、お湯をかけてサラサラと胃袋に流し込めるお茶づけは、たとえ二日酔いのときでさえ食べる意欲をさまたげることのない「イキで謙虚なヤツ」という、まことに好感度の高い朝飯……いや、それどころか“ディナー”だったりする(笑)。
そのお茶づけと言えば「永谷園」だけれど、この冬、“受験生応援おみくじ付きの「お茶づけ」シリーズ”を期間限定で販売しているそうだ。
FujiSankei Business i. (12月11日付)によると──
『「お茶づけ海苔8袋入」「さけ茶づけ6袋入」「梅干茶づけ6袋入」の3品に、12月から来年2月まで「おみくじ付 お茶づけ海苔」を1袋プラス。「おみくじ付…」は合格応援カマボコ入りで、パッケージ裏面には「大吉」「中吉」のおみくじが付いている』という。
“受験生応援おみくじ付き「お茶づけ」”なのだから、当然ながらおみくじが付いていて何の不思議もないのだけれど、やはり、不思議だ。
何がって?
そりゃそーでしょう。「大吉」と「中吉」しかないおみくじ……。
負けがあってこそ勝ちがあるわけで、「小吉」「末吉」くらいは入っていないと、「大吉」の「大吉」たる喜びも薄れるってものではないか。
とは言え、永谷園さんだって、前途ある青年に、一袋のお茶づけをもってして不吉な印を突きつけるわけにもいかないのはよくわかる。
つまり、縁起物としての、めでたき「大吉」「中吉」なんだろうな。
しかし、そこまで考え及んで、ふと思ってしまった。
かりに僕が受験生で、さけ茶づけを買って、「大吉」ではなく「中吉」を引いてしまったときの中途半端な敗北感は、サラサラとしたイキなお茶づけの食感に、どう影響するのだろう(苦笑)。
子供の時にやった、勝ち負けの不明瞭なお正月ゲーム──「勝ち負けにこだわらず、めでたく楽しく遊びなさい」と子供らに声かけるホロ酔いの父ありき──の、ゲーム終了後の対戦同士に漂うドンヨリ感をつい思い出してしまった。
「大吉」と「中吉」、ビミョーな後味(苦笑)。
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2005年12月03日
クイズ
きょうはちょっと趣向を変えて、クイズ形式の文章で始めたいと思う。クイズは単純なもので、下記の文章の◯◯◯の部分を文字で埋めよ、というものだ。3文字で、すべて同じ単語。では、どうぞ。
『栄養学者のフィオナ・ハンター氏は「英国で定期的に◯◯◯を購入しているのは1600万世帯です。でも時折、聞かれる不満はただ一つ、本物の◯◯◯は伸びが悪いということなんですよね」とコメント。同氏は「◯◯◯は数千年の昔から食事の一部。重要なことは◯◯◯を薄く塗ることなのです」と語った』(ロイター通信12月1日付より)
いかがでしょう。わかりました?
◯◯◯は、数千年前から食事の一部で、英国では相当数の家で食べられている。1600万世帯というと、英国全世帯の6割くらいか?
ただ、◯◯◯は薄く塗ることがむずかしい。むずかしいと不満を募らせながらも、数千年間みんな食べているんだから、人間って辛抱強い。
そこで英国イーストサセックスに本社を置くアルフィール・イノベーションズ社があるものを考案し開発した。上の画像が、それ。
その名は『◯◯◯ウィザード』(ウィザード:魔法使い、名人)。
どうです、ピンときました?
かなりの人がわかったのではないかと思うのだけれど、さらに伏せ字のままロイター通信の記事を続けよう。
アルフィール・イノベーションズ社は『《◯◯◯ウィザード》なる携帯用の温度制御付きの◯◯◯容器を発売。◯◯◯を伸ばすのに最適な摂氏18.5度に保つようにできている。《◯◯◯ウィザード》にはファンが取り付けられ、温度を制御するコンピュータチップが組み込まれ、柔らかな食パン、かりかりに焼いたトースト、繊細なビスケットなど食材のテクスチャーに従って、適正温度に微調整することが可能だ』
ということで、もう完璧におわかりいただけただろう。
確かに、冷蔵庫から出したばかりの◯◯◯=バターって、パンの上にきれいに伸びず、固くゴロゴロしたまま、場合によってはパンに穴が空いちゃったりして……。しかしながら人間は長いことそのような境遇に甘んじてきたわけで、「だって、バターってこういう食べ物なんだもの」というあきらめが、いらだちを封じてきたわけだ。
数千年にわたって避けようのなかった、いわば「天災」とも言える、固すぎたりドロドロすぎたりしたバターの災難を、アルフィール・イノベーションズ社は払拭したわけで、この「なめらかなバターの塗りごこちである最適18.5度を実現した」功績は、じつに素晴らしい。
じつに素晴らしいんだけれど……、なんだか笑ってしまう。
偉いような、バカバカしいような(笑)
バターウィザードは英国で34.95ポンド(約7200円)とのこと。
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2005年12月01日
紅心大根の断面に鶴
以前、宝くじが当たったことがある。とは言っても、賞金がいくらかはっきり覚えていないほどの少額で、確か数千円ほどのものだったように覚えている。
じつにわずかな賞金。
ところが、その日から僕の生活がちょっぴり変わった。
変わると言っても、暮らしぶりが派手になるとか、気前がよくなるとかいうことは数千円の賞金ではあり得ないわけで、金遣いは以前とさほど変わらない。
変わったのは、しいて言えば「気分」だ。
宝くじ売場の前を通りかかかると、なんとなく当たりそうな気分になってしまうのだ。
しかも、「1億円」「2億円」をせしめようというのではなく、「数千円で大満足」という謙虚さがこっちにはあるのだから、あっち(宝くじの神様)だって「ま、そのくらいなら、いいよ」と気前よく分け与えてくれるように思えて仕方がなく、つい宝くじを10枚ほど買ってしまう。
