2005年10月24日
拍手千両
向井山朋子(むかいやま ともこ)さんというピアニストが、かつてない方法でコンサートを催す。
共同通信(10月19日付)によると──
『オランダ在住のピアニスト向井山朋子さんが26日、聴き手はただ1人というピアノコンサート「for you」を、横浜市の「みなとみらいホール」で開く。唯一のチケットが(向井山さん自らによって)ネットオークションにかけられ、19日に東京都内の男性会社員(39)が100万円で落札した。
コンサートは、横浜市で開催中の(3年に1度の)現代美術展「横浜トリエンナーレ2005」への“出品作品”として企画された。向井山さんは2020人収容の大ホールで、1人の観客のために15分間、演奏する』のだそうだ。
向井山さんによると、このオークションを含む実演までの全プロセスが、このたびの彼女の作品「for you」だということだ。彼女はこのパフォーマンスのためだけにオランダから片道12時間を費やして来日するそうだ。
ちなみに、このコンサートにかかる総費用は数百万円になるそうで、前出の落札額「100万円」をたんに収支対象として考えることは、向井山さんの試みにおいてあまり意味のないことのようだ。
演奏内容は、古典からジャズ、コンテンポラリーまでを含む、過去400年の音楽から即興をまじえて自由に決定し演奏されるとのことだ。
さて、僕はこの話を読みながら、ずいぶん昔のことを思い出していた。
そう、30年ほど前のことになる。
そのころは明けても暮れてもジャズに溺れていて、ジャズ喫茶のみならず、東京のあちこちのライブハウスに出かけていた。
当時の僕は“ジャズ・オーディエンス(聴き手)”として、ひとつの信念を抱いていて、それは「拍手千両」という一言に込められていた。
そもそも「千両役者」なる言葉はあるけれど、「拍手千両」などという言い回しはない。「千両役者」とは、演技・風格に優れた名優のことを言い、千両の大金を積んでも惜しくない役者のことを意味する。
だとすれば、それを観る観客にだって、それなりの態度や気概というものがあってしかるべきだ、というのが当時の(若気の至りの)僕の考えであった。つまり「俺の拍手は、そんじょそこらの、おざなりの拍手とは違って、心の芯の芯から素晴らしいと思ったら拍手をするし、つまらないと思ったら冷血なほど絶対に拍手しないよ」という姿勢を貫いていた。ゆえに、(まことに自己満足の境地なのだけれど)「俺の拍手は、値(あたい)千金の価値がある。千両の値打ちがあるのだ!」と自負し、ライブに臨んでいた。
ところで、ジャズ演奏の最もオーソドックスな構造は、演奏曲のテーマをメンバー全員で合奏してから、そのあと各演奏者が順繰りにひとりずつ即興演奏をするという形をとることが多く、その個々のソロ演奏こそがミュージシャンの創意(腕)の魅せどころと言っていいだろう(かなり、おおざっぱな説明だけど)。ということは、各ミュージシャンのソロ演奏部分には、とくに注意深く耳を傾けるわけで、良い演奏だと思ったら拍手を惜しまず、つまらないと思ったら無視(ノーリアクション)するという態度をとっていた。
(ここで、ちょっと付け加えておくと、ジャズの演奏に、良し悪しの基準が厳然とあるわけでないので、これはあくまでも「僕が」良いと思ったら良い、つまらんと思ったらつまらない、というきわめて単純な印象・感情・評価に従っている)
30年ほど前のその頃、小田切一巳(おだぎり かずみ)というサックス奏者がいた。夜のステージでリーダー演奏をできるクラスではなかった(落語で言えば、真打ちではなかった)けれど、僕はこのプレイヤーが大好きで、新宿のライブハウス『ピットイン』などの平日の朝とか昼のステージによく聴きに行っていた。
僕は、この人に「拍手千両」を惜しまなかった。
小田切さんのソロ演奏が終わり、良かったと思ったら(ほかの客が拍手していなくても)精一杯拍手を送り、逆につまらないと感じたら(ほかの客が万雷の拍手を送っても)いっさい手を叩かない、という具合だった。
僕はいつも心の中で「小田切さん、俺の拍手は真剣勝負だからね」と気持ちを尖らせ、「俺の拍手は、値千金だよ」と勝手に思い込んでいたわけだ。そうこうするうちに、ふと気づいたのだ。小田切さんは自分の演奏が終わると、チラッとだけれど、確かに、僕を見るのだ。まるで「いまの演奏、どうだった?」と言わんばかりに……。嬉しかった。ファンであることの喜び……。冥利だった。
ところが、ある日、小田切一巳さんは31歳でこの世を去る。
僕の「拍手千両」はさらに続く。
阿部薫(あべ かおる)というサックス(ほかリード楽器)奏者がいた。
このプレイヤーに関しては、多くのジャズ評論家が語っているし、書籍も出ているので、ここで詳しくは説明しないけれども、まさに「伝説の男」と言われた人で、数多くの武勇伝を残している。
いわゆるフリージャズ・ミュージシャンで、このフリージャズという音楽は、それこそ聴き手の“音楽観”“世界観”いかんによって、良くも悪くも深くも浅くも鋭くも鈍くも聴きとれる音楽だ。
さて、とある日の、とある夕方、とある小さな小さなライブハウスに僕は阿部薫さんのソロを聴きに行った。客は、店の関係者以外は、僕ひとりだった。
フリージャズのライブで客が数人しかいないということはさほど珍しいことではないけれども、やはり客が僕ひとりとなると、これはまさしく「阿部薫さんと抜き差しならぬ対決」をしなければならないし、なにしろ僕の信条である「拍手千両」を腹に据えての、一身一聴の構え。
阿部薫さんの一曲目。少なくともこの僕にとって、この一曲目は手応えのない演奏だった。したがって、曲の終了とともに店の関係者は拍手を送ったけれど、僕はお地蔵さんのように表情も変えず何もせず黙って阿部さんを見ていた。シーーーーーーン。
阿部さんは一曲目をアルトサックスで奏でたのだけれど、1曲目のあと、しばらくステージを小回りにうろつき、顔をしかめ、ため息をもらしてから、ひとりごとのように「きのうサックスが壊れて借り物なんで、なんて言うか……」と言ったか「マウスピースがさあ……」みたいなことをモゾモゾと言ったかと思った瞬間、突然2曲目が始まった。と、その一発目の──悲鳴のような怒声のような絶叫のような──音で、僕は阿部さんの世界にいきなり引きずり込まれてしまった。そして終始、その昂揚感は途切れることなく続いた。
その曲の終着とともに、僕は渾身の力をこめて拍手を送った。僕にとっての、一千両の拍手。目に涙をにじませながら。
一対一で、人がナマで奏で、人がナマで聴く、ということは、互いにとっていかに苛烈なことか……。
それから、間もなくのこと、阿部薫さんは29歳でこの世を去った。
さて、最初の話に戻る。
向井山朋子さんというピアニストによる、聴き手はただ1人というコンサート「for you」。
向井山さん自らによるオークションによって100万円という値がついた。僕にとって、100万円という金額にはさして興味はないのだけれど、この「たった1人の聴き手となった男性会社員」が、向井山さんと対峙してどのような反応をするのか、とても興味がある。
このたびの向井山さんのニュースを目にして、久々に「拍手千両」という言葉を思い出した。
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2005年10月21日
ベートーベン「大フーガ」の自筆楽譜
ベートーベンの自筆楽譜が発見されたそうだ。asahi.com(10月14日付)によると──
『ベートーベン晩年の作品で、弦楽四重奏のために作られた「大フーガ」を、ピアノ連弾のために書き直した「大フーガ変ロ長調」(作品134)の自筆とされる楽譜80枚が、米ペンシルベニア州で見つかった。オークション会社のサザビーズなどによると、楽譜は19世紀末に売られた後、行方がわからなくなっていた』とのことだ。
来る12月1日にロンドンでおこなわれるオークションでは、170万〜260万ドル(約3億円)の値が付く見通しらしい。
ところで、僕はクラシック音楽に関しては無知無学なので、このたびの発見がいかに貴重なものか見当がつかないし、楽譜が読めるわけでもないのでその内容を頭の中で奏でられるわけでもないのに、なぜかこの楽譜がとても気になってしまった。と言っても、この楽譜が3億円もの価値があるからということではない。
なぜ、僕はこの楽譜に魅入ってしまったのだろう?
