2005年12月07日

“氷海のスイマー”ルイス・ピュー


氷海のスイマー「最大のライバルは自分自身ですね」などと言うことがある。また、そのような発言をよく人から聞くこともある。
何ごとにおいても、結局は自分自身の弱さとの闘いであって、それを克服してこそ「勝利」が待ち受けている、という意味合いなのだろう。

たとえば、学生時代などの勉強。
いつもテストなどで友だちと成績を争っているにしても、日々遭遇するのは、ひとり部屋の中での睡魔のくり返しだったりして、深夜の朦朧とする頭で「酸加水分解によりニトリカル基をカルボン酸に変えるってことは、RCH(CN)(NH2)+2H2Oだからあ……、てゆーか、わあああああ、そんなことどーでもいいから、オレの現実に睡眠をくれー!」って、身もだえしたりしている。確かにライバルはいて、成績によって進学は左右されるとわかっていても、時として“睡眠様”にひれ伏してしまう……。こういった状態を「自分に負けた」と言う。

たとえば、会社での話。
“あなたも5歳若返るダイエット”を、女の意地をかけ決死の覚悟で始めてわずか3日目に、同僚OLの社内不倫話をネタに興味本位にズルズル酒を飲むことになり、結局最後は、禁断の“締め”の深夜ラーメンを喰らってしまうことに……。こういった状態を「自分に負けた」と言う。翌日、更衣室で、ほかのOLの制服姿より一段とパンパンになっているわが容姿に滅入る。

したがって、確かに日々において「最大のライバルは自分自身」であると言ってもいいのだろう。
オリンピックに出場するような、つねに競合し対決しているアスリートでさえ「ライバルは自分だ」と公言してはばからないのだから。まことに厳しい。

でも、あえてきょうだけは「やっぱり他人というライバルがいてこそ競い続けられる、日々の壮絶な鍛錬であり、“ライバルは自分だ”と言うのは、厳密には違うんじゃないの?」と思ってしまう出来事を見つけた。

ロイター通信(12月3日付)は、こんな人物を紹介している──
『水着、水泳帽、そしてゴーグルのみ着用。遠距離水泳選手のルイス・ピュー氏(35歳)が、氷の浮かぶ南極水域を“制覇”しようとしている。彼は今年8月に北極海での遠泳に成功したが、今度は南極水域で3回に渡って遠泳にチャレンジすることになった。成功すれば、地球上で最も冷たい海を両方泳いで“制覇”した世界初の人間となる』そうだ。

氷海のスイマー”とも呼ばれているそうだけれど、そんなことをやっている人物は、おそらく彼1人ではないか。したがって、ライバルはいない、ということになる。

さらに記事はこう伝えている──
『3回のチャレンジでは科学者がモニターを行うことになっており、最終チャレンジでは水温が氷点下となるベルナツキー基地付近の海域(南緯65度)を1キロ泳ぐ予定となっている。「僕にとって、今までで最も厳しい挑戦となる。おそらく北極地方の海水よりも冷たいだろうね」』

ピュー氏は、ノルウェーのスピッツベルゲン諸島、北緯80度の海域を約1キロ泳ぎ、最北端での最長遠泳記録保持者でもあり、それよりもさらに苛酷になるだろうと語っている。しかも、その厳寒たる苛酷さに加え、氷海では人間とは比べものにならないほど速く泳ぐヒョウアザラシに襲われる可能性もあるらしい。しいて言えば、ヒョウアザラシに襲われてまで泳ぐピュー氏に、ライバルはヒョウアザラシしかいないかも(笑)。

さて、ピュー氏の想像を絶する挑戦を支える、想像を絶する訓練法をご紹介しよう。ロイター通信は、次のように描写している──
『南アフリカ・ケープタウンの港では、漁業会社の貯蔵室で、小さなプールに氷を浮かべて訓練するピュー氏を見て笑う漁師もいる。ピュー氏のアシスタントは、水温を1℃以下にしようと氷をたくさん用意し、訓練中は常に科学者が彼の心拍数をモニターしている。
またあるときは、室温マイナス35度の魚保管用冷凍庫にルームサイクルを持ち込み、トレーニングを行った』

知られざる世界への挑戦──つまりは通常レベルのライバルなき世界と言うべきか、あるいは氷海の「男バカ一代」と称するべきか。
記事には、何人かの専門家のコメントが載っているのだけれど、ひとことで言えば「きわめて特殊な体質」だということに尽きるようだ。