1億円のような大それたサプライズではなく、数千円程度のささやかな喜びを待つ気分。実際にはその数千円でさえなかなかめぐり合わないのだけれど、なんとなく“ありそう”な現実感が、手近な幸福感を味わわせてくれたりする。
……そんなことを思い出しながら、僕は上の画像──鶴の吉兆入りとでも言いたい縁起のいい大根をしげしげと眺めていた。
毎日新聞(11月29日付)によると『大阪市住吉区でトンカツ店を営む佐々木さん(61)が「紅心大根」を切ると、赤い断面に、翼を広げた鶴の姿が現れた。友人が近所の八百屋で買った大根を分けてもらい、「酢の物に」と料理中だった。くちばしがくっきり、目の位置に穴も開いていた。酉(とり)年の終わりの縁起ものとして、近所や客の話題に』と報じられている。
「あっ鶴!」と気づき、台所で大根片手、包丁片手に、ささやかな恵みの印を得た佐々木さん。
普段どおりの暮らしの中で、ふと気づくと、鶴の図柄が「鶴は千年」と長寿を呼びかけているような、喜ばしいひとととき。
何の欲気もなく手に入れた吉兆……。
佐々木さんは、きっといま、こんなことを思っているのではないだろうか。
「今まで気にもしていなかったけれど、こういうささやかな幸運って、けっこうしょっちゅう起こっているんじゃないかしら」
きっと、佐々木さん、これから包丁で食材などを切るたびに、その断面を見つめ、「これって、ハートの形?」とか「恵比寿さんが笑ってるよう見えない?」とか、周囲の人に見せて回るようになるのではないだろうか。
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2005年11月19日
くだもの革命
最近、果物が“変身”を余儀なくされているらしい。
皮ごと食べられるブドウ、皮がむきやすいミカン、切ったあと時間がたっても変色しないリンゴ……。
いずれも、その発想の原点に「手間のかからない食べものにしたい」ということがあるそうだ。
通常のブドウなら、食べたあと皮を吐き出さなければならないし、種がある場合は口の中で選り分けなければならない。
ミカンは皮をむくわけだけれども、厚い皮だと、むくこと自体が大変だし、力の加減で中身まで爪が食い込み汁が飛び、食感さえ損なわれることがある。
リンゴの場合、皮をむいて切り分けたが最後、一目散に食べないとみるみる茶色く変色してしまう。
……などなどさまざまな理由があって、くだものが「面倒くさい食べ物」「厄介な食べ物」として敬遠されるようになってしまって、事実、消費量が近年落ち込んでいるのだそうだ。
一概には言えないのだけれど、くだもののライバルは「コンビニで手軽に買えるゼリーやプリン」(産経新聞11月16日付)なのだそうで、確かに容器をパコッと開けて、スプーンをスルッと差し込み、ペロンと簡単に食べられる。
パコ・スル・ペロンにくらべると、果物を食べるという行為は、まさに指先と舌先と歯先の曲芸であって、将来に至っては中国雑伎団級の至芸と目されるようになるかもしれない(苦笑)。
目にも留まらぬ速さでケータイ・メールが打てる人間なのに……
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2005年10月09日
流しそうめん、同志社大生らが最長記録
またもやギネスに偉大な記録が生まれそうだ。流しそうめん最長記録1370メートル! やったね!(笑)
同志社大などの学生が、京都府京田辺市のキャンパスに延々と竹の台をつくり、みごとに最長流しそうめんを成功させた。学生の話によると、これまでの記録は610メートルとのことで、倍以上の距離更新をギネス社に公認申請することになる。
共同通信(10月8日付)が伝える、当日の様子は──
『キャンパス奥のスタート地点で午後1時半、タンクからくみ上げた水と一緒にそうめんが流された。そうめんは、下り坂になっている通路に沿って設置された台をゆっくりと滑り、約50分かけてゴールに到着。見守っていた学生や市民から「やった!」と歓声が上がり、涙ぐむ女子学生の姿もあった』
1キロ以上もの長旅となると、あのツルツルそうめんでも50分も滑り続けなければならないのか。なんとなく「母をたずねて三千里・そうめんバージョン」って感じだ(笑)。
とにかくメチャクチャ大変だったそうだ。しかし、だからと言って、流しそうめんに涙ぐんじゃいかんよ、そこの女子学生さん(苦笑)。気持ちはわかるけれど、流しそうめんは楽しくやらなければね〜
ところで、ギネス社というところは、じつに偉い。
だって、流しそうめんなんて、彼らイギリス人は、ぜってー知らねーぜ。彼らにとっちゃ、まったく未知の営為をまじめに受け入れ、記録してくれてんだから、尊敬と感謝の念を抱かずにはいられない。
「ヘイ、トーマス。ジャパンカラ、ニューレコードダ」
「ジェームズ。ナンノ、ニューレコードダ?」
「ナガシ・ソーメン」
「ファッ?????」
「ナ・ガ・シ・ソー・メン!」
「ファッ、ザ、ヘル、イズ、ア、ナガシ・ソーメン!?」
このあと、トーマスとジェームズは、そうめんがスパゲティより細いバーミセリ系のジャパニーズ・ヌードルで、しいて言えば「thin wheat noodles(小麦粉製の細い麺類)」だということを理解するのだけれど、最終的に、ふたりの意見はただひとつに結着する──
「しかし、どうして、その麺を流さなければならないんだ!?」……(笑)
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2005年09月30日
ハッピーマン!
これこそ「自然の恵み」ってやつ?