asahi.comの記事には、次のような解説が加えられている──
『(楽譜には)黒、茶のインクのほか、鉛筆、赤のクレヨンなどで加筆、推敲(すいこう)が重ねられ、紙に穴が開くほどの消し跡や、数枚をはり合わせた跡などがある。ベートーベンの情熱と苦悩の曲作りを表しているとサザビーズは指摘する』
上の画像を見ると、確かにその楽譜上には、ベートーベンの“闘い”の跡が生々しく残されていて、失礼ながら「汚れまくって」いる。
とろころで、今日(こんにち)のようにパソコンでさまざまな記述をおこなう我々は、書き終わった最終形──つまり「キレイ」な原稿のみをディスプレイで確認し実際に手にするわけで、そこにたどりつくまでの試行錯誤や躊躇や決断というものの片鱗を目の当たりにすることは、以前ほど多くはなくなっている。
ベートーベンさんのごとく『黒、茶のインクのほか、鉛筆、赤のクレヨンなどで加筆、推敲(すいこう)が重ねられ、紙に穴が開くほどの消し跡や、数枚をはり合わせた跡』を見ることなど滅多にないと言えるだろう。
おそらく、いまの子供たち(いや、子どもだけでなく大人でもいいのだけれど)彼らが、この楽譜を見たら、ひとつの仕事(曲)を完成させるのに、人はいかにThe Long And Winding Road(長く曲がりくねった道)を歩んでいるかが、多少なりともわかるのではないだろうか──と僕は思ってしまったのだ。
だから、僕はこの楽譜に魅入ってしまった。
このベートーベンの楽譜を、ひとりでも多くの子供たちに見てもらいたい気がする。
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2005年10月17日
東大寺大仏殿で奉納オーケストラ演奏
奈良・東大寺の大仏殿で16日夜、関西フィルハーモニー管弦楽団などによる奉納演奏「平和の響奏(きょうそう)」が催された。戦国時代に焼けた大仏復興に尽くした江戸時代の僧・公慶(こうけい)上人の300年御遠忌(ごおんき)法要に合わせた行事で、フルオーケストラが殿内で演奏したのは初めてとのこと。作曲家・林晶彦さんによる奉納曲「華厳音声(おんじょう)・つくられたすべてのものの賛歌」など3曲を、守山俊吾さん指揮のもと60人の奏者が大仏前の特設ステージで演奏した。殿内は厳かな響きにつつまれ、参列者約800人が酔いしれたという。
鎌倉の大仏「もしもし、奈良さん? 鎌倉で〜す」
奈良の大仏「もしもし、鎌ちゃんか! いやあ、久しぶり!」
鎌倉「なんか最近、ずいぶん豪勢なことをやったそうで?」
奈良「ああ、ちょっと室内コンサートをね」
鎌倉「ひぇ〜、うらやましい!」
奈良「キミもやればいいじゃないの」
鎌倉「いやあ、僕なんて奈良さんより五百歳も若いですし。生意気ですよ」
奈良「でもさあ、キミなんて屋外なんだから、大気汚染や酸性雨や鳩のフンやらでけっこう苦労してんだから、もっとねぎらってもらってもいいんじゃないの?」
鎌倉「そ、そんなもんでしょか?」
奈良「そんなもんだって。がんばれよ!」
鎌倉「はっ、がんばってみます!」
鎌倉の大仏さんも、がんばれ!
※画像:asahi.com10月17日付より
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2005年10月15日
『集中力を高めるマーチ』
『集中力を高めるマーチ』というアルバムがある。その効力のほどは、今年の1月に放送されたフジテレビ系『あるある大事典』で医学的に実証されているそうだ。
マーチという音楽は、みんなを元気よく行進させるだけでなく、集中力を飛躍的に高めるという隠し味をもっているらしい。これは、いいかもしれない。
ジャケットを見ると、新感覚受験マンガ&ドラマとして話題になった『ドラゴン桜』の作者・三田紀房氏の書き下ろしイラストになっていて、受験生狙いの商品に仕立てられているけれど、それ以外の、近ごろ集中力に自信がないとお困りのオトナたちにも最適のCDとなっている。
仕事をしていて集中力が低下し始めたときなどに、マーチを耳に注入してやればよいのだ。会社では上司がムリヤリ部下の耳に流し込んでもいいかもしれない。って、それじゃあ、ほとんどリアルに軍隊じゃねーかよ(苦笑)。
このアルバムの選曲・監修は、『あるある大事典』で実験をおこなった医学博士・土田隆氏で、粒ぞろいのマーチ19曲が収められている。
僕の場合、高校生の頃、6曲目の「軍艦行進曲(軍艦マーチ)」にはずいぶん励まされたものだ。学校よりもよく行っていたパチンコ屋で(苦笑)。
──収録曲──
1:旧友
2:ラデッキー行進曲
3:ワシントン・ポスト
4:ボギー大佐
5:星粂旗よ永遠なれ
6:軍艦行進曲
7:アメリカン・パトロール
8:双頭の鷲の下に
9:錨を上げて
10:海を越える握手
11:エル・キャピタン
12:士官候補生
13:ロレーヌ行進曲
14:シカゴ・トリビューン
15:シン・レッド・ライン
16:イタリア軍の帰営
17:海の歌
18:栄光
19:美中の美
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2005年10月08日
ビートルズ様
そのジャケットで使われた、メンバーの蝋人形(頭部)のオリジナルが最近発見され、10月末に競売にかけられることになった。
時事通信(10月7日付)によると──
『「サージェント・ペパーズ」のジャケットで、蝋人形は黒いスーツを着け、本物の4人の左側に配されている。40年近くの間、紛失したと思われていたが、今年になってロンドンにあるマダム・タッソー蝋人形館の倉庫から出てきた。発見された「サージェント・ペパーズ」用オリジナルはジョン・レノン、ジョージ・ハリソン、リンゴ・スターの3人のものだが、マダム・タッソー館でポール・マッカートニーの年代物の頭部を使い、4人をワンセットにする』
上の画像を見ると、ほお、なるほど、この蝋人形が売りに出されるのか。
競売商のクーパー・オーエン氏によると、8万ポンド(約1600万円)の値がつくと見込んでいるそうだ。
ところで、僕は『サージェント・ペパーズ』をほぼリアルタイムで買っているのだけれど、このアルバム・ジャケットを最初に手にしたとき、マリリン・モンローやボブ・ディランなど各界著名人のコラージュとともに、福助の人形(左下)があることを発見し、やけに感動したことを記憶している。
「ビートルズ様が、日本の人形を気に入ってくださったなんて、ああ、もったいない、もったいない!」
『サージェント・ペパーズ』がリリースされたのが1967年で、それよりほぼ1年前にビートルズは来日し、武道館でコンサートをおこなっている。そのときの前座が、ドリフターズ。
当時、僕は幼心にこう思ったものだ。「かっこいいビートルズ様が、あのゴリラ系(失礼!)のいかりや長介さんや◯◯系の高木ブーさんを見て、どう思っただろうか? 日本を嫌いになったのではないだろうか?」
そんなことを本気で悩んでいただけに、福助人形は嬉しかった。
しかし、それからさらに約1年後に、もっと嬉しいこと……と言うよりは、ぶったまげたことがビートルズ様に起こる。
1968年、ジョン・レノンが、ヨーコ・オノという日本女性に出会う。そして、69年に結婚。
「ビートルズ様のジョン様が、日本人と結婚するなんて凄いじゃないか! 同じ日本人である僕も、もっと自信を持たなくては!」
今ほどインターナショナルではなかった三十数年前の日本と日本人が、ジョンとヨーコの結婚から、多くのものを学んだのではないかと僕は思っている。
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2005年09月16日
脱力系スター・ウォーズ
前々から気になっていたCDを、きのう新宿のHMVで買った。買う段になって、CDタイトルを忘れてしまった(と言うより、きちんと覚えていない)ことに気づき、店員にアバウトに尋ねた。
「すみません、『ウクレレ・スターウォーズ』……とか言うCDなんですが……、もしかするとまったく違うタイトルかもしれないんですけど……、あります?」
