2005年08月15日
英国で“耳なし食パン”登場
英国で“耳なし食パン”というものが開発された。
特殊な方法で焼くことによって、パンの外側の固くて茶色い部分ができないようになっているそうだ。
通常の食パンの耳を切り落として売っている“耳切り食パン”は、すでに商品としてあるけれど、最初から耳のない食パンはこれが世界初ではないかと言われている。
時事通信(8月11日付)によると──
『英国の子供たちの67%がパンの耳が嫌いで、35%の親は耳の部分を切って子供にサンドイッチを作っているといわれる。開発した食品メーカーでは、こうした子供や親たちに耳なし食パンは歓迎されると期待している』
数字を整理すると、“耳つき食パン”が嫌いな子=67%のうち(1)35%の親は耳の部分を切り落とし、(2)あとの32%の親は“耳つき食パン”のまま子供に持たせている。また、(1)(2)の67%を除いた、(3)残り33%の子供は“耳つき食パン”が好き、ということになる。
上記の食品会社は、まずは(1)(2)の家庭をターゲットと想定しているのだろう。
ところで、じつは、僕が興味をもっているのは(2)の家庭だ。つまり、子供は“耳つき食パン”が嫌いなのに、親は何らかの理由で食パンの耳を切り落とさずに持たせている。
さて、理由とは?
とりあえず僕が思いつくのは、大きく3つあって、1つめは「切るのが面倒くさいから」、2つめは「耳の部分がもったいないから」、3つめは「味わいとして、そのほうが良いと思っているから」というものだ。
これら3つのうち、僕がとくに興味があるのは3番目だ。
「“耳つき食パン”のサンドイッチのほうが味が良い」と思っている親だ。白くて柔らかい部分だけでなく、外側の固くて茶色い部分も含めて食パンの“妙味”であり、いま自分の子供はイヤがっているけれど、ぜひその味わいに気づいてほしいと願っている親。
「耳の部分は固いかもしれないけれど、よーく噛み締めてごらん。本当は、ここも美味しいんだよ。ほら、パンの香ばしさが、わかるかい?」と。
こういう親にとっては、“耳つき食パン”は大切な食材であり、一方“耳なし食パン”はナンセンスかもしれない。
いわばこれはこれで、食に対する親の“こだわり”というものであろうし、“食育”の原点とも言えるものではないだろうか。
ニュース記事は、次のように終わっている──
『“耳なし食パン”の詳しい製造方法は公表されていないが、特殊な型に入れ、低温で時間をかけて焼くという。値段は普通の食パンより、25%程度高いが、メーカーは「耳の部分を捨てたりすることを考えれば、このほうがお得」と宣伝している』
25%もアップ? ずいぶん高い代償だな(苦笑)
ところで、骨を取るのが面倒くさいという理由で魚を敬遠する子供に、「骨抜き魚」──お金を出して中国の人に骨を抜いてもらうという横着で割高な食べ物──を与えるようになった日本と、この英国の出来事は、どこか似ているような気がしてならない。
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2005年08月13日
子供の食育アンケートで
カゴメが全国の幼児・児童の保護者を対象に、食生活に関するアンケートを実施したところ、子供の好きな野菜/嫌いな野菜は以下のような結果となった。
好きな野菜
1位 枝豆
2位 ジャガイモ
3位 ニンジン
嫌いな野菜
1位 ピーマン
2位 ネギ
3位 ナス
なるほど。
昔は「子供の敵」とまで言われたニンジンが、品種改良につぐ改良で、洗練された甘みのある野菜に変身し、それゆえ子供のフェイバリット野菜にまでなったことは、いつぞやニュースか何かで聞いたことがある。
しかもニンジンはジャガイモとともに、子供たちが大好きなカレーライスのレギュラーメンバーであるということが、好かれる理由となっている。
スターと言えば、ピーマンの“悪役スター”ぶりはつとに有名で、子供たちに「嫌いな食べ物は?」と聞くと、その多くが即座に「ピーマン!!」と顔をしかめつつ“ピー”の部分に思いっきり力を入れて答える光景にちょくちょく出会う。よくぞここまで嫌われたものだ。あの隠し味的なほろ苦さが、子供たちの舌を逆なでてしまうのだろうか。
嫌われ野菜2位のネギは、基本的に薬味キャラだから、子供たちからは理解を得がたい存在なのだろう。
3位のナスも、自己主張の強そうな光沢感ある外皮とは打って変わって、中身のややフカフカした食感とあいまいな味わいは、ある意味“難解”な食べ物と言うべきで、これまた子供たちからは賛同を得がたい。
とまあ、ここまで書いてきて、好きな野菜「2位ジャガイモ」「3位ニンジン」、嫌いな野菜「1位ピーマン」「2位ネギ」「3位ナス」は、それぞれ何となくナットクができる。
が、しかしだ! 好きな野菜1位に「枝豆」が輝いていることに、僕はいまいちナットクがいかない。
最近ではお弁当のおかずとして重宝がられているらしいし、お父さんのビールのツマミとして定番的なそれを子供たちも喜んで食べていることも知っている。
緑色の寝袋のような皮からピョコッと飛び出してくる豆たちの可愛さ、程良い堅さの食感、豆独特のホクッとした味わい……、いずれをとっても人気要素であることはわかる。
僕も枝豆は大好きだ。
でも、枝豆がジャガイモやニンジンを抑えて、野菜の王座につくとなると、何だか落ち着かない(苦笑)。
野菜と言えば、ほかにも大根、トマト、キャベツ、キュウリ……とか、いろいろあるでしょうに。いわゆる、野菜の幹部クラスが!