見た瞬間、驚きと幸せをブレンドしたような、不思議な気持ちが僕の胸をつついた。
僕はちょっと思いを巡らせてから、こんなことを思った。
あの、竹の切り口にかぐや姫を発見した時のお爺さんは、きっと、いま僕が感じたような驚きと幸せを、たっぷり味わったはずだ、と。
※画像は北海道新聞(9月30日付)より
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2005年09月22日
ハインツ日本から、“逆さボトル”のケチャップ発売
食事の時の食卓というのは、その日その日を彩る料理そのものは別として、食器や調味料の容器はたいがい使い慣れたものが並ぶようになるもので、言い換えれば、見慣れた食器や容器がそこに風景をつくることになる。そんな風景の中、たとえば小さな箸置きがひとつ変わるだけでも、「おっ、新入りだな!」と、まるで転校生を迎えた教室のような、ぎこちなさと嬉しさを覚えるものだ。
ハインツ日本が今月、キャップを下にした“逆さボトル”のトマトケチャップを発売した。この新型ボトルが、わが家の食卓にのっている風景をちょっと想像してみた。
いつでもすぐにケチャップが出る状態になっている逆さボトルは、なかなか律儀で“働き者”の感じがしていい。
今わが家では別のメーカーのケチャップを使っているのだけれど、買ったばかりの頃はたっぷりと容器を満たして出やすい中身も、残り少なくなるにつれてチューブ型の底に居座るようになる。そうなると、容器をクルクル巻きに絞ろうが逆さにしようが、すんなりと中身がお出ましになるわけではなく、結局は、キャップ方向に遠心力がかかるように容器を振り回すという強硬手段におよぶことになる。
それまでの平和的な食卓──音楽で言えばメゾ・ピアノから、いきなりフォルテシモへと激するこの一瞬で、食事の味わいは星ひとつ分くらいはダウンする。
逆さボトルと言えば、最近では歯磨き粉や洗顔クリームなどのチューブがひと足お先に“逆さ組”が増え、使いやすくなった。これらが割合と早く倒立できたのは、クリームなどにはある程度の粘度があるため、“液ダレ”の心配がなあまりなかったためだろう。
その点、ケチャップはかなり液状のものであるから、“液ダレ”防止のための技術が必要となり、ハインツの逆さボトルではシリコン製の特殊なキャップが使われている。
画像からもわかるように、なかなかプロポーションのいいボトルデザインだ。
一度、わが家の食卓にも“逆さ”新風を吹き込んでもらおうか。
あっ、そうそう、あとマヨネーズ! あれも何とかしてほしい!(笑)
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2005年09月16日
1本105万円のコニャック
7代にわたるブレンダーの原酒をブレンドしたもので、日本には約200本が入荷される予定らしい。
人口の割合で言えば世界で50分の1程度の日本に、世界限定超高級コニャックの10分の1が割り当てられるとは、やはりこの国にはお金があるんだな。
かりに、このコニャックを買えるお金持ちが僕の友達にいたとしても、僕はけっして「ちょっとでいいから飲ませてくれ」とは言わない。
でも、「飲み終わったら、そのビン、記念にくれる?」と言ってしまうかもしれない(哀)。
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2005年09月07日
赤塚不二夫・活動50周年記念の日本酒販売
東京都青梅市の『青梅赤塚不二夫会館』(赤塚ワールドを展開するテーマ館)では、赤塚さんの漫画家生活50周年を記念して、オリジナルラベル仕様の日本酒を販売する。ラベルは「バカボンパパ」「イヤミ」「ウナギイヌ」の3種類。青梅市内の酒店でも扱うそうで、期間は12月ごろまでの予定とのこと。(毎日新聞 9月5日付)
ところで、酒ビン(画像)を最初に見たとき、僕はおよそ3つの心的反応をほぼ同時にもよおした。
(1)「バカボンのパパだ!」と、ケッケッケッと笑った。
(2)「一升ビンがこっちを見ている!」と、落ち着かない気分になった。
(3)「酒の銘柄は何?」と、とても気になった。
この状態をひとつにまとめてみると──
「一升ビンと化したバカボンパパに出会った私は、その不意の巡り合わせに思わず笑い声を立てながらも、彼の無垢(むく)とも無遠慮ともとれるまなざしに一抹の不安を覚えつつ、その背後に隠された酒の正体だけはぜひとも知りたいという欲求をつのらせた」
こんなに得体の知れない雰囲気になろうとは……(苦笑)
ちなみに、酒の銘柄は東京の名酒「澤乃井」。1.8リットル(1升)ビン1995円、720ミリリットル(4合)ビン2本組2100円なり。
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2005年08月15日
英国で“耳なし食パン”登場
英国で“耳なし食パン”というものが開発された。
特殊な方法で焼くことによって、パンの外側の固くて茶色い部分ができないようになっているそうだ。
通常の食パンの耳を切り落として売っている“耳切り食パン”は、すでに商品としてあるけれど、最初から耳のない食パンはこれが世界初ではないかと言われている。
時事通信(8月11日付)によると──
『英国の子供たちの67%がパンの耳が嫌いで、35%の親は耳の部分を切って子供にサンドイッチを作っているといわれる。開発した食品メーカーでは、こうした子供や親たちに耳なし食パンは歓迎されると期待している』
数字を整理すると、“耳つき食パン”が嫌いな子=67%のうち(1)35%の親は耳の部分を切り落とし、(2)あとの32%の親は“耳つき食パン”のまま子供に持たせている。また、(1)(2)の67%を除いた、(3)残り33%の子供は“耳つき食パン”が好き、ということになる。
上記の食品会社は、まずは(1)(2)の家庭をターゲットと想定しているのだろう。
ところで、じつは、僕が興味をもっているのは(2)の家庭だ。つまり、子供は“耳つき食パン”が嫌いなのに、親は何らかの理由で食パンの耳を切り落とさずに持たせている。
さて、理由とは?