氷海遠泳……。
何がピュー氏をそこまで駆り立てるのかわからないけれど、「オンリー・ワン」を突き進む男。ケープタウンの漁師が笑ってしまうほどの、前代未聞のトレーニング世界……。
ピュー氏には、ぜひ、この言葉を言ってほしい。
最大のライバルは自分自身だ


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2005年11月29日

タイガー・ウッズらも大爆笑のスカート・プレー


★★★★★オヤジ通信(vol.9)★★★★★
オヤジたちのさまざまなニュースを紹介する、不定期コラムです。きょうで9回目。オヤジでない人も、ぜひご覧ください↓


フレッド・ファンクまず最初に申し上げておくけれども、このゴルファーは男性……オヤジです。(←言われなくても、わかるか〈笑〉)
しかも、米プロゴルフ界では名の通っている正真正銘のプロ、フレッド・ファンク選手。花柄模様とおぼしきスカートをヒラリとさせてのショットに、ギャラリーは大爆笑。同伴にあのタイガー・ウッズもいて、ゲラゲラ笑っていたそうだ。

場所は、米カリフォルニア州ラキンタで26日におこなわれたゴルフのスキンズゲーム(1ホールごとに賞金を決め、勝負をするゲーム)。
AP=共同通信(11月28日付)によると──
フレッド・ファンクが『女子のアニカ・ソレンスタム(スウェーデン)と、第1打の飛距離で負けたら、そのホールはスカートを着用すると約束。3番(パー5)でファンクの271ヤードに対し、ソレンスタムが278ヤードを飛ばした』そうで、ファンク選手の負け。なかなかあでやかなコスチュームに変身、という次第。

で、僕はこの光景を見ながら、ちょっとうらやましかった。
プロ・ゴルファーとしてひとかどの実績を上げたオヤジ、フレッド・ファンク選手だからこそ、じつにユーモラスなワンシーンなのであって、たとえば僕ごときフツーのオヤジがやったのでは、たんなる悪ふざけなのである。
こういうジョークというのは、人間として“中身”のある人がパフォーマンスするほど味がある。

フレッド・ファンク、49歳。そーとーなオヤジ(苦笑)。

僕も、ジョークに味わいがともなうような、中身のあるオヤジになりたいものだ。


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2005年11月13日

横田広明へ乾杯!


★★★★★オヤジ通信(vol.8)★★★★★
オヤジたちのさまざまなニュースを紹介する、不定期コラムです。きょうで8回目。オヤジでない人も、ぜひご覧ください↓

ボクサー・横田広明昨夜、仕事が終わって机の上を整理し終わったのが、夜中の12時。
それから、僕は家を出た。
最近では、そんな時間から酒を飲みに行くことはないのだけれど、きょうだけは祝杯をあげたかったのだ。

うちの近所に、少なくとも午前3時頃までは平常で営業している店が一軒、さらに客がいれば朝6時頃まで飲ませてくれる店が一軒、そして朝の8〜9時頃、通勤の気配などお構いなしに連日ロックをつまみに飲める店が、それぞれ程良い距離にある。
時間を気にせず飲む舞台としては上々。

さあ、祝杯だ。
何の祝杯?
プロボクサー・横田広明選手の勝利への祝杯だ!
44歳のオヤジが、最年長勝利記録を更新しての快挙。
うれしい。
よくぞやった。

共同通信(11月12日付)によると──
『国内現役最年長のプロボクサーで元日本スーパーバンタム級王者の横田広明選手(44)が12日、神奈川県茅ケ崎市の同市総合体育館で行われた復帰2戦目に判定勝ちし、自身の最年長勝利記録を更新した。
横田選手は同級王座を3度防衛、世界挑戦もしたが1998年、日本ボクシングコミッション(JBC)が定める年齢制限で37歳で引退。JBCの規約改正を受け、昨年11月に約6年のブランクを経て3階級上のライト級で現役復帰し、初戦の勝利で最年長記録を打ち立てた』

つまり、37歳のとき、横田選手は自分の意志で引退したのではなく、JBC規約に従って一度引退。ところがその後、横田選手はこの年令制限の改定を求め、JBCに何度も嘆願書を持ち込んだ。
その日々、なんと6年間。
ここでぜひ想像してみてほしい。年令制限の改定の可能性などほとんどゼロに等しい日々をこらえながら、しかも「万に一つ」改定が実現したとして、そのあまりにも可能性の低い実現に向かって、体を鍛え心を鍛え志を鍛え続けていた、ひとりのオヤジ。