ロック・コーナーでCDを整理していたその店員は、自分の管轄外の質問にやや戸惑った様子だった。
「ウ、ウクレレ……、スターウォーズ……ですか?」
「はい、そのような名前の……」
賢そうな目つきのその店員は、さっそく近くの端末機で検索を始めるのだけれど、該当商品が見つからない。彼は小首をかしげながら僕に顔を向け、「ちょ、ちょっと聞いてきます」と言うと、中央のレジ・コーナーへ小走りに行った。
僕からやや離れたところにある中央のレジ・コーナーで、その店員は別の店員に聞き、その店員はさらに別の店員に聞き、やっとこさブツが判明。それを持って、例の店員が戻ってくる。「コレ……、でしょうか?」
『ウクレレ・フォース〜スターウォーズ・ベストカバーズ』
そうそう、コレコレ、このジャケット! C-3POのようでそうでないようなロボットと、その右横には、なんとなくR2-D2的なウクレレ(上の画像ではわかりにくいのだけれど、カラーリングがそれっぽい)。
タイトルは『ウクレレ・フォース』、ウクレレのチカラってことね。そうだった。
このCDが、けっこう売れているらしい。
内容は、20世紀フォックス映画社のファンファーレ、さらにはスターウォーズのメインテーマで始まり、レイア姫やヨーダのキャラクターテーマなど全13曲を、ウクレレ・メインのインストルメンタルで演奏している。
なにしろウクレレが中心だから、全体に軽いタッチの曲調に仕上がっていて、それゆえこのCDを「脱力系スター・ウォーズ」と呼ぶことがある(笑)。
脱力系スター・ウォーズの中身──
1:20世紀フォックス・ファンファーレ/ウクレレカフェカルテット
2:スターウォーズのテーマ/宮川彬良&銀河系ウクレレ交響楽団
3:フォースを学べ/栗コーダーカルテット
4:酒場のバンド/ジェームス・ヒル
5:レイア姫のテーマ/キヨシ小林&ウクレレ スウィングギャング
6:ヒア・ゼイ・カム/松宮幹彦
7:帝国のマーチ(ダース・ベイダーのテーマ)/栗コーダーカルテット
8:ハン・ソロとレイア姫/はじめにきよし
9:ヨーダのテーマ/栗コーダーカルテット
10:アナキンのテーマ/松宮幹彦
11:アクロス・ザ・スターズ/ウクレレカフェカルテット
12:オージーの大楽隊/ウクレレカフェカルテット
13:王座の間〜フィナーレ/栗コーダーカルテット
さて、聴いてみた僕の感想。
ウクレレというと、僕はまず最初に『ザ・ウクレレ・オーケストラ・オブ・グレート・ブリテン(大英帝国ウクレレ交響楽団)』という、知る人ぞ知るウクレレ・グループを想起してしまうのだけれど、彼らがウクレレを徹底的に前面に押し出しているのに対し、この『ウクレレ・フォース』では、ウクレレをメインにしながらも、他の楽器と彩りよくからませている曲が多い点に惹かれた。
たとえば、3曲目の「ジェダイの騎士の物語〜フォースを学べ」では、演奏をしている“栗コーダーカルテット”というグループの楽器編成を見ると、ウクレレのほかに、リコーダーやメロディカやトイピアノなどが入っている。
「リコーダー、メロディカ……」と聞いて、何か思い出しません?
子供の頃の学芸会の演奏会って、こういう楽器が主役だったのでは……?
そう、この3曲目などを聴いていると、どこか懐かしい学芸会のような香りがして、ちょっと切ない気持ちになってしまった。
と、まあ、そんな調子で、いろいろ楽しみどころのあるCDだと思った。
週末は、ウクレレ・フォースにひたって、のんびり過ごすことにしよう。
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2005年08月13日
つんく♂ が「クラシック娘。」結成!?
●●●●●大人のための「夏休みの宿題」●●●●●
【問題】つんく+クラシック=?
さあ、どんなサウンドになるか、想像してみよう!
●●●●● 解答は8月21・28日(日) ●●●●●
つんくが、クラシック音楽をプロデュースするという。
つんくがベートーベンの交響曲第5番「運命」の指揮に挑戦したり、「モーニング娘。」のヒット曲を、クラシックの声楽家(ソプラノ5人&メゾソプラノ1人)が、バリバリの“オペラ声”で歌って踊る。彼女たちを「クラシック娘。」と呼ぶらしい。鵜木(うのき)絵里、小沢祐美子、田上(たがみ)知穂、北條聖子、高橋桂、小林由佳らの、若手実力派ユニット(二期会メンバー)。
テレビ朝日系『題名のない音楽会21』(日曜・朝9:00)で、8月21日と28日の2回にわたって放送。
これは見逃せないぞ!(←オヤジ、興奮ぎみ〈苦笑〉)
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2005年08月08日
インドカレー屋のBGM
インドカレー屋さんへ行くと、いつも謎めいた音楽が流れていて、しかもその独特なしらべに耳を傾けていると、あらま不思議、カレーが一段と美味しく食べられる……。これはカレー通には広く知れ渡った、カレー屋さんの常識らしい(本当?)。
ところが「その音楽の正体は?」と問われると、カレー通でさえその全貌を語れる者はいない……。
ということから、“インドカレー屋さんのBGM”解明プロジェクトが発動したらしい。
あまたあるインドカレー屋さんを巡り、流れているBGMをリサーチし、それをもとに曲をセレクトして、インドのレコード会社と交渉すること2年の歳月を費やし、ついに1枚のCDとして結実! その名を『インドカレー屋のBGM』(上の画像) じつにまっすぐなアルバム・タイトルだ(笑)
音楽的には、いわゆる「Bollywood音楽」と言われているもので、つまりインドの映画音楽──たとえば、大ヒット映画『ムトゥ踊るマハラジャ』などで聴くことのできるインド風ポップス──なのだそうだ。
ちなみに「Bollywood」とは、映画の都「Hollywood」になぞらえた呼び名で、世界一の映画生産国インドを指している。
ところで、このジャケット、見ているだけでお腹がすいてくるではないか。しかも、中身を聴けば、さらに食い気は促進され……(ああ、やめて! 中年太りは命取り!)
じつに、キケンなCDだ!(苦笑)
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2005年07月27日
サザンの再発売44曲が、すべてトップ100入り!
サザンオールスターズが、デビュー曲「勝手にシンドバッド」から「TSUNAMI」までのシングル44タイトルを、デジタル・リマスタリングして12センチCDシングルとして発売したところ、7月4日付のオリコンチャート・トップ100に44曲すべてがランクインしてしまった!(6月27日オリコン発表)
これまでの同時ランクイン最多数は、ユーミンの16曲(89年)ということだから、このたびのサザンの快挙がいかに超ド級かがわかる。
今夜あたり“サザン44曲歌いづくしカラオケ大会”ってのはどうだろう? フルコーラスで歌って、ざっと4時間くらいはかかるけど(笑)。
【サザンオールスターズ:シングル全リスト】
1978 勝手にシンドバッド
気分しだいで責めないで
1979 いとしのエリー
思い過ごしも恋のうち
C調言葉に御用心
1980 涙のアベニュー
恋するマンスリー・デイ
いなせなロコモーション
ジャズマン(JAZZ MAN)
わすれじのレイド・バック
シャ・ラ・ラ/ごめんねチャーリー
1981 Big Star Blues (ビッグスターの悲劇)
栞のテーマ
1982 チャコの海岸物語
匂艶THE NIGHT CLUB
Ya Ya (あの時代(とき)を忘れない)
1983 ボディ・スペシャルII(BODY SPECIAL)
EMANON
東京シャッフル
1984 ミス・ブランニュー・デイ(MISS BRAND-NEW DAY)
Tarako
1985 Bye Bye My Love (U are the one)
メロディ (Melody)
1988 みんなのうた
1989 女神達への情歌(報道されないY型の彼方へ)
さよならベイビー
フリフリ'65
1990 真夏の果実
1991 ネオ・ブラボー!!