とりあえず僕が思いつくのは、大きく3つあって、1つめは「切るのが面倒くさいから」、2つめは「耳の部分がもったいないから」、3つめは「味わいとして、そのほうが良いと思っているから」というものだ。
これら3つのうち、僕がとくに興味があるのは3番目だ。
「“耳つき食パン”のサンドイッチのほうが味が良い」と思っている親だ。白くて柔らかい部分だけでなく、外側の固くて茶色い部分も含めて食パンの“妙味”であり、いま自分の子供はイヤがっているけれど、ぜひその味わいに気づいてほしいと願っている親。
「耳の部分は固いかもしれないけれど、よーく噛み締めてごらん。本当は、ここも美味しいんだよ。ほら、パンの香ばしさが、わかるかい?」と。
こういう親にとっては、“耳つき食パン”は大切な食材であり、一方“耳なし食パン”はナンセンスかもしれない。
いわばこれはこれで、食に対する親の“こだわり”というものであろうし、“食育”の原点とも言えるものではないだろうか。
ニュース記事は、次のように終わっている──
『“耳なし食パン”の詳しい製造方法は公表されていないが、特殊な型に入れ、低温で時間をかけて焼くという。値段は普通の食パンより、25%程度高いが、メーカーは「耳の部分を捨てたりすることを考えれば、このほうがお得」と宣伝している』
25%もアップ? ずいぶん高い代償だな(苦笑)
ところで、骨を取るのが面倒くさいという理由で魚を敬遠する子供に、「骨抜き魚」──お金を出して中国の人に骨を抜いてもらうという横着で割高な食べ物──を与えるようになった日本と、この英国の出来事は、どこか似ているような気がしてならない。
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2005年08月13日
子供の食育アンケートで
カゴメが全国の幼児・児童の保護者を対象に、食生活に関するアンケートを実施したところ、子供の好きな野菜/嫌いな野菜は以下のような結果となった。
好きな野菜
1位 枝豆
2位 ジャガイモ
3位 ニンジン
嫌いな野菜
1位 ピーマン
2位 ネギ
3位 ナス
なるほど。
昔は「子供の敵」とまで言われたニンジンが、品種改良につぐ改良で、洗練された甘みのある野菜に変身し、それゆえ子供のフェイバリット野菜にまでなったことは、いつぞやニュースか何かで聞いたことがある。
しかもニンジンはジャガイモとともに、子供たちが大好きなカレーライスのレギュラーメンバーであるということが、好かれる理由となっている。
スターと言えば、ピーマンの“悪役スター”ぶりはつとに有名で、子供たちに「嫌いな食べ物は?」と聞くと、その多くが即座に「ピーマン!!」と顔をしかめつつ“ピー”の部分に思いっきり力を入れて答える光景にちょくちょく出会う。よくぞここまで嫌われたものだ。あの隠し味的なほろ苦さが、子供たちの舌を逆なでてしまうのだろうか。
嫌われ野菜2位のネギは、基本的に薬味キャラだから、子供たちからは理解を得がたい存在なのだろう。
3位のナスも、自己主張の強そうな光沢感ある外皮とは打って変わって、中身のややフカフカした食感とあいまいな味わいは、ある意味“難解”な食べ物と言うべきで、これまた子供たちからは賛同を得がたい。
とまあ、ここまで書いてきて、好きな野菜「2位ジャガイモ」「3位ニンジン」、嫌いな野菜「1位ピーマン」「2位ネギ」「3位ナス」は、それぞれ何となくナットクができる。
が、しかしだ! 好きな野菜1位に「枝豆」が輝いていることに、僕はいまいちナットクがいかない。
最近ではお弁当のおかずとして重宝がられているらしいし、お父さんのビールのツマミとして定番的なそれを子供たちも喜んで食べていることも知っている。
緑色の寝袋のような皮からピョコッと飛び出してくる豆たちの可愛さ、程良い堅さの食感、豆独特のホクッとした味わい……、いずれをとっても人気要素であることはわかる。
僕も枝豆は大好きだ。
でも、枝豆がジャガイモやニンジンを抑えて、野菜の王座につくとなると、何だか落ち着かない(苦笑)。
野菜と言えば、ほかにも大根、トマト、キャベツ、キュウリ……とか、いろいろあるでしょうに。いわゆる、野菜の幹部クラスが!
それらを差し置いて枝豆がキングとは、ひょっとして野菜界に異変が起こっているのかも……。
ちなみに、1999年度の同調査では、好きの1位は「サツマイモ」、嫌いの1位は「セロリ」だった。
サツマイモは、焼き芋がキメ手か。セロリは、昔からピーマンと同様に子供にはウケが悪い。
これなら、異論なくナットクできるんだけど……(苦笑)。
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2005年08月06日
『ジンギスカンキャラメル』
「マズい」と貼り紙をする店まであるのだから、そーとーマズイのだろう。しかも、「(本当)」と念押ししているくらいだから、冗談では済まされないほどマズイのだろう(笑)。
asahi.com(8月5日配信)の取材によると『商談中に吐き出されたり、製造中止を訴えるハガキが会社に届いたりしたこともある』と、そのマズさは筋金入り。
なのに、売れている。
7月には約7万箱(希望小売価格100円)を売り上げ、開発した札幌市の食品会社では、おいしさで人気の『夕張メロン味』を追い抜いてしまったらしい。
味は、ニンニク味なのだそうだけれど、僕には想像がつかない。
誰か食べたことのある人がいたら、ぜひ次の質問にお答えください。
(1)どんな味ですか?
(2)また食べますか?