記事は次のように結んでいた──
『約1年ぶりとなる復帰2戦目も初戦に続きライト級で出場。序盤から14歳年下の相手選手のパンチを巧みにかわし、顔面に効果的なパンチを当て続けた。
 横田選手は試合後「名誉な記録だと思う。44歳での勝利は一生の記念です」と笑顔であいさつし、観客の大きな喝采(かっさい)を浴びた』

結局、その夜、僕は3軒の店を朝方までハシゴしたのだけれど、横田広明の話をしている客には出会わなかった。どの店も割合と若い客で、それぞれの話題に夢中だった。
僕のほうから「44歳オヤジ・ボクサー」のことを誰かに話しかける気は最初からなかった。そのことを本当に話したいというヤツが現れたらうれしいな、と思っていたのだ。残念ながら横田広明の話は出ず、僕はなんとなくロックを聴きながら、心の中でひそかにオヤジ・ボクサーへ祝杯を差し向けた。

44歳という年齢にパンチ、JBCの決まり事にパンチ、そして、加久時丸というオヤジのハートにパンチをくれた横田広明さん、ありがとうございます。


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2005年10月10日

151人がスカイダイビング“フォーメーション世界記録”


ダイビング世界記録これも、僕の好きな「ありんこ写真」だ。
まさに空前絶後のチームワーク! 
素晴らしい!

この記事はロイター通信(10月5日付)より──
『米カリフォルニア州ペリス上空で9月30日、151人のスカイダイバーが8機の航空機に分乗、一斉に機外にジャンプ、スカイダイビングのフォーメーション世界記録を達成した。18回目のジャンプで成功したもので、その時の写真がこのほど公表された』

新記録を作ったのは、「大義のためのジャンプ」と呼ばれるNPOの女性メンバーとのこと。
えっ、全員女性!? 
凄い!

空飛ぶありんこ! 頑張れ!


【ほかにもこんな“ありんこ写真”があります】
人間の塔 in スペイン
那覇で、全長200メートルの“世界一の大綱引き”


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2005年09月29日

「トラちゃん田んぼ」の友情・努力・勝利


トラちゃん田んぼ説明するまでもなく、虎キチが渾身の思いを込めて育て上げた「トラちゃん田んぼ」だ。

見事!としか言いようのない出来映えではないか。
フォルムの美しさ、田んぼのスペースと作品サイズのプロポーションの良さ、HTロゴと虎マークのバランスの良さ……
きっと作者はこのような田んぼに、今年初めて挑戦したのではないだろう。何年も「トラちゃん田んぼ」を作ってきて、やっとここに、ひとつの洗練された“完成形”を見出したのではないだろうか。(もしこれが初作だとしたら、なおのこと凄い)

asahi.com(9月27日付)によると──
『岡山県美作市の農業・新田博美さん(54)が普通の稲のほか、赤米や黒米などを植え、阪神タイガースのマークとともに描いた。「リーグ優勝を決めるころには黄色と黒のタイガースカラーになっているはず」と新田さん。10月9日には刈り取りを予定している。収穫した米は球団に贈るといい、新田さんは「新米を食べて日本シリーズも制覇してほしい」とエールを送っている』とのこと。

僕はこの記事を読みながら、ふと「友情・努力・勝利」という言葉を思い出していた。
少年ジャンプ』の3大スローガンだ。1995年には600万部以上を発行し、少年マンガ誌の王者と言われた『少年ジャンプ』は、この3つをテーマにヒット作品を次々と生み出していった。『キン肉マン』『Drスランプ』『北斗の拳』『ドラゴンボール』『スラムダンク』などなどなど。
友情・努力・勝利」……

僕がずっと思っていることなのだけれど、阪神と阪神ファンの関係というのは、「無二の親友」のようではないだろうか。どちらが上でも下でもなく、いつも肩を組み励まし合って歩む二者。それが、阪神阪神ファン
かつて長嶋茂雄・王貞治が現役選手の頃、ご多分に漏れず僕も巨人ファンだったのだけれど、その頃の実感では、巨人と巨人ファンの関係というのは「天と民」のようであり、巨人が優勝すると、ファンはその優勝を“授かり物”のように頂戴し歓喜していた。
最近ではその様相もだいぶ変わってきたような気がするのだけれど、阪神と阪神ファンに比べると、巨人と巨人ファンというのはいまだに「天と民」の感がぬぐえない。