1992 シュラバ★ラ★バンバ SHULABA-LA-BAMBA
涙のキッス
1993 エロティカ・セブンEROTICA SEVEN
素敵なバーディー(NO NO BIRDY)
クリスマス・ラブ(涙のあとには白い雪が降る)
1995 マンピーのG★SPOT
あなただけを〜Summer Heartbreak〜
1996 愛の言霊〜Spiritual Message
太陽は罪な奴
1997 01MESSENGER〜電子狂の詩(うた)〜
BLUE HEAVEN
1998 LOVE AFFAIR〜秘密のデート
PARADISE
1999 イエローマン〜星の王子様〜
2000 TSUNAMI
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2005年07月26日
MUSICAL BATON(ミュージカル・バトン)が来たぞ!
ついに僕のところにも回ってきました、ウワサの『ミュージカル・バトン』が!
これは海外のブログから始まったネット上の遊びで、音楽に関する質問が「バトン」として回ってきたら、自分のブログ上でその質問に答え、さらに次の5人を選んで、その人たちにバトン(質問)を渡す、というもの。
ま、強制的な遊びではないので、面白いと思った人はさらにバトンを手渡し、やめたい人は気軽にやめればいい。
「baton」には「リレーのバトン」という意味のほかに、「指揮棒」という意味があって、まさしく(指揮棒を握った)自分が采配して「やる」「やめる」を決めればいいわけだ。
で、僕はこのバトンをblog194 さんから受けとりました。
おーし、やりましょう!
さて、以下は、(ルールとして決められている)5つの質問と僕の答えなのだけれど、内容はきわめて趣味的なものなので、面白いと言えるものなのかどうか……。
とりあえず、こういう遊びが、いま世界じゅうでいっきに流行りつつあるらしいということだけ、ぜひお見知りおきください。
【『ミュージカル・バトン』の5つの質問】
1.今PCに入っている音楽ファイルの容量は?
CDひと筋で、PCは活用してないです。(CDショップをブラブラして衝動買いすることなども含めて“音楽を楽しむ”ことだと思っているので。しばらくはこのスタイルで行こうかな、と。
2.今聞いている曲は?
電話をしている相手に「今何してる?」と尋ねると「今? おまえと電話してるじゃん」という、まさにその“今”的な状態としては『リンキン・パーク/ライヴ・イン・テキサス』を聴いてます。ラウド・ロックってヤツですか。娘のライブラリーからの盗み聴き(笑)。
3.最後に買ったCDは?
『ロイス・キャンベル(el-g)+ジーン・バートンシーニ(ac-g)/チャーリー・バードへ捧ぐ』
ジャズです。これは、「JARDIS」というジャズギター専門のマイナーレーベルからリリースされているアルバムです。渋いです。オヤジ好みです(苦笑)。
ジャンル的には、僕はジャズをいちばん多く聴いているのだけれど、その中でも今はギターかな。この半年ほど、ギタリストのリーダーアルバムしか買ってないなあ。
4.よく聞く、または特別思い入れのある5曲は?
(1)ビートルズ『TAXMAN』
(2)ジミ・ヘンドリックス『EZY RYDER』
(3)マイルス・デイビス『ON THE CORNER』
(4)チャーリー・パーカー※彼のすべてのアドリブ
(5)グレン・グールド『モーツァルト/ピアノ・ソナタ第8番イ短調K.310』(と言っても、クラシックのことはまったくわかりません。ほとんど唐突にこれのみ聴いていたのです)
そもそも5曲に絞ること自体ムリがあるので、“僕の青春篇”ってことでピックアップしました。とは言うものの……
ビートルズで1曲だけ挙げるというのも無謀だし、マイルスで『ON THE CORNER』を挙げるなんて、たぶん言語道断(笑)だろうし、グレン・グールドならバッハでしょう、と物議満載なのだけれど、若い頃の僕的価値観「感動より、カッコよさ」というラインでよく聴いていた5曲です(苦笑)。はたして第三者が聴いてカッコいい曲かどうかは保証できませんが……。しかし、こうやって書き出してみると、あれもこれもと書きたくなりますねえ。5曲じゃ収まりませーーーん!
5.バトンを渡す 5名は?
ここは、僕の夢を書かせてください。
以上のような質問をするとしたら、次の5人に聞いてみたいです。
つまり“架空バトンタッチ”ということになります。(誰かつないでくれると嬉しいぞ!)
○ダライ・ラマ
○ナディア・コマネチ
○サダム・フセイン
○ヨーダ
○20年後の自分
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220万人の秘密
「情報化時代」という言葉をあえて口に出すのが恥ずかしくなるほど情報化しまくりまくっている今。
インターネット、テレビ、新聞……、どっちを向いても情報の蛇口があちこちに据えられていて、ちょいと栓をひねればジャージャー情報が流れ出す。
そんな情報ジャージャー時代だというのに、知らないことというのはいっぱいあるもので、最近特にショックだったのは、『信濃(しなの)の国』という歌の存在だ。
この歌、ご存じ? 僕はまったく知らなかった。
長野県の県歌なのだそうで、しかもネットでいろいろ検索したところ「県民のほとんどが歌える」らしい。
県民のほとんど!? 長野県の人口は約220万人だから、きっと200万人くらいは口を揃えて歌えるということになるではないか! これは凄いことだ。
そもそも県に県歌(都には都歌?)というものがあることさえ知らなかったのに、長野県民はみんなが歌えてしまうとは……。(他の県ではどうなのだろう?)
僕の住んでいる東京からほど遠くない長野県で、こんな壮大な“歌プロジェクト”が進行しているとは……。
この『信濃の国』が愛されている証拠には、ユーロダンス・バージョンCD(カラオケ付)なども売られているらしく、これで長野の若者たちは踊り狂っているのだろうか?
ところで、歌詞は全部で6番までとけっこう長い。“長”野だからか。(←つまらねー〈笑〉)
1番だけご紹介すると──
♪信濃の国は 十州に
境連ぬる 国にして
聳ゆる山は いや高く
流るる川は いや遠し
松本 伊那 佐久 善光寺
四つの平は 肥沃の地
海こそなけれ 物さわに
万ず足らわぬ 事ぞなき♪
さすが、県歌。堅い。もろ堅!
これを県民ほとんどが歌えるなんて、凄いことじゃないか! その、県民としての一体感がうらやましい!
年末は、ベートーベンの『第九』じゃなくて、『信濃の国』を大合唱すればいいのに! 善光寺の前で! しかも、一部ユーロビートでダンスしまくったりしてな!(これほど堅めの詞を、どう踊り歌うのだろう? 聴きてー〈笑〉)
本当にほとんどの県民が歌えるのだとしたら、これはもうぜったいニュースになってもおかしくないのに、今まであまり知られていないとすると、それはきっと長野220万県民が申し合わせて秘密にしているとしか思えないぞ!(笑)
その辺の事情を、田中康夫県知事におうかがいしたいぞ!
ちなみに、僕がすぐさま思いつく長野県出身の友だちというのは1人しかいない。
さっそく彼に電話してみた。
「もしもし、長野県出身だったよな」
「そうだけど。何か?」
「あ、いや、じつは『信濃の国』なんだけど、歌える?」
「あ? ああ『信濃の国』ね。歌えるよ」
「本当に?」
「♪し〜なの〜の く〜に〜は〜 じっしゅう〜に〜……♪」
ひとり見っけました!
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『はなっこりーの歌』をご存じ?