(3)愛する人にあげられますか?
(4)愛する人からすすめられたら、バクバク食べますか?(笑)
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2005年07月28日
ワイン革命!?
ちょっと面白い記事を見つけた。
これは、きっと世界を驚愕、いや世界を困惑させることになるかもしれない。
その報を、中日新聞(7月22日付)から抜粋する──
『静岡県浜松市のベンチャー企業、イノベーティブ・デザイン&テクノロジー(田中博社長)が、数秒間電気を通しただけで“20年もの”のワインができる装置を開発。アメリカのワイン製造工場で試験導入したところ品質改善効果が明らかになった。8月中にも現地に販売会社を設立、浜松発の技術で世界進出を目指す。田中社長は「ビンテージ(極上)ワインに負けないおいしさの電解ワインを普及させたい」と意気込んでいる』
僕はワインのことはよく知らないけれど、もしこの記事にあるとおりだとすると、これまで営々と築きあげてきたワインの歴史と価値観が大きく変わることになるのではないだろうか。
“時間と手間”というものを大切にしてきた世界なのに、電気をちょっと通しただけで“20年もの”の味わいがたやすく手にはいってしまうのだから、これはワイン関係者にとって驚天動地の出来事になるはずだ。
記事をさらに読み進もう──
『田中社長によると、ワインを電解することで、アルコール分子の周りに水分子が配置され水和性が向上。本来なら長期間の保管で水とアルコールが混ざり合ってできるまろやかな味と香りが、瞬時に得られる。電圧を変えるだけで熟成の度合いを調整することも可能となるという』
原理に関しては、読んでもチンプンカンプン(苦笑)なのだけれど、『電圧を変えるだけで熟成の度合いを調整することも可能』ということは、“5年もの”だろうが“10年もの”だろうが“20年もの”だろうが、お好み次第で瞬時に作れるということだ。ずばり言えば「インスタント」なのだ。これは、おそらく「ワイン革命」と言わざるをえないものになるのではないか。
記事はさらにこう解説している──
『開発直後、ワイン生産国イタリアの食品会社に装置を送ったところ、担当のローマ大学教授が味の劇的な変化に驚いたという。しかし、ワインの伝統を重んじる国柄から製法を変えることに抵抗があり、導入には至らなかった。そこで昨年10月、米カリフォルニアワインを製造するサンフランシスコ近郊のワイン製造工場と交渉し、装置を試験導入した。装置の効果はすぐに証明された。』
この記事のくだりは、じつに興味深い。
イタリアの専門家は、その製法の凄さに驚きながらも『ワインの伝統を重んじる国柄』ゆえに拒絶した。それはそうだろう。数百年をかけて自分たちが積み上げてきた伝統の一部が、“インスタント”に崩されてしまうとなれば、これは受け入れにくかろう。第一彼らにとってワインとは、そのもの自体が芸術であって、たんなるモノではないのだから。そこが旧大陸ヨーロッパの人々たるゆえんだ。彼らからすれば、このたびの新製法はまさに“悪魔の発明”とも呼びたくなるものだろう。
対して、新大陸アメリカの反応はビジネスライクなものだった。彼らアメリカの経営者は、試験したのち「貯蔵時間の短縮でコストが20%削減できた」「熟成の管理ができ、日程を組めるようになった」と、田中社長に感謝状を送ったほどに喜んだらしい。
そして今、田中社長は、アメリカの電解技術製品販売会社の社長らと共同出資し、来月中にも装置の営業販売をおこなう会社を現地に設立する予定なのだそうだ。
この「ワイン革命」のゆくえは、いかなることに。
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2005年07月26日
ある意味、最低最悪のゲテモノ料理
ゲテモノについてあれこれ考えているうちに「あ、これもゲテモノ……、てゆーか、これこそゲテモノかも……」と思い当たるものがあった。
ゲテモノ料理の定義が“キモい食べ物”なのだとしたら、これはかなりキモい。「キモい」というより「最低最悪」かもしれない。しかも驚くことに、たいていの人が体験している、はずだ。
僕はよくそのゲテモノ料理を朝に食べてしまう。
僕は和食系が好きだから、朝は、白いご飯とみそ汁に、お新香、さらに生卵か海苔などを付け、焼き魚があればなおいい。じつは、これにあと一品加えると、ゲテモノ料理が完成する。
もし、洋食系がお好みなら、パンに、サラダに、卵をお好みに調理し、コーヒーなどをセットすれば、まずまずのブレックファストだろう。これにあと一品添えると、やはりゲテモノ料理が完成する。
つまり、このゲテモノ料理は和洋を問わないのだ。いったいどんなゲテか、想像できます?