阪神阪神ファンのあいだには、鉄をも熔(と)かすような熱い「友情」があって、時には阪神ファンの暴走に見るような「無礼」と堕することもあるけれど、基本的には上も下もない「共和国」を形成しているように見える。そこが「巨人王国」とは異なるのではないか。

ゆえに、友情。

そしてこの記事、新田博美さんの「トラちゃん田んぼ」を見ていると、彼の阪神への思いがひしひしと伝わってくる。
阪神へのエールを、自分のできることで精いっぱい表そうとする新田さんの姿に、僕は、ひとりの人間の「努力」の大きさを感じてしまう。

ゆえに、努力。

そして、阪神と阪神ファンの最も注目すべきところ。
つい最近まで最下位の常連と言われていた阪神ではあるけれども、どんな時でも、ファンは一度たりともあきらめることなく見放すことなく冷めることなく球団を応援してきた。
僕から見ると、球団が成績不振の時でさえも、阪神ファンはその情熱においてつねに「勝利」し続けてきたのではないか、と思えてしまうのだ。
勝っても負けても、その心意気において「勝利」。

ゆえに、勝利。

トラちゃん田んぼ」には、そんな友情・努力・勝利が、満々と実っているように僕には見える。

昨夜9月28日、いよいよマジック1となり、今夜にでも優勝を決めそうな勢いの阪神タイガース。
場所は甲子園、相手は巨人と、まずは言うことなしのお膳立てができた感じだ。
あと1時間ほどで試合が始まる。


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2005年09月12日

楽天イーグルスの決断から学ぶもの 


サンケイスポーツ(9月10日付)に、たいへん興味深い記事が出ていた。
仙台でも暑かった…… 楽天が7・8月のデーゲームを廃止へ』という見出しで、次のような内容を紹介している──

楽天イーグルスが来季から夏休み期間中の主催デーゲームを撤廃、すべてナイターに切り替えることが明らかになった。9日、米田純球団代表が「選手もそうですが、まずはお客さんのため。暑い中での観戦は大変です」と発言。すでにパ・リーグにも要望として伝達済みで、日程の調整に入っている』とのこと。

じつは、以前からとても気になっていたことなのだ。
とは言っても、僕が気になっているのは楽天のデーゲームのことではないのだけれど、そのことはあとで書くとして、この記事をもうちょっと読んでみよう──

『今季、(楽天のホームグラウンドである)フルキャストスタジアム宮城で7・8月の土・日に開催された10試合は、すべてがデーゲームだった。球団創設元年。観客動員を見込んでの日程だったが、チームは失速し、スタンドでは熱中症患者が続出。8月6日の酷暑試合に付き合わされたソフトバンク・王監督からも「ドーム球場じゃないんだから……」と、異例の“注文”がついていた』

なるほど、これは深刻な問題だ。
「熱中症患者が続出」「酷暑試合に付き合わされ」「ドーム球場じゃないんだから」……。
王監督でさえ悲鳴を上げるこの事態は、ただごとではない。

さて、先ほど僕は、数年前から気になっていることがあって、ただしそれは楽天のデーゲームのことではないと述べた。
何が気になっているのか?
それは、夏になると「ドーム球場じゃない」ところで「デーゲーム」による「酷暑試合」を強いられている、ある野球選手たちのことだ。
もう、おわかりいただけただろうか?

つまり、夏の高校野球のことだ。
真夏の炎天下に、汗をしたたらせて戦う球児たちの姿は、テレビなどで観戦する多くの人々にとってまことに感動的であり、申し分のない青春群像のように見える。
しかし、グラウンド上の選手たちは、このところますます深刻化する「夏の酷暑化」という悪環境の中で、全身全霊のプレイを余儀なくされている。このような状態を、高校野球関係者は黙過するわけにはいくまい。

青少年の健全な育成”を標榜する高野連としては、地球温暖化等の現状を充分承知したうえで、すでに何らかの対応策を練っているとは思うのだけれど、一刻も早く手を打たないと、檜舞台である甲子園で“酷暑の被害者”を出すことになるのではないだろうか。