僕が仕事机に頭をもたれて居眠りをしていると、どこからともなくボワワンとした音が耳に忍び込んできた。目がはっきり覚めるにしたがって耳は冴え、ボワワンとした音は、エコーがかかったような声であることがわかり、さらにそれが妻の歌声であることに気づいた。なんだかやけに楽しそうだ。
僕は耳を澄ました。
あ、そうか、妻はさっき浴槽の掃除をすると言っていたから、浴室で歌をうたっているのか……。
何やら童謡のような歌が、浴室で響き渡ったすえに狭いわが家を駆け巡っている……。
何だ、この歌詞は?
〜〜♪♪愛情たっぷり ぶちおいしい はなっこりーを食べちゃろう 山口生まれのみどり野菜♪♪〜〜
はあ? 「はなっこりー」って何だ? 山口生まれのみどり野菜? 妻は山口出身だから、これは郷土の歌なのか?……などと思案しながら、気づいたときには僕は浴室の前に立っていた。トントン!
「何の歌?」
「はなっこりーの歌よ」
「はなっこりーって何?」
「野菜」
「ふーん、野菜ねえ。郷土の歌?」
「ちがう、いま流行ってる歌よ」
「流行ってる? ホントに? 知らねーよ!」
ということで、僕はいま『はなっこりーの歌』に関するレクチャーを妻から受けたところだ。
「はなっこりー」とは、中国野菜のサイシンと日本のブロッコリーを掛け合わせて作ったニュー野菜で、山口県農業試験場が開発したそうだ。だから「山口生まれのみどり野菜」で、味は……? すると妻「食べたことない」と言って澄まし顔。オイオイ、食べてもいないモノを歌うのかよ!と一応ツッコミを入れ、僕はネットで調べてみた。
全農やまぐちのHPによると、味は『茎が柔らかいため、花蕾と一緒にさっとゆでると食べられます。鮮やかな緑と甘みがあり、くせがないのでサラダをはじめ、和・洋・中と幅広い料理にも利用でき、野菜の苦手なお子さんにも大変好評です』と書いてある。
収穫期は10月から4月上旬なので、残念ながらいまは出回っていない。ということは、「はなっこりー」を食べていない妻が勉強不足なのではなく、時期的に食べられないわけだ。
ところで、この『はなっこりーの歌』、全国の着メロランキングで4月下旬から4週連続ベスト30にランクインしているというから凄い! 有名ミュージシャンでもなかなか成し遂げられないことらしい。
さて、今後、『おさかな天国』の勢いに迫ることができるだろうか。
ちなみに、歌詞の中の「ぶちおいしい」の「ぶち」とは、山口の方言で「とても」の意味だと妻が教えてくれた。なるほど。
※上のイラストは、はなっこりーイメージキャラクター「はなっこりん」
※『はなっこりーの歌』は、こちらで視聴できます→JA全農やまぐち
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『ライブ・8(エイト)』、そしてあの『ライブ・エイド』
1985年7月、エチオピア飢餓救済を目的に、ミュージシャンのボブ・ゲルドフが主催した史上最大のチャリティ・ロックコンサート『ライブ・エイド』。
そして今年7月2日、同じくボブ・ゲルドフ主催により、アフリカの貧困根絶を訴えるために、『ライブ8(Live 8)』の名のもと世界各地でロックコンサートが開催された。
『ライブ8』の名の起こりは、同時期にスコットランドでおこなわれる主要国首脳会議(サミット)に参加する“8カ国”の首脳に対し、アフリカ支援を強くアピールするために掲げられたものである。
ボブ・ゲルドフを始め、参加アーティストであるU2のボノなどが「政治的な進展をうながすイベントにしたい」と語っている。
『ライブ・エイド』から『ライブ8』へ、20年の歳月が流れた。
「ああ、もう20年も経ってしまったのか」と、僕はため息をつく。
このため息には、ふたつの意味がある。
ひとつは、20年という長きにわたって、いっこうに改善されることのないアフリカの惨状への、暗くて深いため息。
そしてもうひとつは、20年のへだたりをおいて、出演ミュージシャンたちの顔ぶれが大きく変わったことへの、センチなため息。
センチなため息……
ロック界も日に日に変わり、第一線をにぎわす顔ぶれもめまぐるしく変わってきた。ごく限られたスーパースターを除けば。
20年前の『ライブ・エイド』の際、僕は、出演者のほとんどを聴いて知っていたのだけれど、『ライブ・8』に出演予定のミュージシャンたちを眺めると半分くらいしかわからない。ちょっと寂しい。ああ、トシか……(←気がつくのが遅いって〈笑〉)
20年前、自分が聴き知っているミュージシャンとともにアフリカの窮状を考えるという“一体感”は、当時の僕にとってインパクトのあることだった。
ちなみに『ライブ・エイド』の出演者は──
U2、スティング、デビッド・ボウイ、エルトン・ジョン、ジョージ・マイケル、ザ・フー、マドンナ、クイーン、ポール・マッカートニー、フィル・コリンズ、ミック・ジャガー、ティナ・ターナー、エリック・クラプトン、デュラン・デュラン、ニール・ヤング、オジー・オズボーン&ブラック・サバス、スパンダー・バレエ、ダイアー・ストレイツ、ポール・ウェラー、シャーデー、ポール・ヤング、アダム・アント、ブームタウン・ラッツ、カーズ、ブライアン・フェリー、ブライアン・アダムス、トム・ペティ&ザ・ハートブレイカーズ、ウルトラヴォックス、Run DMC、B.B.キング、INXS、ボブ・ディラン、キース・リチャーズ、ロン・ウッド、ジョーン・バエズ、エディ・ケンドリックス、デビッド・ラフィン、クロスビー・スティルス&ナッシュ、ビーチ・ボーイズ、ジューダス・プリースト、ニック・カーショウ、スタイル・カウンシル、シンプル・マインズ、トンプソン・ツインズ、ナイル・ロジャース、ホール&オーツ、ステイタス・クォー、プリテンダーズ、エルヴィス・コステロ、ハワード・ジョーンズ、テディ・ペンダーグラス、アリソン・モイエ、ケニー・ロギンス
そして20年後。
現時点で『ライブ・8』の会場は、ロンドン/コーンウォール/エディンバラ(イギリス・3会場)、フィラデルフィア(アメリカ)、パリ(フランス)、ローマ(イタリア)、ベルリン(ドイツ)で開催されることが決定していて、さらに、東京(日本)、トロント(カナダ)、ヨハネスブルク(南アフリカ)でのコンサート開催が急きょ検討されている模様。
『ライブ・8』では、僕は、およそ半分の出演ミュージシャンを聴き知らぬ状態ではあるけれど、今度はこのコンサートをきっかけに彼らを知り、彼らのまなざしの向こうにあるアフリカ問題を考えてみたいと思っている。
現在わかっている『ライブ・8』出演者は──
(◎は『ライブ・エイド』にも出演したミュージシャン)
(※情報が日々入ってくるので、追加・変更等が多いと思います。誤りがあったらご容赦ください)
【ロンドン】
◎ポール・マッカートニー、◎U2、マライア・キャリー、コールドプレイ、◎マドンナ、◎エルトン・ジョン、◎スティング、ピンク・フロイド、キーン、ミューズ、シザー・シスターズ、ジョス・ストーン、ステレオフォニックス、ロビー・ウィリアムズ、R.E.M.、レイザーライト、ヴェルヴェット・リヴォルヴァー、ザ・キラーズ、ザ・キュアー、ボブ・ゲルドフ自身など
【コーンウォール】
ピーター・ガブリエル率いる「アフリカ・コーリング」に、ンドゥール、サリフ・ケイタ、アンジェリーク・キジョー、トーマス・マプフーモ、マーヤム・マーサルなど
【エディンバラ】
アニー・レノックス、スノウ・パトロール、ダイド、プロクレイマーズなど
【フィラデルフィア】
ウィル・スミス司会、ボン・ジョヴィ、リンキン・パーク、デスティニーズ・チャイルド、デイヴ・マシューズ・バンド、スティーヴィー・ワンダー、マルーン5、ジェイ・Z、サラ・マクラクラン、ロブ・トーマス、キース・アーバン、カイザー・チーフス、P・ディディなど
【ベルリン】
◎クロスビー・スティルズ&ナッシュ、ローリン・ヒル、A-HA、ディ・トーテン・ホーゼン、◎ビーチ・ボーイズのブライアン・ウィルソンなど
【パリ】
ジャミロクワイ、プラシーボ、クレイグ・デイヴィッド、アンドレア・ボッチェリ、ジョニー・アリディ、マヌー・チャオ、ユッスー・ンドゥール、テニス選手から歌手に転身したヤニック・ノアなど
【ローマ】
◎デュラン・デュラン、フェイス・ヒル、ティム・マッグロウなど
ボブ・ゲルドフは言う「我々には問題を防ぐための経済的かつモラル的な術があるのに、貧しい国々の痛みをこれ以上黙認することはできない」
そしてまた彼はこうも言っている「ギターを持った少年少女たちが、ついに世界に働きかける時が来たのだ。我々が20年前に始めたことは、あと数週間で政治的な論点に達する。次に我々がおこなうことは、真剣に、正当に、歴史的に、そして政治的に重要なことだ」
20年、長き時の力……。
関連記事→原子+心+母=?(ピンク・フロイド再結成)
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原子+心+母=?