さて、いよいよもう一品を添えることにする。僕は、食卓の上のテレビのリモコンを手に取り、スイッチを押す。これが“最後の一品”だ。
テレビがつき、どっと音や映像が流れ始める。時刻は、そう、7〜8時頃。朝のその頃と言えばワイドショーの時間。僕たちの身辺の出来事から世界情勢まで、さまざまなニュースを取り上げ提供してくれる。そのニュースの中で、最近とくに多いのが“殺人事件”だ。
僕は、みそ汁をすすり、白米を口に頬ばりながら、その殺人ニュースに目と耳を向ける。
『……被害者の妻とその愛人が2人で、寝ている○○さんの首を絞めたうえで頭を鈍器で殴り、遺体をバラバラにして捨てたそうです……』
僕の頭の中で、その殺人ニュースは具現化し、白米やみそ汁とこねくりまわされ、生卵で味つけされ、焼き魚とともに胃袋に送り込まれていく……
『……まだ5歳の○○ちゃんは食事ももらえず、ベルトやスリッパでたたかれるなどの虐待を日常的に受け、ついに衰弱死。その虐待発覚を恐れた両親は、遺体をバッグに入れて持ち運び、白骨化を待って1年後に町内の墓地に埋めたという、おぞましい事件でした……』
ふんわりと柔らかいパンの上に、カリカリの香ばしいベーコンをのせ、さらにその上に“虐待”や“衰弱死”や“白骨化”をトッピングして、パクつく……
『……妻と子供2人、そして祖父と祖母は首をひものようなもので絞められ死亡しており、風呂場で倒れていた弟のそばには、血痕のついた包丁があったそうです。容疑者の○○は腹部に刺し傷を負い、重傷ということです……』
緑茶やコーヒーをすすりながら、一家惨殺のあらましに耳を傾けるひととき……
『……交際していた女性○○さんの胸や腹など10数カ所をナイフで突き刺して殺害し、さらに灯油をまいて火をつけ、木造2階建てを全焼させるという凶悪な犯行です……』
……食事が終わり、そろそろ仕事でもするかと腰を上げる僕。ふと胃の重みに気づく。と同時に、僕はその時初めて思い至る──自分が人の惨事をおかずにメシを喰らってしまったことに。
最低最悪のゲテモノ料理!
あまりにもむごたらしいことが、あまりにも頻発し、おびただしい惨事に不感症になりつつある時代……
僕たちは、ひょっとして、最低最悪のゲテモノ料理を平気で食べるようになっているのではないだろうか?
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ゲテモノとはカルチャーショックのことなり
僕らが「ゲテモノ料理」などと呼んでいる食べ物の多くは、それを食べているご当地の人にとってはごく普通の料理だったりする。逆に、僕らが常食しているものでも、外国の人から見れば立派な「ゲテモノ」もある。
たとえば、日本人が好んで食べるタコを、気持ち悪がる外国人もいる。タコに限らず、生の魚介類を嫌う外国人は多い。しかしその嫌悪にしても、日本食ブームなどによって緩和され、最近では寿司や刺身などを平気で食す外国人だって珍しくない。
魚の活き造りなどは、僕自身よく食べていながら疑問に思ってしまうことがある。魚がピクピクと断末魔にある光景を眺めながら、「おっ、イキがいいじゃん! うまそー」とか言って口に運ぶのは、食文化うんぬんを超えて、けっこうキモイ。でも、ウマイ。だからこそ、ヤバイ。とは言えども、捨てがたい。しかし……(←わかった、わかった〈笑〉。悩んでるわけね、日本人として〈笑〉)
伊勢エビや蟹料理も、その姿のままドンと食卓にのると、かなりエイリアン的なインパクトがある。
海のないスイスあたりの牛や山羊としか遊んだことのないハイジみたいな子が、日本の家庭に招かれて「どうぞ召し上がれ」とか言われて、特大の毛ガニをドンと目の前に出されたら、きっと卒倒するだろう(笑)。
以前、広告の仕事で、撮影のあとに外人モデル(アメリカ人)を2人連れてお好み焼きを食べに行ったことがあるのだけれど、お好み焼きの上にのっていたかつお節(薄切りの花がつお)を見るなり、「オー・マイ・ゴッ!」と叫んで顔を引きつらせていた。
無数の薄切り花がつおがユラユラ〜ユラユラ〜と揺れ踊るさまが、まるで意志をもつ大型菌類のような謎の生命体にも見え、相当に気味が悪かったようだ。しかも、その謎の生命群とからまってタコの吸盤がこま切れ状に散乱していて、彼女たちにとってそれはすでにこの世の風景ではなかったようだ(あ〜オモシロかった〈笑〉)。
ということで、食べ物に関しては“ホーム”に居るぶんには問題ないけれど、“アウェイ”に行くと何が起こるかわからない。
タイやラオスへ行って、食卓にタガメの姿焼きやタガメの唐揚げやタガメの炒め物が次々と出てきたら、僕は完食できるだろうか?
ベトナムへ行って、“ホビロン”(孵化寸前のアヒルの卵を茹でたもの)で歓待されたら、僕はニッコリ微笑むことができるだろうか? 頭部や羽ができかかったヒナが卵の膜を通して見えているのだ! 僕は気を失わないだろうか?
あの、かつお節にパニクった外人モデルたちをケラケラ笑って眺めていた僕なのに……。
自信ねーーー。意気地ねーーーーー。
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2005年07月25日
猫舌のこころ
熱い食べ物や飲み物が苦手な人(の舌)を「猫舌」という。僕は、この「猫舌」という言葉がなんとなく好きだ。
「猫手」も好きだ。「猫手」は造語で、熱いものが持てない人(の手)という意味で使い、僕の周囲ではこの言葉はもはや日常用語と化している。語源が「猫舌」であることは言うまでもない。
「わたし猫手だから、そのお鍋持ってね」という具合だ。
文末に「ニャー」を付けてもいいかもしれない。英語の付加疑問(,don't you?)のような要領で会話に使ったら、さらに効果的だ。上がり調子の「ニャー↑」は、やや尋ねぎみの場合に。下がり調子の「ニャー↓」は、やや命令ぎみの場合に。
きょうのダンナは機嫌が悪いな、と思ったら、やや尋ねぎみに──
「わたし猫手だから、そのお鍋持ってね。ニャー↑?」
浮気が発覚したりなど、劣勢になったダンナを思う存分こき使いたい時は──
「わたし猫手なんだから、その鍋持ちなさいよ。ニャー!↓」
ついでに、目も猫目になって「化けて出るからね!」といった怨念を込めて威嚇するのもいいかもしれない(笑)。
さて、話は変わって、僕はいま新語「猫頭(ねこあたま)」の普及につとめている。(←真顔で言っている〈笑〉)
「猫頭」とは、ここまでの文脈からあらためて説明するまでもなく、熱いもの(お湯など)が苦手な頭を指している。
なぜ「猫頭」が必要か? それは僕のある体験から出てきている。
僕は、いつも同じ理容室に行っているのだけど、そこはシャンプーのお湯がやや熱めなのだ。しかも、湯沸かし器に問題があるのか、徐々に熱くなっていく! で、僕はたまらず「あ、す、すみません、ちょ、ちょっと熱いようなんですが……」と告げる。
すると、いつもの理容師さんが「あっ、す、すみませんーん!」とあわてて対処するのだけど、その瞬間、どうも互いに気まずい空気が流れるのだ。
そこで、ぼくはいろいろ考えたあげく、先日「猫頭」発言をしてみた。
僕「あ、す、すみません、ちょ、ちょっと熱いようなんですが……」
理容師「あっ、す、すみませんーん!」
僕「いやあ、僕、猫頭なもんで……」
理容師「ね、猫頭?」
僕「はい、頭が猫舌なんですよ。熱いのが苦手で、ニャンとも情けない話ですう」
理容師「なるほど、そういうのを猫頭って言うんですね。わかりました。気をつけま〜す!」
と、まあ、こんな感じでワキアイアイに話が折り合ったというわけ。いつものプチ気まずい雰囲気なし!