ちなみに、今年57年ぶりに夏連覇を成し遂げた駒大苫小牧高校の日程は、次のようなものだった。

8月11日・午前11時(気温32度)……第2回戦 対聖心ウルスラ
  12日
  13日
  14日
  15日・午後1時 (気温29度)……第3回戦 対日本航空
  16日
  17日・午後1時半(気温33度)……準々決勝 対鳴門工
  18日
  19日・午後1時半(気温33度)………準決勝 対大阪桐蔭
  20日・午後1時 (気温32度)…………決勝 対京都外大西

(※上記の試合開始時刻は、実際にはズレているものがあります。また、試合時の気温は、気象庁の記録から割り出してみました。あくまでも参考値ですので、ご了承ください)

注目したいのは、3回戦以降の勝ち上がりにおいて日程はどんどん詰まって、ほとんど連日連戦状態になること。しかも準々決勝からは1日2試合が組まれているので、試合開始時刻が(第1試合)午前11時もしくは(第2試合)午後1時半のいずれかになり、いずれにせよ「大陽がほとんど真上」というチョー炎天下での試合となる。そして決勝戦は、午後1時の開始と、これまた大陽ギラギラ試合となる。
つまり、勝てば勝つほど連戦を強いられ、しかも真っ昼間の酷暑試合をこなさなければならないのだ。

楽天イーグルスが、酷暑の中のデーゲームを撤廃するという報を聞いて、僕は「やっと、このことが取り上げられる時が来たんだな!」と思った。
ある意味、夏の高校野球の苛酷さは、プロ野球以上のものがある。とくに、準々決勝以降は……。

1回戦〜3回戦は1日4試合を消化しなければならないから、スケジュール上どうすることもできないのかもしれないけれど、せめて、1日2試合を消化する準々決勝からは、何か対応策を講ずるべきだろう。
たとえば、できる限りナイターにするとか……。あるいは、もっと抜本的な解決を図るのであれば、思い切って甲子園をドーム球場にするとか(今の王監督なら賛成してくださるだろう)、あるいは、もっと現実可能な方法としては、現存する(どこかの)ドーム球場で高校野球を開催する、などの方法があるように思える。

ま、守旧派の人からすれば「デーゲームに慣れている高校生には、ナイトゲームはむずかしい」とか「甲子園は今のままであってこそ甲子園だ」とか「甲子園と高校野球を切り離すなどナンセンスだ」とか、いろいろ意見が出そうだ。

しかし、楽天イーグルスが“デーゲーム撤廃”を表明した背景は、たんなる1球団の経営的エゴと呼べるものではまったくなく、人類が今さいなまれている地球温暖化=夏の酷暑化という事情が大きく関与していると言わざるをえないだろう。
これは、プロ野球や高校野球だけでなく、他のアウトドア・スポーツでも熟慮しなければならない問題であろう。

ともかく、野球部の“暴力問題”等に神経質になる高野連の、その熱意と配慮を、この野球の“環境問題”にも差し向けていただきたいと、僕は願うばかりだ。


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2005年09月10日

サッカー・フランス代表vsものまねタレント


サッカー・フランス代表去る9月2日に、フランスシラク大統領が網膜の血管障害で入院した。

その5日後、ワールドカップ欧州予選・混戦の4組では、勝ち点・得失点差ともに並んでいるフランスvsアイルランドが、まさに生死をかけた対決に臨もうとしていた。
その試合直前にジネディーヌ・ジダンは、病床の大統領と電話で言葉を交わしていた。

ジダン「大統領、お加減はいかがですか?」
シラク「トゥ・ヴァ・ビアン(すべて順調)だ。それよりも、大切な試合の前に、君たちに心配をかけてしまって、たいへん心苦しく思っている」
ジダン「いえ、そんな……。もったいないお言葉です」
シラク「調子はどうだね?」
ジダン「トゥ・ヴァ・ビアンです」
シラク「それは心強いことだ。ぜひ故国に誓って、頑張ってくれたまえ」
ジダン「ウイ! 私たち代表チームは勝利を誓って、戦い抜いてみせます! ぜひ、テレビでご観戦ください!」
シラク「ありがとう、ジダン君。楽しみにしているよ」

