2005年11月21日
ローイ・カトーン
何千、何万という光が、闇夜を彩っている。(画像:AP=共同11月20日付) タイ北部・チェンマイに伝わる、灯籠流しに似た「ローイ・カトーン」という伝統行事だそうで、旧暦12月の満月の夜(だいたい11月上旬)におこなわれるそうだ。
「ローイ」は「流す」、「カトーン」は「灯籠」の意味で、昔から川とともに生きてきたタイ人が、川の神に感謝の気持ちをあらわし、皆で祭るために催す。バナナの葉で作った灯籠に、花、ロウソク、お線香を盛り飾って、川に流す……
いろいろ調べてみると「ローイ・カトーン」の行事に合わせて、「コート・ローム」と呼ばれる小さな熱気球を夜空に上げるらしく、画像で見ている光の物体はどうも「コート・ローム」のようで、それら祭器類を総じてこの行事を祝しているようだ。
このコート・ロームは、竹と紙で作った風船のような造りで、火のぬくもりによって熱気球のようにフワフワと浮上する仕組みとなっている。
僕はこのブログを、たまたま夜中の1時頃に書いているのだけれど、シーーーンとした静けさの中で、心をできる限り穏やかにし、画像をジーーーッと見ていたら、この光の光景が動画ではなく静止画像ゆえに当然ながら動きはないので、光の群れの一瞬が、じつに不思議な印象を僕に投げかけてくれた。
それはどういう印象かというと──
●この光の群れは、人々の手から放たれ、空に向かって舞いのぼっている。と事実どおり見ることもできるし、
●この光の群れは、限りなく高い天空から飛来してきて、地上の人々に近寄ってきている。と感じ取ることもできるし、あるいは、
●この光の群れは、じつはいつも人々の頭上や人々の間に、寄り添うようにいて、たえず何かを話しかけている。と、思えるようでもあった。
僕は一枚の画像と向き合って、しばらくのあいだ語り合ってしまった、無言で。
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2005年11月05日
『卯三郎(うさぶろう)こけし』のサンタさん
街では早くもクリスマスツリーが登場して、いっきにファンタジックな気分へと向かっているようだから、僕のブログもひとつ、クリスマスの香りのするものを。群馬県の『卯三郎(うさぶろう)こけし』という、こけしメーカーが作っている「サンタこけし」がたいへんな人気なのだそうだ。
卵形の木材に手描きでサンタさんが描かれていて、その可愛らしさに、国内だけでなく海外からも注文がきているらしい。すべて手作業なので、スタッフ全員で取りかかっても1日200個が精いっぱいなのだそうだ。(asahi.com11月3日付より)
見ているだけで、気分もまんまるになるネ。
マル〜イ・クリスマス!
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2005年10月10日
那覇で、全長200メートルの“世界一の大綱引き”
沖縄だから「オキナワ」→「オオキイナワ」→「オオツナ」→「オオツナ引き」ということかと思ったら、「那覇大綱挽」は琉球王朝時代からの伝統行事で、けっしてダジャレから生まれたものではなかった。共同通信(10月9日付)によると──
『直径1・56メートル、全長200メートル、重さ約43トンの綱で綱引きをする伝統行事「那覇大綱挽」が9日、那覇市内の国道で行われた。使用された大綱は1997年、ギネスブックに世界最大と認定された那覇大綱挽のものよりも長さと重さが上回り過去最大』とのこと。
全長200メートル!
あの怪獣モスラの幼虫が(歴代中、最大のもので)180メートルという想定だから、それより長いことになる。凄い!
さらに記事を読んでみると──
『小雨が降る中、参加者と見物人合わせて約28万5000人(主催者発表)が集まった。東西2チームに分かれて綱引きは行われた。午後4時半ごろ、参加者らは「ハーイヤ」の掛け声や太鼓の音に合わせ、大綱に結び付けられた枝綱を懸命に引っ張りだすと、開始後約17分後に西側が勝利した』
参加者と見物人を合わせると、約28万5000人!
満員御礼の甲子園球場“約6個分”の人、人、人、人、人……
「ハーイヤ! ハーイヤ!」のかけ声が飛び交い、東西に巨体を伸ばした大綱が、ズズ、ズズ、ズズズッとうごめく17分間の攻防!
ああ、一度でいいからナマで見たいものだ!