それらを差し置いて枝豆がキングとは、ひょっとして野菜界に異変が起こっているのかも……。
ちなみに、1999年度の同調査では、好きの1位は「サツマイモ」、嫌いの1位は「セロリ」だった。
サツマイモは、焼き芋がキメ手か。セロリは、昔からピーマンと同様に子供にはウケが悪い。
これなら、異論なくナットクできるんだけど……(苦笑)。
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2005年07月26日
「ゆとり教育」 or 「脱ゆとり教育」
この10数年間、「ゆとり教育」が推進される中で、ある言葉が取りざたされてきた。
「浮きこぼれ」だ。
「落ちこぼれ」の対義語として生まれた。
「落ちこぼれ」が、学校の勉強のペースに追いつけず落伍する子供を指すのに対し、「浮きこぼれ」は、学校の勉強のペースよりも進んでいる子供が、授業を物足りなく感じたり、クラスの中で疎外されたりすることで、不登校やイジメの原因となることを言う。
そもそも「ゆとり教育」が生まれた背景には、知識偏重の詰め込み教育(による落ちこぼれなど)への批判があった。そしてその結果、“学習内容の削減”を機軸とした──週5日制授業の実施、総合学習や選択教科制の新設──などをおこなってきた。
皮肉なことに、“学習内容の削減”による学力低下を危惧して、塾通いなどに拍車がかかる側面を生んだ。結局、学習に意欲的な子供たちは、勉強をどんどん先取りする形となり、学校授業のペースに合わなくなる。これが「浮きこぼれ」現象へとつながっていく。
「浮きこぼれ」の問題は、勉強に“熱心”で“優秀”な子供をつぶしかねないという点にある。
日本が国土も資源も乏しい国であるにもかかわらず、今日のような経済大国になれたのは、この国が「技術立国」「知的立国」として展開してきたからにほかならない。(経済大国であることの功罪は、論旨を進めたい関係上、ここではあえて触れない)
国際競争力のある、ハイレベルな「技術」や「知」を維持するためには、優秀な──それも飛びぬけて優秀な人材を育て確保しなければならない、と国が考えるのは当然のことだろう。
だとすれば、国が「落ちこぼれ」救済より「浮きこぼれ」救済を優先しようと考えたとしてもおかしくない。(だから賛成だといっているわけではない。僕は現状の中に「飛び級」制度などをもっと広範に取り入れたほうがいいのではないか、と思っている)
さて、つい先日、全国一斉の『学力テスト(教育課程実施状況調査)』の結果が公表された。それによると、小・中学生の学力がおおむねアップしており、「ゆとり教育」に一定の成果が現れていると言われている。ところが、中山文科相はすでに発表している“脱・ゆとり教育”の方針に、今後変更はないとの見解を明らかにした。
「ゆとり教育」に著しい非がないと目されているのに、「ゆとり教育」をやめると大臣が言っている。これは、どういう意図だ?
文科省としては一回出した方針を“メンツにかけて”変えたくないのだという見方もできるけれど、僕は、もっと実質的な動機が関わっているのではないかと思っている。
つまり先ほど書いた、「落ちこぼれ」救済よりも「浮きこぼれ」救済の優先──学習内容を現行以上に濃厚にし、ハードワーク型の教育システムにする──言いかえれば、ある種のエリート養成重視路線を打ち出したいのではないかと見ている。
これは、「技術立国」「知的立国」を高水準に維持するための、“国策的”判断なのではないか。
もし、そうだとしたら、“脱・ゆとり教育”は是か非か?
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