たぶんこのような会話が電話で交わされたのではないか、と僕は想像している。
そして、画像に見るシーンとなる(スポーツナビ9月9日付)。誰もが驚いた光景! 国歌斉唱の際に、フランス代表チームはこぞって胸に手を当て、国に対し──と言うよりは、ここではあきらかに病身のシラク大統領に対し、敬意と忠誠を表した。

ところが、だ!
この電話のシラク大統領は、ものまねタレントジェラルド・ダアンという人物だった。つまり、フランス代表は全員まんまとダマされてしまった、というオチ。

試合のほうは、フランスが1-0でアイルランドに競り勝ち、4勝4分けで勝ち点16の2位。本戦出場へ第一関門を突破した。

勝ったからまだいいようなものの、もし敗戦していたら、ジェラルド・ダアン氏のイタズラはフランス国内でどのように扱われていたことか……?

ま、やっちゃったもんは、やっちゃったんだから、できたら、ついでにこんなことも言ってほしかった。

偽シラク「ところで、ジダン君。君の、クルッとまわるドリブル……」
ジダン「マルセイユ・ルーレットですか?」
偽シラク「そう、ソレね。ソレをクルクルクルクルって、5回ばかり連続回転でドリブルできないもんかね?」
ジダン「ご……5回もですか?」
偽シラク「そう、マルセイユ連続5回ルーレット。見たいなあ〜」
ジダン「し、しかし、ですねえ……」
偽シラク「見たいなあ〜、見たいなあ〜」
ジダン「わ……、わかりました。大統領のご希望とあれば……。き、きょう、やってみまっス!」

てな感じで、見れたかも、マルセイユ連続5回ルーレット!(笑)

マルセイユ・ルーレット:簡単に言うと、体を1回転スピンさせながらドリブルする高等プレイ。ちなみに、「マルセイユ・ルーレット」は日本で勝手につけた呼び名らしいので、ジダンも偽シラクも言わない、はず(苦笑)。


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2005年08月27日

コテコテ仕様の『トリンプTheプレミアム阪神タイガースブラ』


タイガースブラ女性下着メーカーのトリンプ・インターナショナル・ジャパンが、阪神のユニホーム柄のブラキャミソール&ミニスカを、限定100セット販売する。

阪神タイガース優勝祈願球団創設70周年を記念しての、特別販売ということなのだそうだ。
トリンプでは、2003年の阪神優勝時にも「阪神タイガースブラ」を販売して大反響を博し、今度はさらにミニスカが加わって見事にバージョンアップしたことになる(「耳」と「しっぽ」は付いていない)。

プレスリリース(マスコミ向け告知)を読むと、トリンプのシャレ心がひしひしと感じられて、けっこう楽しい。ちょっと抜粋する──

『今回販売する「トリンプ Theプレミアム阪神タイガースブラ」の身生地素材には、復刻ユニフォームと同じデザインを採用。ブラジャーにはまわりを金刺繍で縁取られたタイガースロゴをあしらい、数々の名選手を輩出してきた阪神OBの心強い“猛虎魂”とその栄光を、文字通り“胸を張って”着用することができます。
また、ストラップ部分は虎ファンの殿堂「甲子園のツタ」をモチーフにしており、そのすべてがコアな虎ファンを意識したデザインになっています。そのうえブラジャーは丈の長い仕様になっているため、応援グッズとして着用し、「見せて」楽しめるようなアウターライクなつくりになっています。
ショーツはブラジャーと同様に復刻ユニフォームをデザインしたボーイズパンツタイプ。「六甲おろし」の歌詞が刺繍で施された巻きスカートとの2枚セットになっているため、重ねばきを楽しむことができます。さらに、目にも鮮やかな“トラ柄ベルト”(70周年記念タイガースロゴ付き、取り外し可能)もついていて、こちらもブラジャーと合わせて「見せて」楽しめるつくりになっています』

僕は東京生まれなのだけれど、ときどき心の底から「大阪に生まれてみたかったなあ」と思うことがあって、まさに今が、ソレだね(笑)。
もし、僕が大阪生まれの大の虎キチ・オヤジだったら、娘(高校2年生)のために1セット買ってきて、「おとうちゃんの夢なんや、コレ着て、いっしょに歩こ!」って言って、みごとにヒンシュク買ってみせるのだけど(爆)。