ところで、僕がひそかに「ありんこ写真」と読んでいるものがあって、つまり、いまここで見ているような写真もそれにあたり、じつは、僕はとても好きなのだ。
「ありんこ写真」の定義は、(1)おびただしい数の人間が写っていて(2)その人たちはひとつの目的のために居合わせ(3)みんな熱中している──といった感じだろうか。
子供のときに、庭の隅にお菓子のかけらなどを置いておくと、いつのまにか蟻の大群がやってきて、みんなでセッセセッセと運んでいるのを眺めていると、その一致団結した姿がなんとも頼もしく、また楽しそうに見えた記憶がある。
しかし蟻だって、一匹一匹リサーチしてみれば、きっとマジメ一筋の働き者ばかりでなく、怠け者やヘソ曲がりや腹黒いヤツやいろんなのがいるはずで、でも、「お菓子を運ぶゾ!」と声がかかると「エイエイオー!」と気持ちをひとつにして頑張るわけだ(と僕は、勝手にそう思っている)。
人間もじつはそうで、おびただしい数の人間が集まれば、そこに居合わす一人一人は性格も違えば境遇も違う。幸福だったり、あまりそうでなかったり。悩みも夢も喜怒哀楽も、みんな千差万別に異なる。いいヤツもいれば、ワルもいるかもしれない。
でも、ほら、写真を見てほしい! このときばかりは「綱引きをやるゾ!」と誰かが声をかければ、みんなが「エイエイオー!」と心ひとつに頑張るじゃないか!
この力強い光景に、僕は人間の一致団結の凄さを感じる。
そう、これが僕の好きな、とても素晴らしい「ありんこ写真」。
【ほかにもこんな“ありんこ写真”があります】
・人間の塔 in スペイン
・151人がスカイダイビング“フォーメーション世界記録”
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151人がスカイダイビング“フォーメーション世界記録”
これも、僕の好きな「ありんこ写真」だ。まさに空前絶後のチームワーク!
素晴らしい!
この記事はロイター通信(10月5日付)より──
『米カリフォルニア州ペリス上空で9月30日、151人のスカイダイバーが8機の航空機に分乗、一斉に機外にジャンプ、スカイダイビングのフォーメーション世界記録を達成した。18回目のジャンプで成功したもので、その時の写真がこのほど公表された』
新記録を作ったのは、「大義のためのジャンプ」と呼ばれるNPOの女性メンバーとのこと。
えっ、全員女性!?
凄い!
空飛ぶありんこ! 頑張れ!
【ほかにもこんな“ありんこ写真”があります】
・人間の塔 in スペイン
・那覇で、全長200メートルの“世界一の大綱引き”
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2005年09月20日
最新鋭ジェット機と小学生らが綱引き
人間というのは底知れぬところがあって、時として「こんなことをよくぞ思いついたもんだ!」という出来事にぶつかる。たとえば、この画像。
最新鋭のボーイング777-300ER型機と小学生らが綱引きをするというイベント。なんでも9月20日は“空の日”なのだそうで、その日を記念しての成田空港での恒例行事らしい(今年は19日開催)。
じつはこのイベント、2001年の米国同時多発テロ以降、保安上の理由で中止されていた。そして今年、ようやく再開されたものなのだ。
共同通信(9月19日付)によると──
『ジェット機は約170トン。主脚と前脚に結ばれた3本の綱を、(参加した小学生たちが)「そーれ」と体重を預けるように引っ張った。子供たちだけではびくともしなかったが、保護者も加わると一気に動きだし、大きな歓声が上がった』という。
ジェット機を人力で引っ張るという、大胆と言えば大胆なアイデア、夢があると言えば夢がある試み、バカバカしいと言えばバカバカしい作業を、みんなで楽しむ人間って、やっぱり底知れぬ面白さがある。
※画像は時事通信より
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2005年09月14日
サイレント・ディスコ
参加者全員がヘッドホンをつけて音楽を聴き踊る「サイレント・ディスコ」というものが、ヨーロッパで流行りそうな気配だ。
CNN.com(9月11日付)によると──
『サイレント・ディスコを考案したのは、演劇やテレビのプロデューサーだったニコ・オッカース氏とミヒャエル・ミンテン氏。両氏は2年前に「433fm・ドット・コム」という企業を設立し、自分たちもサイレント・ディスコのDJとして活躍している
参加者がヘッドホンを特定の周波数に合わせると、音楽が聞こえてくる仕組みだ。ヘッドホンを持たない傍観者に見えるのは、静寂の中で踊る集団だけ。ミンテン氏によれば、自分たちだけが同じ音を共有しているという「特別な一体感」が、人気の秘密だ』という。
ニコ・オッカース氏とミヒャエル・ミンテン氏はオランダ人で、オランダの各地でこのサイレント・ディスコが開催されているほか、国内にととまらずベルギー、スペイン、イタリア、スコットランドなどでも催され、好評を博している。
CNNは、さらにこう報じている──
『サイレント・ディスコの試みは今年6月、英西部で開かれた野外音楽祭「グラストンベリー・フェスティバル」で話題を呼んだ。夜遅くまで流れる音楽が近隣住民への迷惑にならないよう、主催者が騒音対策として導入したという。参加者は配られたヘッドホンを好みの音量や音質に合わせ、真夜中のディスコを楽しんだ』のだそうだ。
なるほど!