ちょっと、笑い狙いのドサクサ感はあったけど、まあ、いけるぞ!と僕は確信した。
この「猫頭」が順調に普及したあかつきには、全国の美容室や理容室の壁には、次のような注意書きが貼られているはずだ。
『猫頭の人は、シャンプーの時に、ニャーとひと声鳴いてください(店長)』
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ヘンな食わず嫌い
こういうのを「食わず嫌い」と呼ぶのだろうか?
僕の場合、フォークとナイフが「食わず嫌い」を招いている。
マナーがよくわからないから……ではない。
使い方がヘタだから……でもない。
じつは、フォークとナイフ──あのメタリックな物体が口の中に入ること自体に抵抗感があるのだ。
僕が子供の頃の大昔、フォークやナイフやスプーンの素材が粗悪で、口に入れたときに漂った陰気な金属臭がいまだ不愉快な記憶としてとどまっている、ということもないわけではないが……。時を経て日本は豊かになり、そういうふとどきな金属臭を含んだフォークやナイフやスプーンにはお目にかからなくなった。
ところが、それでも僕の金属フォークや金属ナイフへの苦手意識は改善されていない。
つまり、“味覚的”な好き嫌いはそれほど問題ではないのだ。なぜなら、食べる前にすでに、金属器への「嫌い」な感じがつきまとっているからだ(ゆえに「食わず嫌い」なのだけど)。
“味覚的”なことではなく、“視覚的”“触覚的”に苦手なのだ。フォークやナイフの金属質を目の当たりにし手にするやいなや、僕は、冷え冷えと光沢を放つ工作器具を連想してしまうのだ。その金属器を、口に運ぶことに抵抗がある。
木製や竹製の“お箸の国”に生まれた僕は、あのメタリック・ツールにいまだに馴染めないでいる。
だから、家で食事をする際は、フォークですることは箸でまかない、ナイフを要するものは直前にカットして皿に盛る。またスプーンは、木製のさじか陶器のちりれんげを使っている。
外で食べる場合は、わがままを言うのも何だから、その場にある食器でそれなりに楽しくパクパク食べている。郷に入っては郷に従え。ノー・プロブレムだ。
その意味では、病的なまでの嫌悪というのはいささかもない。ごくフツーに食生活を送っている。が、「できれば」というほのかな希望がある、ということだ。
格式のあるレストランで「俺は日本人だから、箸じゃなきゃ食わないもんね!」などとダダをこねるほど頑迷ではないが、できれば金属ではなく、ほかの質感のいいフォークやナイフやスプーンがあれば、僕の“食わず嫌い”因子がうごめくこともないのだけど……。
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実家の食卓の、その上に
“おふくろの味”についてウダウダ考えていたら、突然、僕の頭の中にホッケがバァ〜ンと浮かんだ。「なるほど、ホッケか」と僕はひとりごとを言いながら、苦笑してしまった……。
母は、いわゆる家庭料理というものはひと通り何でも作る人だ。いまや70歳を超える高齢であるが、手間を惜しむこともなく、また本人に好き嫌いもなく、煮物、焼き物、揚げ物、炒め物、生の物など、さまざまなものを作って食卓を賑わす。
最近は「みのさんが教えてくれた健康料理よ、これ!」と、新種が加わっていることもある。遊びに行った僕と妻と娘は苦笑する。
とにかく母は、フツーの家庭料理をフツーに何でも作り、にこやかに食べる。
そんな母だが、たったひとつダメなものがある。それが、ホッケ。
僕にとってホッケとは、「食べるのに、ほどよくデカい!」ことが嬉しくて、大好きの部類に入る魚である。たとえばサンマなどとくらべると、はるかにボリュームがあって、バクバク喰えるワイルド感がたまらない。
ホッケは北海道が本場らしいが、いまや全国的に認知度の高い魚だと聞いている。少なくとも東京では、ここ2〜30年の間にかなりポピュラーな魚になった。ということは、逆に言えば、それ以前ホッケは東京ではお目にかからなかったのだ。
僕の記憶の限りでは、最初は当時新興の居酒屋チェ−ン店で酒の肴として登場したのが最初だった。つまり、東京の家庭料理にホッケはなく、その居酒屋チェーン店で大々的に東京デビューを飾った──はずだ。
したがって、東京生まれで、しかも居酒屋に行くことのなかった母は、割合と最近までホッケというものに出会わなかったのだ。ところが、ある日、息子夫婦である我々と居酒屋に行く機会があり、そこで初めて実物のホッケにご対面!となったわけだ。
その時の母の第一声「あら、まあ、ワラジのように大きなお魚だこと!」
僕にとって「食べるのに、ほどよくデカい!」ホッケが、母にとっては「ワラジのように大きなお魚!」だったわけだ。この第一印象は、母のホッケ観に大きな影を落とすことになる。その日その居酒屋で、やや引きぎみの母にホッケを食べさせたのだが、「モサモサする」と言って、ひと口で箸を置いてしまった。
その後、北海道出身者にこの時の話をすると、「今は必ずしもそうではないけど、東京で喰うホッケは質が悪いことがあって、確かにモサモサしてマズいのがあるから気をつけて」との忠告。しかし、それも、あとの祭り。