英国が誇る伝説のロックバンド「ピンク・フロイド」が再結成された!そう言えば今年は、伝説のロックバンド「クリーム」が37年ぶりに復活、さらにクイーンが19年ぶりに世界ツアーで復活など、次から次へと“伝説”が復活しちゃうと、“伝説”のありがたみが薄れてしまう気もするのだけれど、やっぱり嬉しい。
去る7月2日、ロンドンのハイド・パークで開催予定の『ライブ8』(アフリカ貧困救済チャリティコンサート)に出演するため、デビッド・ギルモア(ギター)、ロジャー・ウォーターズ(ベース)、ニック・メイソン(ドラム)、リチャード・ライト(キーボード)が一堂に会した。なんと24年ぶりの音出しだ。
ところで、僕にとってピンク・フロイドと言えば、やはり『原子心母(げんししんぼ)』という作品が忘れられない。このアルバムがリリースされた時、確か僕は中学生だった。
とにかくプログレシブ・ロックというものが一般によく理解されていない頃だったので、「いい!」だの「わるい!」だの「好き!」だの「ヘンタイ!」だの「ロックじゃない!」だの「なんでジャケットが牛なんだ?」だの、ロック好き少年少女はみんなもうゾンビのようにワラワラ集まっては、校庭の一隅などでケンケンガクガクやってましたっけ。
そう、なぜジャケットが牛なのか、あの頃はあまりにも不可解だった(笑)。でも、それももっともなことで、そもそもジャケット制作者が「なるべく、音に関係ないものにしよーや」ってんだから、わかりようがない。しいて言えば“芸術”ってヤツか(笑)。
しかも、あのタイトルだ。『原子心母(げんししんぼ)』 あれが、よくわからなかった!
原題が『ATOM HEART MOTHER(アトム・ハート・マザー)』なんだから、それを、あまりにも素直に訳して「原子」と「心」と「母」をストレートにつなげただけだったのに、そんなことはボンクラ中学生の僕にはわからない。その頃の僕に、原題を確かめるなんていう知識も探求心も余裕も持ち合わせていなかった。
だから、いきなり『原子心母』という文字物体として脳にのみ込んでしまい、なにやらマガマガしきものとして了解していた。
ある日、そのマガマガしき『原子心母』について、ロックバカ友だちと語り合っていたのだけれど、その中の友達Aが突然「あれ?『原子心母』だっけ? 『原子母心』(げんしぼしん)じゃなかったっけ?」と言いだした。すると、いきなり、みんなのあいまいな知識がグラグラと揺らぎ始めた。Aは言った「だってよお、原子の母心(ははごころ)って意味じゃねーの?」
みんないっせいに「なるほど!!!!」
するとBが「いや、『原心母子(げんしんぼし)』だったかも」と言いながら、校庭の土に字を書いた。「な、母子(おやこ)というものは、心の原点みたいな意味じゃねーの?」
みんないっせいに「そうかも!!!!」
アルバム・タイトルが「原」という字で始まるということだけは、みんな意見が一致したのだけれど、あとは『原子心母』派や『原子母心』派や『原心母子』派やらに分かれ、昼休みじゅう大討論。文字の順列組み合わせ騒ぎ(笑)。
今だったら、ケータイ使ってネットでサクサク調べてしまうのだろうけれど、あの頃はそんな高度な情報収集はできなかった。今考えれば、あの時の僕たちの姿は、校庭の一隅で吠える猿人のようなものだった(笑)。
ま、猿人だっけれど、楽しかった。
「ピンク・フロイド、24年ぶりの再結成」の報に触れて、『原子心母』を思い出したついでに、アルバムを懐かしげに見ていたら、ふと収録曲が目に入った。驚いたことに、僕はアルバム・クレジットをきちんと見るのは初めてで、その曲名の凄さに今ぶったまげている。
ぜひ、ご覧ください。
1.原子心母
(a)父の叫び
(b)ミルクたっぷりの乳房
(c)マザー・フォア
(d)むかつくばかりのこやし
(e)喉に気をつけて
(f)再現
2.もしも
3.サマー’68
4.デブでよろよろの太陽
5.アランのサイケデリック・ブレックファスト
(a)ライズ・アンド・シャイン
(b)サニー・サイド・アップ
(c)モーニング・グローリー
どうよ?(笑)
関連記事→ 『ライブ・8(エイト)』、そしてあの『ライブ・エイド』
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33人のピアニスト
40年ほども前の話。
僕が通っていた小学校は私立で、いわゆる“お坊っちゃま・お嬢ちゃま”学校だった。学校全体としては、下は幼稚園から上は大学まで一貫教育をうたっていたのだけれど、僕は小学校の6年間だけをそこで過ごすこととなった。
その学校は音大系ではないにもかかわらず、音楽教育──特にピアノ教育に“間接的に”力を入れていた。
“間接的に”とは、学校の正課としてピアノ教育を設けていたのではなく、生徒が個々にピアノを修得することを奨励していた。したがって、そこに通う子女の多くが幼稚園からピアノを習い、小学校に上がってからも、学校近隣のピアノ教室で個人レッスンを受けていた。
小学校は1学年1クラスで35人。うち31人が幼稚園からの生え抜き。そして残りの4人が新参者で、そのひとりが僕だった。
排他的な学校ではなかったので、生え抜きも新参者もなくみんなすぐ仲良くなれた。みんな本当に仲が良くて、いつも一緒にコロコロと遊んでいた。それだけに、あの、音楽の授業だけは僕にとってつらいものだった。
なにしろ、ほとんどの生徒(生え抜き31人と、新参者のうち2人)がピアノ経験者で──僕にしてみれば、彼ら33人はすでにプロ級のピアニストのように神々しく──授業で生徒がピアノを弾くことはなかったけれども、たとえばソルフェージュ(聴音、初見視唱、リズム打ちなど)では、彼らが難なくこなせることを、僕だけは手こずるだけ手こずって赤面しまくっていた。
まるで、みにくいアヒルの子。
「ピアノさえ習っていれば、こんなつらい思いをしなくてもいいのに!」と悔やみはしたものの、昭和30年代のガキにありがちな「ピアノなんて女のやることだ!」という反発もあって、先生からのピアノレッスンの勧めも拒み続けた。
童話の『みにくいアヒルの子』は最後に逆転ホームランを打つわけだけれど、僕にはそんな晴れ晴れしいことが待ち受けているわけもなく、音楽の授業は毎週毎週ただ拷問のようだった。
学年が上がるにつれ、僕はスッパリ開き直るようになり、みにくいアヒルと言うよりは、カラスのようにふてぶてしく(苦笑)、音楽の授業になるとギャースカギャースカ騒ぐようになった。
4年生の、ある日のこと。
放課後、僕は下校して駅に歩き着いたところで定期を教室に置き忘れたことに気づき、学校に引き返した。
校舎にはすでに人影はなかった。
当直の先生に教室を開けてもらい、定期を身につけ、近道を選んで学校の中庭を横切り、食堂の前を通り過ぎた時だった。夕暮れに沈んだ古ぼけた建物の、窓を開け放ったその中から、ピアノの音がささやかに流れ出していた。
僕はまず舌打ちをしたのを覚えている。「また、ピアノかよ」と。
うんざりのはずなのに、なぜか僕は窓の下へ歩み寄り、そっとのぞき込んだ。どうしてだろう? この学校でピアノの音など珍しいものではないのに。でも、たぶん、その音に惹かれたのだ。
食堂の薄暗がりの向こうでピアノを弾いている男子の背中が見えた。
誰だろう?