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2005年08月11日

その男、シャカ・ソラ。


その男の名は「シャカ・ソラ」と言う。

名前からして大物の予感がする。きょうは、その男の話。

スポーツニッポン(8月11日付)の記事は、次のように始まる──
飛行機の乗り継ぎの遅れで、6日の世界陸上砲丸投げ予選を欠場したサモアのシャカ・ソラ(28)が9日、主催者の計らいでヤリ投げに初挑戦

シャカ・ソラは、世界陸上に参加するアスリート。その彼が、なんと飛行機の乗り継ぎの遅れで、自分の参加種目であった砲丸投げに出場することができず、専門外のヤリ投げに出場した、とのこと。
アクシデントにめげることなく未知の競技に挑戦するとは、なかなか勇猛果敢な男ではないか。
先を読んでみよう──

ぶっちぎりの最下位だった。ヤリ投げ予選A組に出場したソラの1投目は、フィールドの中央にも届かない38メートル31。2投目は41メートル18と記録を伸ばしたものの、これが“自己ベスト”となった。B組も含めて出場した31人の中で、50メートルにも届かなかったのはただ1人。トップ通過のマカロフ(ロシア)は85メートル08。ソラはその半分にも満たなかった』

『ぶっちぎりの最下位』が、ある意味、いさぎよいではないか(笑)。
そりゃそーだ。初めての種目だもん。しかも、ソラが参加しているのは町内の運動会ではなくて「世界陸上」だ。そりゃ、最下位をぶっちぎるでしょう(笑)。
さて、さらに読み進めよう──

『「サモアに来ないとオレがやりを投げるのを見られないよ。魚を突いているところだけど」。ジョーク交じりに話したソラは今回、パラオからマニラ経由でヘルシンキ入りする計画だった。しかし、パラオでマニラ行きの便に乗り遅れて3日間足止め。ヘルシンキ入りした7日には砲丸投げはもちろん、アテネ五輪で出場した種目の円盤投げも予選は終わっていた』

『オレがやりを投げる……魚を突いているところ』とジョークを交える、その余裕。
やはり、シャカ・ソラは大物? てゆーか、そのあとの話が、ある意味、スケールがでかい。でかすぎる。
パラオでマニラ行きの便に乗り遅れて3日間足止め
だーかーらーさー、そんな乗り継ぎの悪いところに住んでいるのに、なんでギリで世界陸上へ行ったの? もっと余裕を持って行かなきゃあ。それとも、時間なんかにアクセクしないところが、逆に大物の大物たるゆえんなのかな?
さて、さらに読んでみよう──

『「日程表を見たら、ヤリしか残ってなかった。戦わないで帰るのは嫌だった」。1カ国から男女各1人が出場の場合は参加標準記録にかかわらずエントリーできる規定もあり、主催者の計らいで初体験の種目に出場。事情を知った観客の大声援とメディアの注目を浴び「うれしかった。参加できて良かった」と満面に笑みをたたえた』

日程表を見たら、ヤリしか残ってなかった』……このひとことは、きっと世界陸上史に残る名言になるはずだ。「そこに山があるから登るのだ」と語った英国人登山家ジョージ・マロリーの心境にも迫るものがある。あたかも「私にはそれしかない」と言わんばかりの運命の出会い。
「ヤリしか残ってなかった。だから、ヤリを投げるのだ」 シャカ・ソラ、やはりタダ者ではない(苦笑)。
そして、締めの段落は──

『砲丸投げの自己ベストは18メートル50。21メートル73で優勝したネルソン(米国)について「彼はすごくラッキーだ。オレが出なかったんだからな」と軽口を叩いたが、最後に「いい教訓が得られた。オレにはやり投げは向いていないよ」と苦笑いを浮かべた』

『「彼はすごくラッキーだ。オレが出なかったんだからな」と軽口』……期待どおりのセリフで、僕はすーーーっごく嬉しいぞ! イヨッ、大物!
『「いい教訓が得られた。オレにはヤリ投げは向いていないよ」と苦笑い』……ブワッハッハッハ、確かにな。世界じゅうでそう思ってるはずだ。しかし、世界を相手にそこまでやれるシャカ・ソラさん、あなたは間違いなく大物だ!

次の競技大会でのあなたの活躍を、楽しみにしています!


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2005年07月26日

もうひとつの20年間


先日、『ライブ・エイド』から『ライブ8』への、20年という歳月について書いた。
書きながら僕はふと、もうひとつの20年物語を頭に浮かべていた。

奇しくも『ライブ・エイド』と同じ1985年に、ひとりのボクサーがプロ・デビューしている。
“アイアン(鉄人)”マイク・タイソン。
彼ほどに完璧でどう猛なヘビー級ボクサーが、ほかにいるだろうか?