『自分たちだけが同じ音を共有しているという「特別な一体感」が、人気の秘密』であるだけでなく、騒音対策という、環境系のニーズにも応えているのか。
人口が密集し、互いの生活空間が密接している都市部では、このサイレント・ディスコの応用がいろいろと考えられそうだ。
昔なら地域の祭事として近隣住人に容認されていた「盆踊り」だって、今では「夜遅くまでやられると迷惑だ」と思っている人だって少なからずいるのではないだろうか。
だったら「サイレント盆踊り」ってのはどうだろう?
夜遅くなったら、まだ踊りたい人たちはみんなヘッドホンをつけ、やぐらの上のサイレント電子太鼓に合わせて踊りまくる。手にはサイレント電子手袋をすることで、みんなの手拍子はヘッドホンに反映され、踊りのライブ感を高める。
こうなれば、もう騒音など気にしなくていいから、踊りたいヤツらは朝まで踊っちゃおう!
早朝、新聞配達が盆踊り会場のそばを通ると、朝日を浴びながら踊りまくっている一団がいたりして(笑)
サイレント盆踊りがOKなら、サイレント阿波踊りだってOKだ。
シーンと静まり返った高円寺の商店街(いまや東京・阿波踊りのメッカ)に一歩足を踏み入れると、そこにはヘッドホンをつけた踊り手や観衆・数千人が、静寂の中で興奮のるつぼと化しているのだ。
想像するだけで……、すっごくコワい(笑)
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2005年07月26日
「第1回 全日本チーム対抗水てっぽう選手権」開催
来る7月30日、よみうりランド(東京都稲城市)にて「第1回 全日本チーム対抗水てっぽう選手権」が開催される。参加資格は、1チーム5人で、小学生以上なら誰でもOKとのこと。
正直言って、天下を取るチャンスかも!……と思った(笑)。
いやいや、笑い事ではない。
「全日本」とうたっている限りは、ここで優勝すれば“日本一”なわけだ。
そうすれば、名刺とか表札とかTシャツとかに「第1回 全日本チーム対抗水てっぽう選手権 優勝者」と刷り込むことができるじゃないか!(←いねーよ、そんなヤツ〈笑〉)
ま、どんなことでも“日本一”となれば、それはそれで凄いことなのだ。
僕の経験から言うと、「第1回」というのは狙い目だ。
こういうものは、回を重ねるにしたがって注目を集め、エントリーも増え、したがって戦いのレベルも上がっていく。そうなると、それなりの身体能力や練習量が必要となってくる。
今がチャンスだ!(←オイオイ、誰をあおってるんだ?〈笑〉)
戦い方は、いたってシンプル。5人チーム単位でのサバイバル方式だ。
頭に「ポイ(金魚すくいの時の紙受け)」を装着し、それを互いに水鉄砲で撃ち合う。「ポイ」が破れた時点で失格。特別にコートが作られていて、そこから出ても失格。5人全員が失格したら負け。もしくはタイムアップ(1試合5分)で生き残り人数の多いほうが勝ち。
なおコートは、自分の陣地ゾーンと、相手チームと直接バトルできるフリーゾーンで形成されているので、攻防におけるゾーンの使い方など、それなりの作戦と練習が必要だろう。
あと1カ月以上あるから、これからチームを作ってマジで練習すれば優勝できるかもしれない!