薄暗くてよくわからない。
何という曲かもわからない。
彼は、ゆっくりとした曲を静かに弾いていたのだけど、突然動きを止めると、こぶしを振り上げるなり、そのこぶしを鍵盤に振り下ろした。ピアノは「ギャン!」という悲鳴を立て「ザワワーーン」という残響をみなぎらせた。
彼は身をこわばらせている。
静寂……。
彼はまた弾き始める。
そして同じ箇所で、またもや「ギャン!」と鍵盤を叩き、「ザワワーーン」と響き渡る。
また弾き、また「ギャン!」と叩く。
僕の耳には、つつがなく弾けているように思えるのだけれど、きっとミスをしているのだろう。あるいは、気に入らないのだろう。
また「ギャン!」と叩く。
そのたびに僕の目には、彼の背中が「悔しい!」と嘆いているように見える。
「ギャン!」
どうしても、その先に進めない彼の悔しさが、僕に伝わってくる。
「ギャン!」と荒々しく叩いたその指が、次の瞬間、信じられないほど静かに、そしてゆったりとメロディを奏で始める。音がつむぎだす不思議な幸福感に、僕の背中がゾクゾクッとする。しかし、また同じ箇所で「ギャン!」と流れを破壊する。
「ギャン!」
「悔しい!」
彼の背中が発する激しい悔しさが、突然僕を揺さぶった。
わけのわからない感動。
あっという間に、僕の目から涙があふれていた。
食堂の小さなピアニストは苦しんでいた。
たぶん相当な腕前なのであろう、だけど、思うように弾ききれないことに腹を立てている。
ピアノをいたわるだけの余裕のない子供ではあったけれど、それは単なる小学生ではなく確かに“ピアニスト”の気配を漂わせていた。
「ギャン!」「悔しい!」「ギャン!」「悔しい!」……………
その執念のようなものが、食堂の薄暗がりを突っ切って僕を揺さぶった。
僕は窓から離れた。
涙が止まらなかった。
ヒック、ヒックと、肩が引きつっていた。
僕は誰にも見られたくなくて、学校の裏の抜け道から、泣きべそをかきながら駅へ向かった。
食堂の小さなピアニストが誰だか、結局わからなかった。
僕の友だちの33人の中のひとりかもしれないし、同じ学年ではなくて、ひとつ上か、ひとつ下の学年だったかもしれない……。
その後も、僕は相変わらず音楽の授業が大の苦手ではあったけれども、もう騒ぐようなことはしなかった。
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『音楽猫(ムジキャット)』日本デビュー
中国人9人の実力派美女アーティストからなる『音楽猫(ムジキャット)』というユニットが、6月22日に日本デビューした。中国出身の女性ユニットということでは、まずは誰もが『女子十二楽坊』を思い浮かべるはずだ。
『女子十二楽坊』が中国楽器で編成されているのに対し、この『音楽猫』は、バイオリン/チェロなどの西洋楽器奏者と、古筝/竹笛/琵琶などの中国楽器奏者がアンサンブルを組んでいる点が異なる。
サウンドとしては、西洋的“斬れ味”と中国的“艶っぽさ”を基調としているらしく、レパートリーもポップ、ロック、クラシック、ワールド、ラテン、ダンスと、きわめて幅広い。
メンバーの多くが北京の中央音楽学院の出身者で、この中央音楽学院というのは中国ではトップクラスの国立音楽大学だから、日本で言えば「ほとんどが芸大出身者」という感じになるのだろう。“実力派揃い”のユニットと言われるゆえんはそこにある。
さて、上の写真を見ると、確かに“美女揃い”だ。
じつは、僕はこの“美女揃い”というのが苦手なのだ。
美女系がズラーッと並んでいると、互いの美しさを互いに打ち消し合っているように見えて、ひとりひとりの個性が感じ取りにくいのだ。そのため、9人が作り出す“風景”が、意外と単調に見えてしまい、僕の場合けっこう退屈してしまうのだ。(←男として超ヘソ曲がり! バカ者!〈笑〉)
ところで肝心の音なのだけれど、試聴したかぎりでは、ちょっと中東音楽的なフレーバーもあって、いい感じだ。
北京交響楽団の第2バイオリンセクション首席まで務めたチョウ・イェンさんを始め、凄腕9人が繰り広げるサウンドには、とても興味がある。
そうそう、『音楽猫』は「Music+Cat=Musicat:ムジキャット」と読むのだけれど、漢字だけだとどうしても「おんがくねこ」と読んでしまう。
「おんがくねこ」もなかなか小悪魔的でいいじゃないか!(←勝手にイメージ作るなって〈笑〉)
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福島県歯科医師会の『歯みがきサンバ』
福島県歯科医師会が推進している「『歯みがきサンバ』にあわせて歯をみがこう!」という運動があって、子供たちに大ウケなのだそうだ。
今まで歯を磨くのをイヤがっていた子供が、サンバのあいだは体を揺らしながら楽しんで磨くようになったらしい。
歯ブラシを口の中に入れながらの動きはちょっと危険な気もするけれど、「アイデアではあるな」と思った。
そうか、イヤなことは踊りながらやればいいのだ!
会社に行くのがイヤなら、「通勤サンバ」で体を前後左右にバイブレートさせながらノリノリで行けばいいのだ。
学校嫌いには「学校サンバ」、失業者には「失業サンバ」、借金苦には「借金サンバ」……って考えているうちに、そんなことしたら『ええじゃないか運動』のようなものになってしまうなと思った(苦笑)。
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クリーム
本当の本当に「伝説の」と言えるロックバンドが復活した。クリームだ。
名前的にはヤワな感じがするけれど、ヘッヘッヘッ、なめちゃいけませんぜ〜(←ここ、『あしたのジョー』の丹下段平の声で読むと、気分出ますよ〈笑〉)。
クリームは、当時からすでに別格の扱いを受けていて、まだヒヨッコだった僕は諸先輩から「ギターの神様と、ベースの神様と、ドラムの神様がつくったバンドなんだから、ありがたく聴けよ!」なんて脅迫まがいに言われていたのを覚えている。レコードを貸してくれたんだけれど、神様3人に傷でもつけたら天罰くだりそうで、おちおち聴けなかった。
現在、エリック・クラプトン60歳、ジャック・ブルース61歳、ジンジャー・ベイカー65歳。
3人合わせて186歳。スマップ5人を合わせたって153歳なんだから、どのくらい凄いかがわかる(なワケないけど〈笑〉)。
約37年ぶりの再結成コンサートは4公演の限定で、チケットは1700ポンド(約34万円)まで跳ね上がったそうだ。ナマの神様3人拝めるんだから、考えようによっては、安い!(なワケないけど〈笑〉)。
あ、そうそう、じつは僕、ベースのジャック・ブルースが参加した『The INAZUMA Super Session』というライブアルバムの広告コピーを書いたことがあったんだ。
メンバーは、ジャック・ブルースのほかに、鈴木賢司“ケンジ・ジャマー”(ギター)、アントン・フィア(ドラム)という、知る人ぞ知る屈強なユニット。
ジャック・ブルース来日時のライブで、時は1987年。てことは、もう20年も前か。
当時の80年代ロックというのは、「ニューウェイブ」という“何でもアリ”的な時代だったんだけれども、その中で、いわゆる“打ち込みモノ”と言われている……(話がマニアックになってしまうので省略して、要は)デジタル系ロックが結構もてはやされていた。
ジャック・ブルース“INAZUMA”バンドは、そういうデジタルな機械っぽい風潮に警鐘を鳴らすかのごとく……いやいや、そんな堅苦しいことではなく……そういう風潮をせせら笑うかのごとく……いや……んんん、わかんねー……けど、とにかく、ベース、ギター、ドラムというシンプルなユニットで、腹のすわったロックを響かせている。
『人間の太いロック。』
これが、その時の雑誌広告キャッチ。
20年前に音楽専門誌だけでやった、小さな広告のキャッチコピーなのだけれど、今でもよく覚えている。じつは、この広告の担当コピーライターが夜中に過労で倒れてしまい、急きょ僕がピンチヒッターで書いたものだ。
思い出深く、そして、とても気に入っているコピーだ。
パリの4月
春をテーマとした歌は古今東西たくさんあるけれど、その中でとくに好きな曲となると、僕は『April in Paris(パリの4月)』をあげる。ジャズのスタンダード・ナンバーとして知られ、名曲中の名曲と言われている。(←この1曲を知っているだけで、オシャレ度がアップだ!)