デビュー当時の彼は、リングに立つだけで、そこに巨大な恐怖がうずまいた。
対戦者の「これから自分は葬られるのだ」という恐怖、観戦者たちの「世界で最も殺傷能力をもつ男がそこにいる」という恐怖。

すでに20年も昔のことだから、タイソンがいかに“恐怖”のボクサーだったか知らない人もいるかもしれない。でも、下の対戦成績を見れば納得するはずだ。
彼は、デビューからわずか2年たらずで、史上最年少のWBC世界ヘビー級チャンピオンになってしまう。しかも、そこまでの戦果はまさに“秒殺”の歴史と言っても過言ではない。なんと28戦中15戦が1ラウンドで相手を沈めている。

【1985年】
 3月 6日 ヘクター・メルセデス ────1回 KO勝ち
 4月10日 トレント・シングルトン ────1回TKO勝ち
 5月23日 ドン・ハルピン ───────4回TKO勝ち
 6月20日 リック・スペイン ────── 1回 KO勝ち
 7月11日 ジョン・アルダーソン ──── 2回TKO勝ち
 7月19日 ラリー・シムズ ───────3回 KO勝ち
 8月15日 ロレンゾ・キャナディ ────1回TKO勝ち
 9月 5日 マイケル・ジョンソン ────1回 KO勝ち
10月 9日 ドニー・ロング ───────1回TKO勝ち
10月25日 ロバート・コーリー ─────1回 KO勝ち
11月 1日 スターリング・ベンジャミン ──1回TKO勝ち
11月13日 エディー・リチャードソン ───1回 KO勝ち
11月22日 コンロイ・ネルソン ───── 2回TKO勝ち
12月 6日 サミー・スカフ ───────1回TKO勝ち
12月27日 マーク・ヤング ───────1回 KO勝ち
【1986年】
 1月11日 デーブ・ジャコ ───────1回TKO勝ち
 1月24日 マイク・ジェームソン ──── 5回TKO勝ち
 2月16日 ジェシー・ファーガソン ─── 6回TKO勝ち
 3月10日 スティーブ・ゾースキー ─── 3回 KO勝ち
 5月 3日 ジェームス・ティリス ────10回 判定勝ち
 5月20日 ミチ・グリーン ───────10回 判定勝ち
 6月13日 レジー・グロス ───────1回TKO勝ち
 6月28日 ウィリアム・ホシー ───── 1回 KO勝ち
 7月11日 ロレンゾ・ボイド ────── 2回 KO勝ち
 7月26日 マービス・フレージャー ─── 1回 KO勝ち
 8月17日 ホセ・リバルタ ────── 10回TKO勝ち
 9月 6日 アルフォンソ・ラトリフ ───  2回TKO勝ち
11月22日 トレーバー・バービック ─── 2回TKO勝ち
       (WBC世界ヘビー級王座獲得)

この後も、タイソンはばく進する。
しかし、育ての親である名トレーナー、カス・ダマトの死以来、私生活でのタイソンは恵まれることなく、スキャンダル続きだった。
結婚とその破綻、レイプ事件と有罪判決、刑務所での生活、再起……
そして1997年6月28日、世界ヘビー級タイトルマッチで、対戦中にイヴェンダー・ホリフィールドの耳を噛み切るという事件を起こしてしまう。

さらに時は流れ、今年、つい10日ほど前の6月12日、タイソンはアイルランドの強豪ケビン・マクブライドと戦った。
結果は、6回TKOでタイソンの敗北。
試合直後のインタビューで「オレはもう終わった。これ以上ファイトすることに興味はない」と語り、事実上の引退表明をおこなった。
K-1など格闘技からの誘いを受けているタイソンではあるけれど、これで彼のボクシング人生は幕を降ろしたと言えよう。

奇しくも『ライブ8』がおこなわれる今年、デビューから20年目にしてマイク・タイソンの歴史にひとつの区切りができた。
「オレはもう終わった」……“アイアン(鉄人)”と呼ばれた男にも、最後というものがあるのだ。

20年、長き時の果て……。

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Posted by love40 at 20:59Comments(0)TrackBack(0)