ところで、優勝賞金は5万円だ!
1人頭1万円の賞金と、“日本一”の称号とくりゃあ、悪くあるまい。
どうよ!(←だから、さっきから誰をあおってるんだっての?〈笑〉)
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ザ・モスト・インプレッシブ・ライアー
今まででいちばん忘れられないエイプリルフールと言うと、僕がまだ広告制作プロダクションに勤めていた頃に出くわした、あの「ウソ」だろう。
そのプロダクションは、デザイナーやコピーライターなどのクリエイターが20数人、事務職が数人という構成だった。
社長はもともと小さな印刷会社を経営していたのだけれど、「これからはクリエイティブの時代だ」ということで、制作プロダクションをおこしたのだそうだ。商売の腕は確かだったようで、会社は順調に伸びていたのだけれど、現場レベルでは不信感がつのっていて「あの社長、ほんとに広告わかってんの?」という声がうずまいていた。見た目も零細企業の貧乏社長という感じで、クリエイターたちからは評判がよろしくなかった。
そのような事情で、社長と社員たちはいつもギクシャクギクシャクしていた。
そして、ある年の4月1日がやってきた。
この会社の出社時刻は10時なのだけれど、社長はいつも9時前には出社していた。そして9時半頃からは事務職が現れ、クリエイターたちは10時ギリギリもしくは遅刻してやってきていた。
その4月1日も、社長はいつものように一番乗りでビルの入口の鍵を開けると、2階の社長室へ上がった。そして、いつものように自分で茶をいれ、新聞を読み始めた。
それから15分ほど経ち、経理課長が出社したのだけれど、彼はビルの前で立ち往生していた。入口の扉には一枚の紙が貼ってあり、ワープロ文字でこう記されてあった。
『当ビル、ガス施設にトラブルあり。社員の入館を禁ず。喫茶店○○にて待機のこと』
経理課長は仕方なく喫茶店○○へ行った。すると、喫茶店のウエイトレスが「アド○○○○の方ですよね?」と尋ねる。彼がうなずくと、ウエイトレスが「お代は会社のほうで支払われるとのことです」と言う。待機命令なんだからコーヒー代を会社で持つのは当たり前だろう、などと思いながら彼は注文した。
9時40分を回った頃から社員がぞろぞろ入ってきた。「タダ」と聞いてモーニングを注文する者や、チョコレートパフェを注文する者まで現れ、店の中は大混乱。テーブル席もカウンター席も当社社員でいっぱい。そこへ、誰かが新入社員を連れて入ってくる。「ついでだから新人歓迎会をやっちゃおうよ!」ということで、みんなが拍手した。
と、その時、喫茶店のドアが勢いよく開き、そこに社長が顔をこわばらせて立っていた。社長のただならぬ雰囲気に、みんないっせいに静まり返った。
社長の手には貼り紙が握られていて、それを高らかに掲げると声を張り上げた。
「誰だ!こんなロクでもないイタズラをするのは!!!」
社長はさらに貼り紙の裏をみんなに見せた。そこには『本日エイプリルフールにつき』と書かれてある。社長のただならぬ怒気に、誰も口がきけない。社長は「早く仕事をしろ!」と怒鳴るなり店を出ていってしまった。会社持ちだったはずの飲食代は、いちばん上のディレクターが自腹を切ってくれた。
さて、それから1カ月ほど“犯人さがし”が続いたのだけれど、まったく見つからなかった。誰が喫茶店に「飲食代は会社持ち」と電話したのかもわからなかった……
そして、その話題もいつしか飽きられ、忘れ去られていった……
それから10年ほどが過ぎ、僕は広告代理店で仕事をするようになっていたある日、その社長とばったり会い、酒を飲むことになった。
昔話に花が咲き、いつしかあの“エイプリルフール事件”の話になっていた。僕が「誰が犯人だったんでしょうねえ」と言うと、社長は涼しい顔で「あれは私だ。私が仕組んだ」と答えるではないか! 「ええええええ!」と驚く僕を、面白そうに眺めながら社長が言った──
「このことは誰にも言うなよ。きょうみたいに、昔の社員に会うたびに、一人ひとり驚かしてるんだから」
ただの貧乏くさいオヤジだと思っていたのに……。参りました!