なぜ、とくに好きか。
曲が良いということに尽きてしまうのだけれど、さらにはタイトルが素晴らしい。「パリ」と「4月」。この2語が、曲に秘められた“洗練”と“情緒”を鷲づかみにしている。
1932年初演のミュージカル『Walk a Little Faster』の1曲として作られたのだけれど、当時はまったく注目されなかった。僕としては、このあたりの寂しげな生い立ちが、また好きなのだ。
その後、ニューヨークのある女性クラブ歌手が歌うことでヒットし、注目されるようになる。『パリの4月』は、ミュージカルのにぎわいより、クラブのあでやかさが性に合ったのかもしれない。
以来、多くのミュージシャンによって愛され、名唱・名演奏を生んできた。
では、歌詞の一節から──
I never knew my heart could sing,
never missed a warm embrace, till
April in paris, whom can I run to?
What have you done to my heart?
【訳】
私の心が歌を歌えるなんて知らなかった
あたたかい抱擁を恋しいと思いもしなかった
(でも、パリの4月を知った今はちがう)
私は誰のもとへ行けばいいの?
パリの4月よ、あなたは私の心に何をしたの?
僕がよく聴いたアルバムは、女性ジャズヴォーカリスト、サラ・ヴォーンの『ウィズ・クリフォード・ブラウン』(写真上)。
沁みまっせ。
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2005年07月25日
S席17万円のコンサート・チケット
そのコンサート・チケットは、確か17万円だったはずだ。
プレミアムがついてそのような値段になったというのではない。掛け値なしの17万円。
20年ほど前の出来事だけど、そのチケットを“衝動買い”した日のことはいまだに忘れられない。
1987年、ベルリン・ドイツ・オペラの日本公演があるという知らせは、クラシックファンにとってはビッグニュースだった……らしい。「らしい」と書くところから推測していただけると思うのだが、僕はクラシックのことはぜ〜んぜんわからない。
したがって、そのベルリン・ドイツ・オペラによる演目がワーグナーの『ニーベルングの指輪』で、その『ニーベルングの指輪』というのは全4部作で構成されていて、その全4部作の上演時間たるや14時間以上にもなり、それゆえ通しで上演されることは滅多になく、通し上演する場合は4夜──序夜『ラインの黄金』、第1夜『ワルキューレ』、第2夜『ジークフリート』、第3夜『神々の黄昏』にわたっておこなわれる……ということなど、まったく知らなかった。
通常であれば、そのような情報は僕の耳には届かないはずなのだけど、あいにく友だちに一人どえらいクラシックマニアがいて、彼の熱心かつ執拗な吹聴によって、僕もいつのまにやら“ドイツの嵐”に巻き込まれてしまったのだ。
友人は顔を紅潮させ、目を潤ませ、声を嗄らして僕に言うのだ。
「こんな凄い機会は2度とないから、ぜひキミも観に行くべきだ!!」
と言われても、17万円という大金をかけるほど、僕にはワーグナーへ義理はない。「オレはいいわ」と軽くいなした。
すると、このクラシック野郎、しばらく考え込んでから、こう言った。
「全4部作を通し上演するのは、本場ドイツのバイロイト音楽祭くらいなんだよ。キミは17万円でドイツへ行けると思うのかい?」
「17万円でドイツ」……なぜか、この言葉にグラッときた。
クラシック野郎は二の矢を放ってきた。
「キミは17万円が高いと考えているらしいけど、『ニーベルングの指輪』は4夜なんだよ。4つコンサートへ行くと思えば、けっして高くないよ。リーズナブルだよ」
「4夜だからリーズナブル」……なぜか、またまたグラッときた。
クラシック野郎の三の矢は、こうだ。
「演出はゲッツ・フリードリヒだ。彼による演出は、これが最後だと思うよ。最後のチャンスだよ!」
「最後のチャンス!」……命中!
ゲッツ・フリードリヒが何者かは知らないけれど、最後のチャンスとあれば、とにかくあわてなくちゃいけない「わかった! これは何としてでも行かなきゃな! よし、17万かき集めるよ!」
そして僕らは『ニーベルングの指輪』を4夜にわたって観劇した。
僕の席のうしろに画家の横尾忠則氏が座っておられた。
わが生涯で最も忘れえぬ“衝動買い”だ。
なお、何かと話題になる『ロード・オブ・ザ・リング』との関係性だけど、『ニーベルングの指輪』の内容があまりにも複雑で、僕の頭では処理しきれない。17万円もの授業料を払ってるっちゅーのに!(涙) その辺のこと、誰か知ってます?
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森山直太朗
クリスマスの時期にクリスマスがらみの新曲を出すアーティストに“商魂”というものを感じてしまうのと同じように、僕は、森山直太朗が『さくら』でブレイクしたときに、「桜」〜「別れ」〜「卒業式」〜「日本人の涙腺」という、最初の蹴り出しからパスワークをからめ一気にゴールへなだれ込むその“巧みさ”に、ある種の抵抗感を抱いたものだ。
「なんちゅー、あざといヤっちゃ!」
それ以来、彼がテレビなどで歌うときは、「ぜったい好きにならないもんね!」と、そのつど自己確認し、身構えて歌を聴くようにしていた。(なら、聴くなって!)
そのかたくなな態度が奏功してか、僕はつい昨日までアンチ森山直太朗をつらぬいてきた。
ところが! なんてことだ!
つい数分前まで、映画『半落ち』をビデオで見ていたんですよ。で、目に涙を浮かべてエンディングに見入っていたそのとき、突然、天から降りそそぐようなファルセットで始まる切ない歌声が流れ始め、それが僕の脳髄をかちわった!
驚いたことに、歌が終わるまで「誰が歌っているか」をまったく考えもしなかったし思いもしなかったし気にもしなかった。
たとえば……、美しい花を見つけ、それがあまりにも美しすぎて、花の名前を自問することも自答することも忘れ、ただ見とれ突っ立っていたような感じ。ただ聴きいっていただけ。こういうことは、そう滅多にあるもんじゃない。
で、エンディングロールがそろそろ終わろうとするとき、画面の下から上へと上がっていくクレジットの中に──
主題歌 「声」 森山直太朗
見たとたん、「わぁ、やられた!」と叫んでしまった。いや、「まいったぁ!」だったかも…… カンペキに放心状態……
一番最初につまらん偏見をもってしまったために、ずいぶん遠回りをしてしまったよ、あなたの素晴らしさを受け入れるのに。
きょうは『いくつもの川を越えて生まれた言葉たち』を聴きながら、寝る。(オイッ、そのCD、いつ買ったんだよ!)
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