僕は、あの日の“母vsホッケ”の出会いをいまだ悔いている。もうちょっとじょうずに“お見合い”をさせることができれば、“母vsホッケ”にも蜜月期がおとずれたかもしれない。
母は今でもホッケを食べない。食べないし料理をすることもない。したがって、実家の食卓を飾ることもない。
いつでも僕たちを歓迎してくれ、何でも食べることのできる、“おふくろの味”満載のテーブルなのに、ホッケだけはいまだに姿を見せない。
皮肉なことだ。“おふくろの味”を考えていたら、ホッケを思い出してしまった。
僕がもっとじょうずに、もっと本当にうまいホッケを食べさせていたら……。
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シャリ喰い
子供のころ、僕はネタよりシャリのほうが好きだった。なにしろ、ネタをはずしてシャリだけ食べていたほどだから、それはもう“マニア”の域に達していた。
シャリだけ食べていれば満足する子供だったのだから、金のかからない子として親は喜んだかというとそうではなかった。
「そんなにシャリが好きなんだったら、シャリだけいっぱい作ってあげよう」と親は当然のこととして考え、酢めしをふんだんに作り、それらしい形に握って僕の目の前に出したのだが、1個食べて「No!」だった。似て非なるものとはこのことで、味や食感がまるで違うのだ。そりゃそうだろう。プロの寿司職人が握るシャリと、一主婦が作るシャリが同じわけがない。
結局、寿司屋へ行くことになる。当時は回転寿司などない。基本的に寿司は高級料理だったから、あの頃もし僕が“ママ・シャリ”で満足する子供であったならば、どんなに経済的にラクであったかと思うと今さらながら悔やまれてならない(てほど深刻ではないけどな)。
さて、親もいろいろ考えたようで、寿司屋でシャリだけ注文しわが子に食べさせてみるという試みもしている。しかし、ダメだった。わが子──つまり僕は、何か物足りないものを感じ、1個で「No!」と言っている。何かおいしくないのだ。やはり、一度はマグロとかコハダと数の子とかネタがシャリの上にのらないとダメなのだ。
当時はまだ子供だったから、サビ抜きなのだが──いやサビ抜きだったからこそ、サビの放つ鋭い香りに邪魔されることもなく──いったんネタがシャリにのることにより、そのネタの移り香がシャリに微妙な味わいを加え、その味のほのかなアンサンブルを僕は「おいしい」と味覚していたのかもしれない。しかし、その辺の記憶が定かでないのだ。
あるいは……。味覚ではなく、視覚の問題だったのかもしれない。つまり、寿司としてネタとシャリが一度完成した形を見て満足したのち、「ネタはずし」という子供ながらのプチ調理をほどこし自我の充足感を得たうえで、シャリのみを頬ばっていたのかもしれない。
たとえて言うならば、(ちょっとお下品で申し訳ないが)どうせ裸になるんだからと言って最初から裸でいる女人には興奮のしようもなく、やはり服を脱がせるプロセスがあるからこそ男はエクスタシーを倍加できるのと同じなのかもしれない。
もし、そういうことだとすると……、あの「ネタはずし」の「シャリ食べ」は、どえらくエロな行為ということになってしまう……。ヤバイ。
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3大料理とは?
僕にとっての「世界3大料理」を決めるとなると、ちょっと考え込んでしまうが、「3大料理」ならすぐ答えられる。
僕にとっての3大料理と言えば「朝メシ」「昼メシ」「晩メシ」だ。アハハ。
で、「朝メシ」はどんなものがいいかというと、サッパリとしたものがよろしい。白米、みそ汁、おしんこ。素晴らしい! 梅干しや海苔などあってもいいが、欲張りはいけない。シンプル・イズ・ベスト。日本食の極致だね。
「昼メシ」はファストフードだ。
あくまでも“仕事の合間”にチャッチャと喰うという、ビジーな感じを大切にしたい。このリストラ時代に働けるだけでもたいへん幸せなのだから、まずは仕事、昼メシは二の次……という“男子の本懐”的な殊勝な気分で、コトに当たりたい。
ファストフードというと、まっさきにハンバーグを思い浮かべてしまうが、それでは視野が狭い。
ファストフードは、何と言っても「屋台料理」が原点。屋台料理といえば、そりゃあもうアジアが本場でしょう。ベトナム? タイ? 台湾? それともオオサカ? すべてOK! 寿司だって元をただせば屋台じゃないか。
ということで、「昼メシ」は、広域アジアン・ファストフードがよろしい。
さてと、「晩メシ」だ。
“大家族主義”の国の晩メシがうまそうだな。
ギリシャ料理、というよりは、ギリシャ風大家族のワイワイガヤガヤ料理は楽しいだろうな。
中華的大ファミリーの大円卓ワイワイガヤガヤ料理もうまそうだな。
う〜ん、こうやってメシのことを考えるのって腹が空くよね。
以上、僕の「3大料理」でした。「世界3大料理」でなくてスミマセン。
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