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そのプロダクションは、デザイナーやコピーライターなどのクリエイターが20数人、事務職が数人という構成だった。
社長はもともと小さな印刷会社を経営していたのだけれど、「これからはクリエイティブの時代だ」ということで、制作プロダクションをおこしたのだそうだ。商売の腕は確かだったようで、会社は順調に伸びていたのだけれど、現場レベルでは不信感がつのっていて「あの社長、ほんとに広告わかってんの?」という声がうずまいていた。見た目も零細企業の貧乏社長という感じで、クリエイターたちからは評判がよろしくなかった。
そのような事情で、社長と社員たちはいつもギクシャクギクシャクしていた。
そして、ある年の4月1日がやってきた。
この会社の出社時刻は10時なのだけれど、社長はいつも9時前には出社していた。そして9時半頃からは事務職が現れ、クリエイターたちは10時ギリギリもしくは遅刻してやってきていた。
その4月1日も、社長はいつものように一番乗りでビルの入口の鍵を開けると、2階の社長室へ上がった。そして、いつものように自分で茶をいれ、新聞を読み始めた。
それから15分ほど経ち、経理課長が出社したのだけれど、彼はビルの前で立ち往生していた。入口の扉には一枚の紙が貼ってあり、ワープロ文字でこう記されてあった。
『当ビル、ガス施設にトラブルあり。社員の入館を禁ず。喫茶店○○にて待機のこと』
経理課長は仕方なく喫茶店○○へ行った。すると、喫茶店のウエイトレスが「アド○○○○の方ですよね?」と尋ねる。彼がうなずくと、ウエイトレスが「お代は会社のほうで支払われるとのことです」と言う。待機命令なんだからコーヒー代を会社で持つのは当たり前だろう、などと思いながら彼は注文した。
9時40分を回った頃から社員がぞろぞろ入ってきた。「タダ」と聞いてモーニングを注文する者や、チョコレートパフェを注文する者まで現れ、店の中は大混乱。テーブル席もカウンター席も当社社員でいっぱい。そこへ、誰かが新入社員を連れて入ってくる。「ついでだから新人歓迎会をやっちゃおうよ!」ということで、みんなが拍手した。
と、その時、喫茶店のドアが勢いよく開き、そこに社長が顔をこわばらせて立っていた。社長のただならぬ雰囲気に、みんないっせいに静まり返った。
社長の手には貼り紙が握られていて、それを高らかに掲げると声を張り上げた。
「誰だ!こんなロクでもないイタズラをするのは!!!」
社長はさらに貼り紙の裏をみんなに見せた。そこには『本日エイプリルフールにつき』と書かれてある。社長のただならぬ怒気に、誰も口がきけない。社長は「早く仕事をしろ!」と怒鳴るなり店を出ていってしまった。会社持ちだったはずの飲食代は、いちばん上のディレクターが自腹を切ってくれた。
さて、それから1カ月ほど“犯人さがし”が続いたのだけれど、まったく見つからなかった。誰が喫茶店に「飲食代は会社持ち」と電話したのかもわからなかった……
そして、その話題もいつしか飽きられ、忘れ去られていった……
それから10年ほどが過ぎ、僕は広告代理店で仕事をするようになっていたある日、その社長とばったり会い、酒を飲むことになった。
昔話に花が咲き、いつしかあの“エイプリルフール事件”の話になっていた。僕が「誰が犯人だったんでしょうねえ」と言うと、社長は涼しい顔で「あれは私だ。私が仕組んだ」と答えるではないか! 「ええええええ!」と驚く僕を、面白そうに眺めながら社長が言った──
「このことは誰にも言うなよ。きょうみたいに、昔の社員に会うたびに、一人ひとり驚かしてるんだから」
ただの貧乏くさいオヤジだと思っていたのに……。参りました!
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2005年07月25日
卒業証書に僕が託したこと
毎年、卒業式の季節になると、卒業式に行かずにパチンコをしていた自分を思い出す。
情けない18歳。卒業式に行かずにパチンコに大負けした18歳。でも、恋には勝ちたい一心の18歳だった。
そもそも卒業式に出なかったのも、ある女の子の気を引きたかったばっかりの、超コソクな手段だった。
卒業式の前日、同じクラスのその女の子に電話をして「悪いんだけどさあ、オレ、あした卒業式行かねーから、卒業証書受け取って、預かっててくんねーかな?」
「なんで、私が?」
「男は信用できねーからな」
「女子はほかにもいるじゃないの?」
「………話しやすいヤツって、おまえしかいないんだよ」(←これ、本当)
「………わかった。で、いつ渡せばいいの?」
いつ渡すか? これが、じつは問題なのだ。僕はあの時、できる限り彼女に持っていてほしかった。そうすれば、少なくともその間だけは、彼女と僕には卒業証書という“きずな”があるからだ。
そのきずなを1日でも長く保っていたかった。
彼女に持っていてもらって、そのあとどうすればいいのか僕はまったく考えていなかったけど。
あの時は、ただ、きずなを持っていたかった。
だから会ってはいけなかった。
会えば、その日が卒業証書の受渡日となって、きずなは消滅する。
電話の向こうで困惑ぎみの彼女に、僕は言った「また電話するよ」
あきらかに困った声で、でも、まじめな彼女は「わかった」と言ってくれた。
彼女は大学が決まっていた。僕は浪人が決まっていた。
彼女はかなり可愛くて(学年の人気ランキングで2位だったかな)とてもモテたから、これから自由の多い学生生活はもっと楽しくなるだろう。それにくらべて、この僕は高校3年生だというのに、渋谷ならツケで酒が飲める店が5〜6軒はあるというテイタラク。ジャズバーやら焼鳥屋やら赤いジュータンのスナックやらで飲み回っていた。あの頃の僕は、いったい何をしていたんだろう?
彼女と僕は、同じ18歳なのに、まるで光と影のように違う道を歩んでいるように僕には思えた。
卒業式から1年半後。彼女が「どうしても卒業証書を渡したい」と言うので、会って受け取ることにした。
「どうしても」の理由はよくわかっていた。カレができたのだ。たしか青学の4年生だったかな?
渋谷で彼女と会った。すぐ近くまでカレの車で来たんだと言う。「じゃあ、カレを待たしちゃまずいよね」と僕は言った。
「そうだね」
「こんな卒業証書持ってて、ヘンだと思われなかった?」
「言われた」
「だよな」
僕らは笑って、そして手を振って別れた。
その日、僕は昼間からさんざ飲んでいたのだけど、手を振っている時は、ぜんぜん酔っていなかった。
もう片方の手に持つ包み紙の中の秋の卒業証書が、やけに恥ずかしく思えたのを覚えている。
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僕vs母vs妻vs娘の雛祭り(ひなまつり)
「ひな人形をいつまでも出しておくと、嫁に行き遅れる」などとよく言う。
たいへん素晴らしい言い伝えだから、僕は信じることにしている(笑)。できたら、僕の娘にはそうであって欲しい。それが本当にかなうんだったら、ひな人形をいつまでも出しておいて常設展示してもいい! で、行き遅れちゃえ! お父さんたちとずっと一緒にいようじゃないか!(←オヤジ爆発!)
ところで、僕の娘のひな人形はかなりデカいので、結局、実家の広い部屋で披露されることになっている。そして、そこへ僕と妻と娘が出張ひな祭りにおもむくのが恒例となっている。
毎年、なごやかにひな祭りはとりおこなわれるのだが、いざ祭りが終わろうとする頃になると、“片づける”こと──つまりは「嫁問題」(←大ゲサ)──への各自の思惑が、ビミョーに交錯する。
僕は「嫁に行き遅れちゃえ!」推進委員だから、当然ながら「ひな壇って1年に1回なんだから、もう少し飾っておけば〜」とノンキを装って提言する。
嫁問題最右翼のバアバは、わが孫娘の未来をおもんぱかって「だめよ! すぐ片づけなくちゃ!」とあわてふためく。
そして妻は「たんなる迷信なんだから〜」と微笑みながら言う。“迷信だから、すぐ片づけなくてもいい”とも“でも、すぐ片づけよう”とも言わない。なかなか巧み! キミはわが家のスイスかよ! 中立かよ! って、いきり立っても仕方がない。
で、とどのつまりは本人の気持ちが大切と、娘に聞こうと思ったのだけど、こと今年に関しては、本人いわく「期末テストで、ひな祭りどころじゃない!」のだそうだ。嗚呼!
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